M&Aの手法として、前回紹介した株式譲渡の次に多く使われるのが、「事業譲渡」という手法です。

たとえば、会社の経営が悪化しているけれども、倒産は避けたい。
複数ある事業を整理して、効率的な経営をしたい。
このような場合に、一つの事業だけを譲渡(売却)することで、会社の経営権を手放すことなく、再建や成長を目指すことができます。

また、買い手側にとっても取得したい資産や従業員、取引先との契約を選別して引き継げるといったメリットがあります。

事業を売る側、買う側、両方のメリットを理解しておくことで、経営の危機や事業拡大のチャンスに備えておきましょう。

必要な事業のみを取得できる事業譲渡で、M&Aのデメリットを最小限に抑える

Q:事業譲渡とは、どのような手法を指すのでしょうか。

A:対象会社の事業の一部(もしくは全部)を移動させることです。会社の一事業が他の会社へ移動するイメージです。

M&Aという言葉を聞くと皆さんは「会社を買うこと」というイメージがあるでしょう。ただ、会社を買うということは、その会社全体を取得することとなるため、不要な事業や人員、場合によっては潜在的にあるリスク(例えば訴訟リスク、これを簿外の負債などともいいます)も引き継でしまうというデメリットがあります。

そこで有効なのが、事業譲渡という手法です。なお、かつては「営業譲渡」と呼ばれておりましたが会社法の施行により「事業譲渡」という用語になりました。

この事業譲渡は、対象会社の全部を買う訳ではなく、欲しい事業だけを取得する手法であることから、不要な事業や人材を引き継がなくていいというメリットがあります。一方、引き継ぐ資産・負債を明確にしたり、当該事業が締結している契約書を再締結したりする必要があったりと、手続きの煩雑さがデメリットといえます。

           メリット デメリット
事業譲渡   不要な事業や簿外負債を引き継がなくて良い   個々の資産・負債を分けたり、契約関係の再締結など、株式取得と比べて手続きが煩雑

契約の再締結で、条件が厳しくなる可能性を考慮にいれておく

Q:どういった状況で、事業譲渡が行われているのでしょうか。

A:わかりやすくするために、具体的な例を挙げてみます。

アパレル事業と飲食事業を展開しているA社があるとします。
好調なアパレル事業は残したいが、飲食事業は苦戦しているため、同業で上手くいっているB社に譲渡したい。このようなときに、事業譲渡が選択されることが多いです。

この例であればアパレル事業と飲食事業なので譲渡する資産・負債の内訳や人員については区分しやすいでしょう。
また、その譲渡価格についても、飲食事業が将来的に生み出すキャッシュ・フローをベースに算定することができます。問題は、飲食事業をA社からB社へ移す際に発生する、当該事業に関する外部との契約関係の見直しです。

今回のように飲食事業を譲渡する場合は、飲食事業なのでそれぞれの店舗で不動産賃貸契約を締結しているでしょう。また、食材の仕入先と業務契約を結んでいることもあるでしょう。事業譲渡においては、このような一つひとつの契約を再締結する必要があります。そうすると契約条件の見直しをされ、これまでよりも厳しい条件となったり、最悪の場合には契約関係の解消を迫られたりすることもあります。これが事業譲渡の際のリスクになります。

事業譲渡は、売り手側にとっても買い手側にとっても、特定の事業を区分して購入できる良い手法といえます。とはいえ、契約関係の見直しが生じることはしっかりと念頭に置き、譲渡前と譲渡後で事業の運営に支障が生じないか、事前に十分検討をして、実行していきましょう。

専門家:江黒崇史
大学卒業後、公認会計士として大手監査法人において製造業、小売業、IT企業を中心に多くの会計監査に従事。
2005年にハードウェアベンチャー企業の最高財務責任者(CFO)として、資本政策、株式公開業務、決算業務、人事業務に従事するとともに、株式上場業務を担当。
2005年より中堅監査法人に参画し、情報・通信企業、不動産業、製造業、サービス業の会計監査に従事。またM&Aにおける買収調査や企業価値評価業務、TOBやMBOの助言業務も多く担当。
2014年7月より独立し江黒公認会計士事務所を設立。
会計コンサル、経営コンサル、IPOコンサル、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。
ノマドジャーナル編集部
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