アドバイザーとして、個人投資家として、常時30社へ経営参画する山口豪志さん。クックパッドやランサーズなどに勤務し、「世の中を変える」ウェブサービスを展開してきた経験から、マーケティングや事業開発、広報・PRなどの幅広い分野でベンチャー経営を支援しています。
本インタビューでは、高い専門性を持つビジネスノマドとしての山口さんの哲学に迫ります。中編では、これまでのキャリアについて伺いました。「かつてはビジネスマンになりたいという志向が一切なかった」と語る山口さん。その歩みの背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
「研究者を目指す」夢から、「研究者の活動を支援する」夢へ
Q:山口さんは現在、数多くの企業に経営参画や外部コンサルタントという形で関わっています。現在に至るまでのキャリアについても、ぜひ教えてください。
山口豪志さん(以下、山口):
私はもともと、大学の先生になりたかったんですよ。ビジネスマンになる予定はまったくありませんでした。ファーブル昆虫記に憧れて、昆虫博士を目指していたんです。大学時代には就職活動もしましたが、それも当時の流行企業を冷やかし半分で見に行くような感覚で……。何となく格好良さそうなイメージがあったコンサルティングファームなどの選考を、軽い気持ちで受けていました(笑)。
ただ、「早い段階で上に行きたい、偉くなりたい」という思いはずっとありました。当時は外食チェーンやアミューズメント関係のような、若くして一旗揚げる経営者が多い業界にも興味を持っていたんですよ。
Q:「早く上に行きたい」というのは、当時から将来的な独立をイメージしていたということですか?
山口:
いえ。私は正直なところ、そういった志向がまったくなくて……。変わらないのは、昆虫博士になりたいという気持ちだけです。
大学4年生のときに、父親が亡くなったんですよ。理系の大学院に進むには多額のお金が必要です。大学を卒業できなくなるほど困窮するということはありませんでしたが、その後の5年以上をかけて論文をたくさん書き、狭き門である研究ポストを目指すという未来像に、ちょっと躊躇したんですね。
そして、その年の夏に衝撃的な経験をしました。学芸員の資格を取るために岡山の博物館へ教えに行ったんですが、そこに中学生の、私より圧倒的に昆虫に詳しい子がいたんですよ。才能でいうと、私なんかよりも絶対にあると思いました。研究者のポストは限られているので、私がそのポストに就いて彼のように才能あふれる人の仕事を奪うよりは、むしろ彼のような人が働けるような新しいポストを作る立場に回ったほうが面白いんじゃないか、と。そんなことを考えるようになったんです。
クックパッドのビジネスモデルに共感し、セールスで結果を出す
Q:そうして研究者の道ではなく、一般企業へ進んだわけですね。クックパッド入社の経緯はどのようなものだったのでしょうか?
山口:
はい。まずはベンチャーの人材系企業へインターンとして参加しました。人材会社に行ったのは意図があって、「ありとあらゆる業種・業界を相手にできる」から。純粋に、規模を問わずさまざまな業界へ出入りできるビジネスは、金融と不動産、人材ぐらいではないでしょうか。「人材が欲しい」と考える会社は伸びているところが多いはずで、そうした企業のビジネスモデルや業界課題を知ることができる。そんな動機でした。
そうして3カ月ほどその人材会社で営業として働いたのですが、そのときの営業先の一つがクックパッドだったんです。創業者である佐野陽光さんは営業系の若手人材を探していて、私は「食×インターネットメディア」というビジネスモデルがとても面白いと感じていました。インターネットは世界中で使われているし、「衣食住医」は人が生きていくために絶対に欠かせないインフラ。クックパッドが提供するサービスによってハッピーになれる女性や主婦のイメージにも共感できたんですよね。そうしてインターンながらクックパッドに転職をしました。
Q:クックパッドに移ってからは、営業として早々に大きな成果を叩き出したと伺いましたが……。
山口:
当初はまったく自信がなかったんですけどね。インターンという身分なのに、「1カ月で純広告を1千万円売れ」というミッションを与えられて(笑)。やってみたら、結果として売れました。会社に貢献しているという実感を得られたし、人ってやっぱり、求められる場所にいることが幸せじゃないですか。そういう意味では、とても心地よかったですね。もともとはビジネスモデルを知ることが目的で、営業を極めるつもりは全然なかったんですが。
私の場合は、合理的に物事を考えようとする癖がプラスに働いたんだと思います。営業先に訪問すること自体は非効率的だと感じて、電話とメールで徹底して案内をすることに集中しました。電話とメールで見込みのある案件だと感じればもちろん必要に応じて直接会いに行きますが、見込みがないのにわざわざ行く理由なんてないですよね。そんな風に行動して、プッシュしまくって、結果的に実績がついてきたという感じです。
ビジネスは「習うより慣れろ」。クックパッドで固めた基礎
Q:セールス部門としては、山口さん1人で対応していたのですか?
山口:
上長としては部門長がいましたが、基本的には1人で、価格設定などの決定権も任せてもらって動かしていましたね。クライアント先で「もっと安くしてよ」と言われたら、誰かに相談するフリでエア電話をしたこともありました(笑)。
Q:まだ20歳そこそこという若さで、営業としての圧倒的な物量をこなしたり、クライアントとの交渉を進めたりというビジネスの基礎を、着実に固めていたわけですね。
山口:
そうですね。ビジネスについては「習うより慣れろ」という感覚が強いです。理系の生物科学も同じなんですよ。図鑑や死んだ昆虫だけを見ていてもあまり意味がない。実際に昆虫たちが暮らしている場所へ行って見たり、触ったりしないと分からないんです。そうした現場主義の感覚は、もともとあるのかもしれません。
私は今でも、昆虫などの学術的な研究分野を発展させたいという思いを根底に持って活動しています。勤めてきた会社はある意味では通過点というか、ポイントでしかないんですが、楽しい時間を過ごし、良い仲間にも恵まれていたので、「もうちょっと続けてもよかったかな」と思うこともあります。本当に良いチームワークというのは、再現することが難しいですよね。クックパッド時代にお世話になった、あのチームだからこそできたことがたくさんあります。私の貴重なキャリアの一つですね。
取材・記事作成:多田 慎介