今回お話をうかがうのは、早稲田大学政治経済学術院教授、同大学トランスナショナルHRM研究所所長の白木 三秀さん。
国士舘大学政経学部助教授、同教授を経て、99年から現職へ。社会政策、人的資源管理を専門とし、多国籍企業が複数の国籍かつ文化的背景の従業員を組織し、経営資源として活用する「国際人的資源管理」を日本に広めた第一人者です。
海外での現地マネジメントの実状や、グローバルな働き方の今後についてお話を伺いました。後編では、海外における日本のマネジメントの現状と、世界を舞台に働くために必要なことについて、具体例を挙げていただきながらお話いただきました。

※本インタビューは、フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第14弾です。経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環について伺っていきます。

日本人の現地マネジメントに対し、現地スタッフが下した評価はいかに?

Q:近年、海外に派遣された日本人マネジャーについて調査されていますが、その詳細をお聞きしたいです。

白木:

海外赴任者の課題をあぶり出すために、日本人海外派遣社員の現地マネジメントに焦点を当てた調査を実施しました。具体的には、日本人派遣社員880人、現地スタッフ2192人に対する実態調査です。日本人の一方的な見方だけでなく、現地スタッフが日本人マネジャー(派遣社員)をどのように評価しているかを知るため、現地の企業を一つずつ訪問していきました。社長、専務レベルのトップマネジメント層、部課長レベルのミドルマネジメント層それぞれに対し、現地のマネジャーと日本から派遣されたマネジャーの評価を比較したのです。その知見は『グローバル・マネジャーの育成と評価』(早稲田大学出版部)にまとめています。

Q:比較した結果はどうでしたか。

白木:

悲しいことに、トップマネジメント層もミドルマネジメント層も共通して、日本人マネジャーのほうが現地のマネジャー人よりも、ほとんどの項目で低く評価されていることが浮き彫りになりました。

もちろん、日本人派遣者が現地のスタッフから良い評価を得ていた点がありました。それは、「責任感や顧客を大事にする姿勢」、「コンプライアンス遵守への意識」といった項目でした。一方、明らかに低く評価されていたのは、「現地の文化、歴史に関心を持っていない」という点や、「日本本社からの指示が現状にそぐわない場合でも、それを正してくれない」といった点でした。

次に、日本から派遣されたトップマネジメント層と現地のトップマネジメント層に対する評価を比較したところ、残念なことに日本が現地より勝っている項目は一つもなかったのです。中でも統計的に有意に差がついていたのは、「社外の人脈が少ない」「社外との交渉力がない」という点でした。これは現地とのネットワーク形成や文化そのものへの関心の薄さと大きく関連しているといえるでしょう。

では、日本から派遣されたミドルマネジメント層はどうかというと、58項目中45項目が統計的に有意に低く評価されているという惨敗ぶりでした。これは異文化リテラシーを発揮できていないことに起因します。ミドルマネジメント層は、現場の人たちとともに働くので、語学力を含め、異文化を受容し理解するという異文化リテラシーと柔軟性が大いに求められますが、こうしたスキルが世界標準レベルに達していないのが現状です。

Q:そのような悲惨な結果になってしまった原因は何でしょうか。

白木:

一つは、彼らが赴任先で現地の人たちと仕事以外のネットワークを広げていこうとせずに、内にこもりがちというのが挙げられます。しかし、個人の資質だけではなく、日本企業の構造的な問題も大きいと考えています。たいていの場合、日本から海外の子会社に赴任すると、日本では部長クラスの人なら現地では社長クラスの役職に就くというように、役職が2ランクほど上がります。これが日本人の現地マネジメントに対する不満の引き金になっています。
なぜなら、トップマネジメントとミドルマネジメントでは求められる能力が異なるからです。トップマネジメントは、最終的な意思決定をすることが一番の責務。しかし、ミドルマネジメントに求められるのは、トップの指示をきちんとやり遂げること。つまり、意思決定の経験をほとんど積まないまま、現地でいきなり次々と意思決定を迫られるわけです。これで高いパフォーマンスを出せというのは、厳しいものがあります。

カルロス・ゴーンが卓越したリーダーシップを発揮できたワケ

Q:こうした構造的な問題に、どう対処すべきでしょうか。

白木:

重要なのは、日本にいるうちからプロジェクト・リーダーなど、意思決定を行う立場についておくことです。小さなプロジェクトでかまいません。リーダーとして最終的な意思決定を行い、その決断に自分が責任を持つ経験を積んでいれば、いずれシニアマネジメント、トップマネジメントへと役職が上がったときに、決断の勘所のようなものがわかってきます。
日産自動車のV字回復をけん引したカルロス・ゴーン氏は、最初に入社したミシュランでは、26歳ではブラジルの工場長を、そして30歳で数千人の従業員を抱える南米ミシュランの最高執行責任者を任されています。彼のような大抜擢は珍しいでしょうが、若くから最終的な決断に慣れてきたからこそ、ルノーに行ってからも卓越したマネジメントやリーダーシップを発揮できたのだといえます。

Q:今後「日本人もグローバルな働き方になっていく」と言われますが、働き方を予測するうえで何が大事になるとお考えですか。

白木:

そもそも、グローバルという言葉が独り歩きしているように感じます。雇用や働き方の現状や未来について考える際、今の日本だけを見ていてもわからないことが多いのです。社会科学では、比較を非常に重視します。例えば、ヨーロッパや東南アジア、中国ではどんな働き方が主流なのか、そこに変化はあるのか。または、10年前の日本と比べて変化はあるのか。こうした時系列での比較や他国との比較が、客観的に働き方の変化を考える際のポイントになります。

例えば、「欧米では何社もトップを渡り歩くプロ経営者が多い」というイメージがあるかもしれませんが、実際は違います。世界最大級の複合企業で、人材創出企業としても有名なゼネラル・エレクトリック(GE)のトップマネジメントは、ほとんどが生え抜きです。また、カルロス・ゴーン氏もミシュランからルノーに一度転職しただけで、複数社を渡り歩いているわけではないですよね。
このように、「グローバルな働き方」とひとくくりにせず、各国の働き方を比較し、客観視することが重要です。

Q:企業側には、人材の採用や育成において、どんな課題があるのでしょうか。

白木:

採用面では、文系修士卒以上の学生を積極的にとる道を検討していくべきだと考えています。日本の多くの大企業には、文系総合職を新卒採用する際、暗黙の了解として、学部卒の学生をほしがる傾向があります。そのため、修士以上の学位を取得するインセンティブが学生に働きづらいのです。

一方、国連のような国際組織では、特別経験を積んだ場合を除き、受験資格が修士以上になっており、博士以上の人も多数います。日本の官僚の多くは学部卒ですが、職務上、海外に派遣されても他国の同等の地位にいる人たちと比べてダントツに学位が低くなってしまう。
民間企業の場合でも、海外だとマーケティング職に就くのは、修士以上の人が多い。マーケティングを極めるには本来、修士課程で本格的に学ぶ、統計学と心理学の知識が必要になるからです。ところが、日本の場合は学部卒だと突っ込んだデータ分析を身につけないまま卒業してしまう学生も少なくありません。日本の大企業は考えを変えないといけないですね。

「インディペンデント・コントラクター」をめざす若者に告ぐ、「新卒一括採用」がもたらす意外なメリット

Q:最近では、新卒一括採用を改革せよという論調が目立ってきていますが、それについてはどうお考えですか。

白木:

実は新卒一括採用の仕組みによって、日本の若者は恩恵を受けているのです。海外だと新卒採用なんて仕組みはなく、そのポジションに必要な専門性や就業経験で採用が決まるので、経験者と同じ土俵で戦わなければならない。となると、大学を卒業したばかりの駆け出しは断然、不利。そのため、在学中や卒業後に、就きたい職務に関連したインターンシップやアルバイトの経験を積んで、正社員のポジションに応募するのが一般的です。ある意味、海外の若者は、やむを得ずインディペンデント・コントラクターとして自分の仕事を得なければならない境遇にあるといえます。

Q:新卒一括採用にも、そんなメリットがあるのですね! キャリアの初期に独立する若者やノマドワーカーが増えていますが、それについてはどうお考えですか。

白木:

何か成し遂げたいことがあるのなら、若いうちに独立や起業をめざすのももちろん良いですが、数年間は組織で鍛えてもらって独立し、複数の企業と契約して活動するインディペンデント・コントラクターになるというのは良い選択肢だと思います。教育や人材育成にお金や手間をかける余裕がないという企業もありますが、日本企業の多くは新入社員に、研修やOJTを通じて、労働倫理や仕事の進め方など、どんな仕事にも必要となる心構えやスキルを徹底的に教えてくれます。これは若者をポテンシャルで採用する新卒一括採用のメリットの一つだといえます。

また、やりたいことがわからないという人は、組織の中で、責任感を持って目の前の仕事をきちんとこなすが第一です。そうすれば、自分が心から情熱を注ぎたいものが見えてきます。独立するのは、進みたい道が見えてからで十分。独立自体を目標にするのではなく、いかに目の前の仕事を「プロとして」こなすか。これが世界で通用するグローバル人材に不可欠です。

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フライヤー

ノマドジャーナル編集部
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