A.T.カーニー日本法人会長として多数の企業の経営を支える梅澤高明さんは、「新しい働き方」を軸にした社会の変革を提唱し続けています。レギュラーコメンテーターとして出演するテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」では、「これからの働き方は人生三毛作となり、二足のわらじが必要となる」と発言し、話題となりました。

 

定年まで1社に勤め上げるのではなく、同時並行でさまざまな仕事に挑戦し、まったく異なる領域へキャリアチェンジしていく。本インタビューでは、そんな「人生三毛作・二足のわらじ」についての梅澤さんの考えをじっくりと伺います。

 

中編では、梅澤さんが政府へ提言している新たな労働市場のあり方や、個人に求められる意識改革とキャリア観についてお聞きしました。

 

「人の流動性」と「ジョブセキュリティ」を両立していくために

Q:安倍晋三首相は2016年8月の改造内閣発足にあたり、「最大のチャレンジは働き方改革」と述べました。この分野で、梅澤さんは以前より政府への提言を行っています。

梅澤高明さん(以下、梅澤):

私は「同一労働・同一賃金の実現」と「解雇の金銭補償」、そして「職業訓練への公的投資」という3点セットでの実施を提言してきました。加えて副業禁止規定の撤廃に向けて、社会の気運を盛り上げましょう、と。

 

同一労働・同一賃金に関しては、政府の方針としても明確に出てきましたね。これは大きな前進だと思います。さらに労働市場の流動性を高め、高付加価値の人材が労働市場に出てきてスムーズに他の仕事に移っていける状況を作るためには、ワークフォース全体の質を上げるために何らかの公的な仕掛けで投資をしないと厳しいでしょう。

 

流動化された人材にジョブセキュリティをどう社会全体で作るかという、いわゆる「フレキシキュリティ」(flexibilityとsecurity)の考え方ですね。労働市場の流動性は高めつつ、人の雇用可能性を同時に担保するということです。これは企業内の人材教育に依存していては実現できません。国として職業訓練へ積極的に投資し、次の仕事を見つけやすくするという後押しをセットでやらなければいけないんです。

 

この国は、ついこの間までは「雇用を維持している会社」に補助金を出していました。企業は人を放出してもいいから、放出された人が次の仕事に就きやすいように、あるいは職種転換しやすいように、その教育にこそ補助金を使いましょうという提案です。

 

解雇の金銭補償制度については、「企業が従業員を解雇しやすくなる」という企業の論理が強調されがちですが、重要なのは解雇時のフェアネスを担保するという話です。現状では、大企業においては解雇のハードルは確かに高いのですが、中小企業の実態は「解雇自由」、すなわち補償金が何もない即時解雇が横行しています。中小企業においても解雇時の補償の水準をルール化することは、全体として労働者に対してフェアな措置だと思います。

Q:今後は、社会全体のあらゆる労働者層が大胆な職種転換を余儀なくされることも考えられますね。

梅澤:

そうですね。同一労働・同一賃金の対象について政府は明言していませんが、現状では比較的賃金が低い層を中心に「非正規社員と正規社員の間の不公平を撤廃しましょう」と言っているように聞こえます。

 

しかし本来取り組むべきなのは、より高付加価値の専門職についても役割期待を明確化したうえで、フェアに処遇できるような賃金体系を作ることです。さらに踏み込んで言えば、終身雇用や転勤が前提の「メンバーシップ型雇用」ではなく、ポジションと専門性に立脚する「ジョブ型雇用」を主流の雇用形態としていくことだと思います。これは「年功序列の賃金体系」からの脱却を意味します。そこまで踏み込まないと、同一労働・同一賃金の実現は大きなインパクトを持った施策にならないでしょう。

Q:確かに、「同一労働・同一賃金」は発言する人の立ち位置によってゴールが変わってくるように思います。

梅澤:

労働市場の流動性を高めるためには、今の日本の大企業が堅持している賃金カーブ自体を是正しないといけません。現状では「やっぱり長くいたほうが得だよね。長くいないと損だよね」という感じなので。それをそのまま放置して、「女性の社会進出」だの「外国人の活用」だのと言っても限界があります。ライフステージの変化による影響を受けずに長く在籍できる人が有利というシステムは、フェアな仕組みではないし、時代のニーズからも乖離しています。出産で一時的にせよ職場を離れる女性には不利だし、外国人でも日本に一生コミットすると決めた人以外には不利です。そこまで変えなければいけないと思いますね。

保守的なキャリア選択をしても、安定した人生を送ることは難しい

Q:これからのキャリアを考える個人としては、どのような意識改革が必要でしょうか?

梅澤:

まず、個人のキャリア観についてですが……。これは大きく二極分化しているのかもしれませんね。あるいは三極分化なのか……。若いときから起業したり海外に飛び出したりする、すごく優秀な数パーセントの人たち。勉強はできるけどキャリア選択は保守的で、昔ながらの「大手志向」がある人たち。そしてそれ以外の人たち。その三層に分かれていく気がします。

 

上位数パーセントの人たちを除いた二層の人たちは、キャリアに対する考え方を見直しても良いのではないかと思います。「ちょっと長い目で見たら、保守的なキャリア選択をしたからと言って安定した人生は送り切れないかもよ」と感じるんです。

Q:キャリア選択が保守化していく原因はどこにあるのでしょうか?

梅澤:

若い人たちは結局、上の世代の背中を見て自分の人生を考えます。上の世代を見ていて「リスクを取ってもあまり良いことはなさそうだ」と思えば、なるべくリスクを取らない生き方を志向しますよね。そういう意味では、私たちの世代が見せている背中が間違っているんだろうな、と感じます。上の世代が、もう少し弾けた生き方を見せることが必要なんでしょう。いろいろなリスクを取って、それでも楽しそうに仕事している姿を見せないといけませんね。

 

その上で、「人生は長いし、世の中も変わる。いろいろチャレンジをしないと飽きちゃうよ」というメッセージをポジティブに発信していく必要があると思います。

Q:人生がどんどん長くなっていくのに対して、世の中の変化はますます激しくなっていくという。

梅澤:

やはり、激しくなっていますよね。 一つの職業がそんなに長い期間は持たないし、優秀な人ほど同じことをずっとやっていたら飽きてしまう時代でしょう。仮に「22歳から82歳までの60年間働き続ける」ことを想定したら、60年間存続し、飽きずに続けられる仕事は相当レアですよね。少なくとも20年に1回ぐらいは新しいことに非連続的に挑戦するつもりで生きていかなければ、やっていられないと思いますよ。

「非連続のキャリアチェンジ」と「連続するスキル拡張」

Q:梅澤さんが提唱されている「人生三毛作」、つまり人生の中で異なるキャリアを三度歩むという中で、「振り幅」というのはどの程度を想定されているのでしょうか? 通常の転職であれば、経験やスキル、得意領域を生かして他社に移ることが一般的ですが。

梅澤:

「同業他社に移る」という選択肢はカウントしません。産業分野を変える、あるいは職種を変えるものをカウントして、最低3つのキャリアを歩むことを「三毛作」と呼んでいます。とはいえ、同じ企業内の異動でも、業界も職種も非連続に変わる場合もあるので、数え方はケースバイケースになると思いますが。

 

私の場合は、やはりプロフェッショナルの仕事が向いていると思うし、好きなので、次もまた何らかのプロフェッショナルをやっていると思います。そもそも経営コンサルティングという今のプロフェッショナルも大きな進化のタイミングを迎えているので、自分の仕事やA.T.カーニーというファームの仕事のやり方を、非連続に変えるトライを続けているところです。もしかするとこのまま「経営コンサルタント」という肩書きを持ったまま、過去とはかなり違うことをやっているかもしれないし、その枠から飛び出してまた別の仕事を手掛けているのかもしれません。それは自分自身でもまだよく分からない段階ですね。

Q:現在取り組まれている「非連続な取り組み」とは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか?

梅澤:

左脳と右脳の両方を全開にして、今まで経営コンサルタントがやっていなかったテーマに取り組んでいます。例えば、文化と産業をセットで考えた街づくりのコンセプト策定など、「面白い」や「カッコいい」を大事にするようなプロジェクトですね。ビジュアルイメージで議論を引っ張り、ロジックを後から組み立てるようなアプローチを採ることが増えています。そんなプロジェクトを進めるために、デザインファームや設計事務所、クリエイティブエージェンシーなど、外部のプロフェッショナルたちも積極的に巻き込んでいます。

 

経営コンサルタントの仕事は、とても分析的で、ロジカルで、データ重視だと一般には思われています。でも「ロジックが中心じゃなくてもいいよね。もっとクリエイティブなやり方、もっと人々のパッションに働きかけるようなコミュニケーションの仕方もあるよね」と思うようになったんです。そうした領域もどんどん取り込もうと思ってやっています。

 

街づくりについて私がプレゼンテーションしているところを見ると、「これが経営コンサルタントの仕事なの?」と思われるかも知れません。コンサルタントというプロフェッショナルの自己拡張ですね。

Q:「ギャップのある専門性を身に付ける」ことが、個人としての市場価値を高めるためにとても有効だということですね。一方で、それを前提としたキャリア選択の難しさも現実的にはあるように感じます。どうしても、それまで積み重ねてきた経験やスキルを直接生かせる領域に行きたくなるという面もあると思うのですが……。

梅澤:

だからこそ、「二足のわらじで両方やる」のが良いと思います。新しいプロフェッショナル領域を作るのは「飛び地にも果敢に攻める」ようなタイプの人ですが、すべての人にそれを実践してくださいと言っても無理がありますよね。

 

「1つ横・1つ上」にトライするような連続的なスキル拡張を続けた結果として、プロフェッショナルとしてのあり方が次第に進化していくというアプローチもあると思います。同時並行的に、副業のような形でリスクを抑えられれば、二足のわらじを履いて新しい世界に踏み出しやすくなるのではないでしょうか。

 

取材・記事作成/多田 慎介

専門家:梅澤 高明

東京大学法学部卒業、マサチューセッツ工科大学経営学修士課程修了。
日産自動車を経て、A.T.カーニーニューヨークオフィス)に入社。
2007年に日本代表、2012年に本社取締役に就任。
著書に『最強のシナリオプランニング』(東洋経済新報社)、『グローバルエリートの仕事作法』(プレジデント社)など。