現在、コーポレート・コミュニケーション室長として会社のPRを担う傍ら、大学院で研究も行っているという笹木氏。

後編では、大手広告代理店の電通から新素材を開発するベンチャー・株式会社TBMへ転職した理由を中心にお聞きしました。

広告も、PRも、モノづくりも同じ。自分の手で何かを生み出し、人の心を動かしたいという想いが原動力

Q:電通を辞めて、まったくの畑違いの会社に転職されたのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

笹木 隆之氏(以下、笹木):

電通を休職して一年間、大学院に通っている時に、ある方からDVDの「官僚たちの夏」という作品を薦められたんです。異色の官僚と言われていた佐橋滋をモデルに高度経済成長の時代に通産省の官僚たちがいかに成長を推進していったかという城山三郎の小説が原作なのですが、涙が出るほど感動してまって(笑)。3回ぐらい繰り返し視聴しました。

日本が技術立国としていかに渡り合っていくかということを、たぶん現代とは比べものにならないくらい一人ひとりが苦しんで考え抜いて努力もして、さらに外圧も強い中ビジネスに挑んでいるんです。日本の国民のためにですね。また国民も国家運動みたいにみんなが一丸となって、共通のベクトルを認識しながら、一緒に喜んで、悲しんで、がんばっているわけですよ。
それを見ていたら、自分もこういったことがしたいと思ったんですね。事業者とか経営者としてではなく、何かこういうムーブメントを日本から世界に発信したいと思えてきたんです。

TBMとの出会いはというと、もともと電通時代にクライアントとしてお付き合いしていたことがあったんです。その当時からすごい技術を持っている会社だとは思っていたのですが、ドラマを見ているうちに事業がどんどんシンクロしてきて、もう居ても立ってもいられなくなってしまって。社長に面接をしてもらい、決まりました。

Q:電通のようにクライアントワークが中心の仕事をしている方は、次々に新しい事をしたいという欲求が強いイメージもあります。そこでお聞きしたいのですが、事業会社に移って対象を一つに絞ったことで、何か違いがあったり、逆に役に立った経験などはありますか。

笹木:

実は、僕が電通時代に所属していた未来創造グループでは、一般的な広告のお仕事、広告のコンセプトを考えたり提案をしたりといったことは、あまりしていなかったんです。「電通の例外をつくる」というスローガンを掲げて作られた組織で、今でこそ40名を超える部署になっていますが、初期は営業、クリエーティブ、マーケなどいろんな部署から寄せ集めた4名でスタートしました。

そこで何をしていたかというと、企業のビジョンづくりや新規事業の創造、商品開発、店舗開発、インナーブランディングなど、経営に寄り沿いながら広告の考え方を使ってアイデアの力で解決しよう、ということをしていました。コンサルが知識ベースの正解を出す「左脳」のパートナーなら。僕たちは経営の判断の選択肢を増やす「右脳」のパートナーといった感じですね。この点は今の仕事と共通するところがあって違和感はありません。

テレビ出演はゴールではなく、コミュニケーション・ツールのひとつ

Q:それでは逆に、電通時代と変わったところはどんなところでしょうか。

笹木:

あえて実務的なポイントで言うなら、ほとんど広告を全くと言って良い程、やっていないところですね。そもそもの予算の桁も違うのですが、製造業って1円単位にまでこだわるので、10万の稟議を承認するのも怖いくらい。テレビCMの数億の単位を考えると、全然違いますよね。

今は、PRに注力しています。広告では企業がいいたいことを一方的にアピールする形になりますが、PRでは消費者や読者にとってメディアが認めたものが発信されます。うちは素材の魅力が大きいので、この点は恵まれていますね。メディアに対して真剣に、気持ちを込めてプレゼンテーションすれば通じる部分が多いです。

こういう機会を最大限に活かすために、経営企画や営業など、どうすればPRの価値を経営に貢献できるかという視点で社内で議論しています。

たとえば、テレビ番組のカンブリア宮殿に出演が決まった時も、この露出が増えるタイミングで何を打ち出せばいいかという事を戦略的に考えました。この時は採用と名刺セールスに決まり、HPのトップでもドンと大きく見せようということになりました。

ですが、ベンチャーの採用はなかなか難しいんです。例えば開発は、高分子・化学といったニッチな分野なので、専門に研究している大学の研究室に資料を送りました。単に大勢の人にアピールすることだけに終始せず、地道に戦略と戦術を考えるわけです。

あとは働き方でいうと、電通ではプロジェクトごとに誰がアサインされるか、みたいな話になるのですが、今は異なりますよね。アサインもなにも、その人がいなくなったらその仕事がなくなるという次元なので。本当に一人ひとりののアウトプットが会社を左右してしまうということを、肌で感じています。

商品、会社、コンセプチュアルなオフィスをPRすることが、優秀な人材の採用、ひいては会社の成長に繋がる

Q:採用の話題がでましたが、人材・教育の面でも違いがあったのでしょうか。

笹木:

今は社員60名で、そのうち工場が25名、本社に35名のうち、コミュニケーションに関わる人間が5名なのですが、もちろんほぼ全員が中途採用でそれぞれ違う文化を持って入ってくるわけです。その点では、阿吽の呼吸があった電通時代とのギャップはありますが、それぞれ志とやりたいことがあって入ってくるわけなので、その気持ちをリマインドしながら、自発的に会社の目指す方向性を知り、動ける人間が求められると思います。

社長の山崎はとても礼儀礼節、謙虚な姿勢で社内外のステークホルダーに感謝することを大切にしています。それに加えて、家族みたいな仲間が社員となって、さらにその一人ひとりの夢が循環していくような会社にしたいと言っているんです。100年先も挑戦し続ける、最高で最強のチームになろう!を組織のスローガンに掲げています。本当にそういった会社にしていくためには、みんながやりたいことや夢を持ってもらわなければならない。あるいは、やると言ったことに確実にコミットしなければならない。
つまり自分の役割としては、何がやりたいのか、何にコミットするのかを、自分も含めて最大限引き出すことだと思っています。TBMでは、熱いマインドを持って働いている人間が活躍していますし、TBMのビジョンにポジティブにコミットできる人が増えて欲しいですね。

ですが、ここが難しい。IT系のベンチャーとはまた違いがありまして、やっぱり製造業だとどうしても泥臭くならないといけない部分があります。理想は高く、現実は泥臭くみたいな感じでやらなければならないんです。オフィスは新オフィスに移転し、明るくなりましたけど。

Q:とてもきれいなオフィスですよね。全体的に開放感がある感じがします。

笹木:

実は、僕が惚れ込んだ建築家がいて、その方に設計していただいたんです。曽野正之さんといって、昨年、NASAの火星基地設計コンペで優勝したことから日本でもニュースになりましたが、それまではあまり日本では知られてなかったんです。
直接、設計のオファーをしたのですが、TBMの社名に込めた想い(Times Bridge Management)と社長の人間性に共感して頂き、お引き受けいただいて。本当に嬉しく感じました。


※オフィスは曽野氏のホームページにも掲載されています
http://www.cloudsao.com/TBM-OFFICE

オフィスのコンセプトについては、僕の言葉よりも曽野さんの説明の方がわかりやすいので、ここで少し引用させていただきますね。
「当プロジェクトは株式会社TBM(Times Bridge Management)の革新的で柔軟な創造性と、時代の架け橋となるミッションを体現し、またその触媒となる事が目指されました。
(中略)
天井と床には時を刻む年表を象徴する白いラインが配され、解かれた巻物のような曲面の壁がTBMのビジョンと軌跡を発信しながらその中を広がってゆきます。
(中略)
窓に面するパーティションは全てガラスが使用され、自然光を奥まで伝え、また透明度の変化により視線をコントロールします。会議室にはそれぞれの特色が与えられ、ショールームと一体化したラウンジやカウンターでは自由なコミュニケーションが誘発されます。
執務スペースは固定席とフリーアドレスが混合され、柔軟なワークスタイルが提案されています。」


Q:このオフィスで働く人が、どんどん増えていくといいですね。

笹木:

そうですね。また採用の話に戻りますが、ベンチャーの課題として人材のリソースは圧倒的に足りないので、いかに会社をアピールしていけるかという点は、コミュニケーションの課題だと思っています。特に理系開発人材というのは流動が少ないですし。

日本で「素材」を意識することってほとんどないと思うんですね。新しい素材を作っても、それ何に使うの?素材ってなんか難しそうで終わってしまう。ですが、ここに来て少しずつ変化の兆候も見えてきました。一例を挙げると、経産省で組織の再編があり、素材産業課ができ、国としても技術の川上にある素材にもっと注目するようになっています。また当社では、シリコンバレーの3大インキュベーターの一つ「Plug and Play」に7月から参加させてもらっているのですが、今年10月27日にEXPOというピッチイベントで「ソーシャルインパクトアワード(世の中に最も社会的影響を与える企業)」に年間を通して選んでいただいたんです。

今は、AIやIoT、ロボット等がなにかと脚光を浴びていますが、「新素材領域」もホットな分野なんだということをPRしていきたいんです。ユーグレナだったり、蜘蛛の糸のスパイバーもこの分野ですね。一つの素材だけでは難しいかもしれませんが、新素材領域全体がすごいと思ってもらえれば、人材も集まりやすくなると思うんですよね。

Q:ベンチャーというと、勢いがあったり、成長できそうというイメージがありますが、実際はどうでしょうか。

笹木:

そうですね。まさに、TBMには、日々ドラマがあり、働く価値観のひとつとして、1年で10年分、10年で50年分の成長をするを設定しています。一方、家族のように、みんながそれぞれの想いを共有して、お互いに助け合ったり、高め合ったりできる環境があります。日本を支えてきたシニアの多くの大先輩方にすぐに話が聞ける。そして、うちには競争力の源、追究されたクレドがある。ベンチャーは、思いの外いろいろなことが起こります。ただ、ベンチャー企業で大きな感動を得たいなら、その感動の大きさは自分の仕事や会社に対する責任とプレッシャーの大きさに比例すると思います。他責せず自責する、会社の自分ゴト化が肝心です。責任とプレッシャーを乗り越えたその先に、また新しい感動や成長があるのではないしょうか。

取材・記事作成/松本 遼

撮影/宮本 雪

【ライター】松本 遼
京都造形芸術大学卒業後、広告制作会社を経て、2010年よりフリーランス(http://idvl.info)。
デザイナー・アートディレクターとして
雑誌広告・広報ツール・webサイトなどの制作を請け負う。
「uniqlo creative award 2007 佐藤可士和賞」、「読売広告大賞 2010 協賛賞」ほか、多数の賞を受賞。
フリーランスとして多くの企業、個人と関わった経験を生かしライターとしても活動中。

ノマドジャーナル編集部
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