私たちが普段使ってる紙を作るには、大量の水、木材、プラスチックを作るには石油を輸入して使われており、それらの資源はずいぶん昔から資源の枯渇や環境破壊が懸念されています。リサイクルやリユースを推進することで循環型社会を目指すという動きもありますが、回収や輸送コストがかかったり、リサイクル品=低品質といった消費者意識が変わりにくいことから、上手くいっていない側面もあるように思えます。

そんな状況に一石を投じるべく株式会社TBMが開発したのが、石灰石を主成分とした新素材「ライメックス」です。例えば、紙を製造する場合。通常は普通紙を1t作るために約100tもの水を必要としますが、同社で製造しているライメックスペーパーであれば、原料に水は一切不要。世界で使われている紙の5%をライメックスに置き換えるだけで、2.2億人分もの年間最低必要水量を確保できます。

このような”世界を変える挑戦”を行う会社で、コーポレート・コミュニケーションを任されている笹木隆之氏。実は、まったく別の業種である電通から転職してきたという、異色のキャリアの持ち主です。
インタビューの前編では、現在のお仕事について詳しくお伺いしています。

ニュースを積み重ねることで、自社の歴史がつくられていく

Q:コーポレート・コミュニケーションという言葉は、一般的にあまり馴染みがないと思うのですが、どういったお仕事をされているのでしょうか。

笹木 隆之氏(以下、笹木):

コーポレート・コミュニケーション室としては広報的な意味合いも含めたPRからCSR、オウンドメディアで何を戦略的に発信していくかといったことまで、かなり幅広い領域を担当しています。また、執行役員という立場としては、新しい提携先を見つけてきたり、用途開発のサポートを行ったり、経営や事業を推進していくというフロントの役割もあります。

まったく別の業種なのですが、僕の中では一貫しています。というのも、TBMという会社はまだまだ小さい会社で、現在進行形で歴史が積み重なっているんです。そこで、歴史って何から作られるかを考えてみると、その時のニュースからできていくんですね。そんなメッセージが、ワシントンDCのNewseumのポスターで掲出されていました。だからこそ、何をニュースにしていけば歴史になっていくかといった視点をきちんと持ち合わせて考えなければなりません。その観点で発信していくのであれば、新たなニュースを戦略的に作っていくべきだと思っています。

Q:では今は、どのようなことを「ニュース」として発信しているのでしょうか。

笹木:

最近だと、国内外のパートナーシップの第一弾となる、凸版印刷様との共同開発、ライセンス契約に関する基本合意ですが、ライメックスペーバーのほかに「ライメックスプラスチック」としてスマートフォンケースや文房具、プランターのようなプラスチックの成形品も試作開発しています。

通常のプラスチックは、石油由来でそのほとんどを輸入に頼っていますが、ライメックスプラスチックは自国にある資源、石灰石を50%以上して、プラスチック製品の代替品をつくることが可能です。日本の石油使用量を減らしながら、CO2の環境負荷も大幅に削減することが出来ます。

Q:「エコ」を切り口にしているイメージもありますが。

笹木:

エコロジーであることは確かですね。石灰石が原料なので木材パルプを原料に使用しなくていいということもありますが、水を一切使わないという方が大きなメリットです。あまり知られていないことかもしれませんが、水資源問題というのはダボス会議(世界経済フォーラム)でもここ最近ではトップかそれに準ずる問題として扱われていて、森林伐採や気候変動の問題の方が低くランクインしている年もあります。そして、その水を一番輸入している国はどこかというと日本なんです。だからこそ、日本の技術で水を使わずに紙の代替品がつくれる素材というのはエコロジーの面で良い切り口になると思います。

ただ「エコ」というのは、コストがかかるというイメージや、本当に環境に優しいのかといった疑問があったりもするので、コミュニケーションの順番を気をつけなくてはいけません。既に合成紙やラミネート加工されている紙製品(外食のメニュー)の代替としては、コスト競争力を持ち合わせているのですが、うちではLCA(ライフサイクルアセスメント:製品・サービスのライフサイクル全体、またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法)という評価手法を東大沖研究室との共同研究で行っていて、良い指標が出ているのですが、それをコミュニケーションするにはLCAって何ぞやから始めなければなりません。また、水が豊かにある日本で、水資源の問題を啓蒙するには、かなりの時間と労力がかかってしまいます。

そこでまずは、マーケットのカテゴリーを新たに創造するために「エコロジーとエコノミーの両立」を訴えています。安価な石灰石でつくられるライメックス製品は価格競争力を有すると。良い意味でこれまでの常識を裏切ることができる。その先に、新たなスタンダードとしてのエコロジーはあるかもしれません。

Q:難しいことはいったん置いといて、わかりやすいところで訴えるわけですね。ところで、新たなスタンダードとはどういうことでしょうか。

笹木:

これまであまり着目されていなかった、石灰石という資源をもっと活用していこうということです。石灰石は日本で唯一自給率100%の鉱物資源で、全世界だと石油の100万から200万倍の埋蔵量があるといわれています。それをいかに循環させていくかを考えていく必要があると思うんです。

もちろん、すべてが石灰石に置き換わるとは思っていません。たとえば、名刺のようにお客様の手元に渡って、こちらで回収をハンドリングしにくいアイテムだと、ライメックスの利点は限定的です。ですが、駅貼りのポスターや店舗の期限切れのPOPや紙のツール類なんかは毎回業者さんが回収して持って行ってくれるんですよね。こういう回収スキームがあるところなら、循環型の素材として活用していく道があると思います。リサイクルする時に普通の再生紙だと何度かリサイクルすると繊維が切れて使えなくなってしまうのですが、ライメックスでは関係ありません。また、紙to紙ではなく紙toプラスチックを考えると、環境コストをより低く抑えることができます。

最近だとシェアリングエコノミー(インターネットを介してモノやサービスを貸し借りすること)という言葉もありますが、僕たちはこの事業を「シェアリングエコロジー」だと考えています。限りある資源をシェアして活用していこうよ、という考え方ですね。

難しいからこそおもしろいし、挑戦しがいがある。

Q:新しいスタンダードを生み出し、世界を変えていく。考えただけでもワクワクしてきますね。ところで現在、大学院で研究をされているとのことですが、お仕事と関わりが深いことなのでしょうか。

笹木:

大学院でのテーマは、豊洲や晴海の湾岸エリア開発や、スマートホームのような新しい暮らし方の実証実験を研究テーマとしていまして、まぁ関係ないといえばないですね(笑)。
ただ、2020年という日本において重要な節目に自分も関わっていきたいな、と思っていて。日本は、元来、技術立国として、どんどん良いものとか新しいものを作っていますよね。そのことによって技術力が培われているのは事実です。この高い技術力を世界にどう発信するか、広めていくか。日本発のモノづくりで世界を変えていく出来事に関わっていきたいという点では、共通している気がします。

Q:モノづくりやコミュニケーションという点は、学生の頃から興味があったのでしょうか。

笹木:

学生時代は授業に真面目に出てというタイプではなかったんですが(笑)、それでも一つ指針としてあったのが「コンセプト」を生み出す仕事に就きたいとは思っていました。
なんでかというと、コンセプト=Conceptの語源を知ったことがひとつのきっかけなんです。語源を調べてみると、ラテン語で「妊娠」という意味で、それくらい低い確率から生み出され、編み出されるということなんです。

難しいかもしれないけれども自分でも何か地球を唸らせるような優れたコンセプトを生み出したい、たとえば多くの人の心を動かすオリンピックのようなイベントに関われたらとてもおもしろいんじゃないか、と漠然と思っていました。

(後編へ続く)

取材・記事作成/松本 遼

撮影/宮本 雪

【ライター】松本 遼
京都造形芸術大学卒業後、広告制作会社を経て、2010年よりフリーランス(http://idvl.info)。
デザイナー・アートディレクターとして
雑誌広告・広報ツール・webサイトなどの制作を請け負う。
「uniqlo creative award 2007 佐藤可士和賞」、「読売広告大賞 2010 協賛賞」ほか、多数の賞を受賞。
フリーランスとして多くの企業、個人と関わった経験を生かしライターとしても活動中。

ノマドジャーナル編集部
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