アドバイザーとして、個人投資家として、常時30社へ経営参画する山口豪志さん。クックパッドランサーズなどに勤務し、「世の中を変える」ウェブサービスを展開してきた経験から、マーケティングや事業開発、広報・PRなどの幅広い分野でベンチャー経営を支援しています。

 

本インタビューでは、複数社で同時に働くビジネスノマドとしての山口さんの哲学に迫ります。前編のテーマは、ランサーズ時代に構築した「クラウドソーシング」への思い。日本に新しい働き方を定着させつつあるクラウドソーシングには、今後どのような可能性があるのでしょうか。

南極大陸で知った「東日本大震災」が原点

Q:山口さんはランサーズの立ち上げを通じて、クラウドソーシングという新しい働き方を日本に広めました。まずはランサーズへ参画されたきっかけについて伺えればと思います。

山口豪志さん(以下、山口):

それまで勤めていたクックパッドを辞めた後、新しいビジネスモデルを見つけるために世界中を旅していたんです。そのときに東日本大震災が発生。あの大きな混乱の中、地球の裏側にいても日本の人たちと仕事ができることに気づきました。これが可能なら、優秀なエンジニアやデザイナーと、会社の壁を越えて一緒に働くこともできるんじゃないか? と考えたんです。それが、クラウドソーシングのスキームを思い浮かべた直接のきっかけですね。

Q:震災発生時はどこにいたのですか?

山口:

南極にいました。南極大陸に到着した日がちょうど3月11日。だから私は、リアルタイムでは日本の惨状を分かっていなかったんです。実は南極大陸にも1メートルの津波が到達していて、道中の船内では「日本で起きた地震の影響で津波が来るから注意しなさい」というアナウンスがありました。規模は別として、日本で地震が時折発生することは日本人である私にとっては日常的なことだと思うじゃないですか。「それをわざわざ南極でもアナウンスするんだ、すごいな」程度にしか思っていなかったんです。

 

その船内には日本人のツアー客も何人かいて、そのうちの1人が日本とメールでやりとりしていたんですよ。伝え聞くと、「今回の地震はかなり大きいらしい」「東京ではコンビニが品薄状態らしい」と。まさかとは思いましたが、それでもまだ状況がよく分かりませんでした。

 

1週間後に大陸最南端の島に戻り、ホテルにチェックインしてPCを開いたら、日本が怪獣映画のような世界になっていました。津波で洗い流され、街は大きく破壊され、黒煙が立ち上っている。ホテルにいた人たちは私が日本人だと知ると”nuclear””nuclear”と……。放射能の危機が迫っていることも知りました。「いったい、日本はどうなってしまったんだ?」と恐怖を感じて、涙が止まらなくなってしまいました。

Q:当時は被災地をはじめ、国内でも大きな混乱が広がっていましたが、間接的にしか情報を得られない海外ではなおさら不安になりますよね。

山口:

はい。それから2日ぐらい、寝ずにずっと考えて、思い浮かんだのが[時間と場所にとわられないで働ける仕組み]=クラウドソーシングだったんですよ。これが実現できれば働き方は大きく変わるし、被災地から全国へ避難している人たちにも新たな働く機会を提供できるのではないかと思いました。ノートにコンセプトやプロモーション、マーケティング方法などを書き留めて、現地で入手したミニPCで日本の知人に企画書を送りました。「一緒にこのビジネスをやらないか」と。

 

帰国後は、サービスを形にするためにエンジニアを口説きに回っていました。その中で、「鎌倉にランサーズという会社がある。お前がやりたいことと近いイメージだぞ」と教えてもらって。メールのやり取りをして、鎌倉へ会いにいったのが2011年の9月頃でした。

アメリカで出会った「ランサーズの登録ユーザー」

Q:その時点では、国内ではまだクラウドソーシングというモデルはほとんど知られていませんでしたよね。ある種の、偶然の一致だったということでしょうか?

山口:

そうですね。偶然にもまったく同じようなサービスを構想していたんです。当時、空き時間でお小遣い稼ぎをするようなポイントサイトや、ECサイトの商品タグ付けといったマイクロタスクを紹介するサイトはすでに存在していました。でも、私やランサーズが考えていた、優秀なエンジニアやデザイナー、営業マンたちが結びついて大きな仕事を成し遂げるような考え方のサイトはなかった。ランサーズ創業者(代表取締役社長)の秋好陽介氏とは、初めて会った日に2時間ほど話し込みました。

 

彼らは当時、デザイナーとエンジニアの兄弟で運営していて、他に正社員はいませんでした。私自身は岡山で何人かのチームを作って始めようとしていて、そのときはまだ競合的な関係性だったんです。

 

その後私はアメリカへ行き、デンバーやニューヨークなどあちらこちらを回って、現地の日本人に「クラウドソーシングのビジネスモデルをどう思うか」とヒアリングしていきました。反応は上々でしたが、そこで偶然知り合った翻訳家の女性が、何とランサーズのことを知っていたんですよ。「私はすでに登録もしているよ」と。サービスを見る目が肥えている海外在住の人たちがすでに活用しているのを見て、「ランサーズはやっぱりすごいな」と感じました。さまざまな事情があり、岡山のチームを解散して、ランサーズにジョインすることにしたんです。

「低いクオリティで短時間」だけではない。クラウドソーシングで実現していく世界観とは

Q:それから5年近くが経ちましたが、当時山口さんが構想していたような「場所にとらわれずに仕事ができる」世の中へ確実に近づいてきているように思います。

山口:

最近では「ミニマリスト」が注目されていますね。必要最低限のモノしか持たない人たち。世の中の価値観としては、物理的なモノよりも、どちらかというと「情報」や「コミュニティー」、「サービスそのもの」に重きを置くようになってきていると感じます。目で見て触れるモノよりも、人生の過ごし方そのものをより重要視するというか。

 

ビジネスモデルとしては、一括購入型で大きな買い物をするよりも、毎月少額を払い続けてサービスを受けるようなモデルが増えてきています。働き方についても同じような潮流があるのではないでしょうか。一つの企業で、場所と時間を縛られて一生働き続けるのではなく、自由なスタイルでフレキシブルに働きたいというニーズが今後も増していくと思います。

Q:クラウドソーシングは、個人の職能やスキルを生かして自由に働くという新たな価値観を根付かせつつあると思います。一方では、例えば「これからライターを目指す人が”1本100円”で書く」といったような、クオリティを度外視した極端な低価格発注も増えていますね。こうした状況も想定されていたのでしょうか?

山口:

当初から想定はしていました。「クオリティの高低」と、「仕事にかける時間の長短」というマトリックスで考えていて。ビジネスモデルとしては、その2軸の中から「低いクオリティで短時間」でも可能な「タスク型」というシンプルな仕事が生まれてくるだろうと思っていました。一方で、高いスキルを持った人がそれなりの時間をかけ、高いクオリティで仕事を請け負う世界も同時に実現される。目指した世界観は、共存共栄。素晴らしい技術を持っている人と、これから新しく始める人たちが、同じサイトの中で棲み分けされるはずなんです。

 

もちろん、優秀な人だけを対象にするよりは、まだスキルや経験が浅い人でも参入できる状態のほうが、サービスの裾野としては広がります。今はどちらかというと後者のほうが注目されがちで、ある意味ではカジュアルなサービスとなりつつありますが、もともとはより幅広い層のユーザー、幅広いニーズを持つ様々な企業の要望に応えられるビジネスモデルなんです。

「ディレクション」と「再編集」が、フリーランス文化醸成のカギ

Q:「組織に頼らず、これからは自分のスキルだけで食べていきたい」と考える人には、とても心強い仕組みですよね。今後、働き方が変わっていくと予想される中で、クラウドソーシングが示した可能性はとても大きいと思います。

山口:

そうですね。可能性はどんどん広がっています。ただ、海外と比べた場合、日本はフリーランスがビジネスの主体となりづらい背景もあります。それは圧倒的にコスト感覚によるもの。例えばアメリカの場合、西海岸と東海岸の都市を人が往復するだけでも大きなコストがかかります。それに見合う価値があればコストをかけて行くけど、「ちょっとデザインを考えてほしい」といった程度の内容なら会わずに済ませよう、と。当然そうなりますよね。

 

日本の場合は、狭い国土の中に新幹線という便利なインフラが発達していて、安くて早い。飛行機のコストにしても知れたものです。だから、何をするにしても「しっかりお会いして、信頼できる人に任せたい」という話になってしまう。そう考えると、海外でフリーランス文化が醸成されているからといって、同じパッケージを日本で簡単に実現できるかどうかは微妙ですよね。

Q:今後、日本でフリーランスを主体としたビジネスモデルがより醸成されていくには、どんなことが必要だとお考えですか?

山口:

ディレクションだったり、再編集だったりという仕組みを通じて、サービスとしての新たな見せ方で価値の源泉を作ることが必要だと思います。スキルや経験を持たない人たちを上手にディレクションし、作り出したものを再編集することで、付加価値を付けて売っていく。ランサーズが提供している「タスク」「コンペ」「プロジェクト」という枠組みは、まさにそれを実現しようとしています。

 

タスクには誰でもできるようなシンプルな作業が集まっていて、プロフェッショナルが再編集することで価値を高めていくことができます。コンペは依頼企業の要望に応じて期待したものが得られる。非常によいビジネスモデルだと思います。ちなみに、このモデルではfreelancers.comというオーストラリアの上場会社もあるんです。プロジェクトではマネジメントなどの管理運営体制を含めたディレクションを通じて、個の力を大きな事業としていくことができます。私自身がランサーズにいた3年間は、そうしたビジネスモデルを構築してきた期間でした。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:山口 豪志

大学時代にインターンとしてクックパッドに入社し、広告事業やマーケティング事業に従事。ランサーズへのジョイン後は事業開発、マーケティング、広報展開などを主導。
2014年以降はアドバイザー/アントレプレナー/個人投資家として、マーケティング全般や事業開発、広報・PRなどの幅広い領域で数多くの企業経営や投資支援に関わっている。