これから海外に打って出ようとする企業は、まず何に取り組むべきなのか。また、すでに海外拠点を築きつつも伸び悩んでいる企業は、何を改善するべきなのか。そんな課題を解決するため、「海外事業力育成セミナー」が11月2日に開催されました。
講師は、株式会社パンアジアアドバイザーズの椿高明氏。

レポート最終回となる後編では、多くの企業が頭を悩ませる「人材」と「組織作り」についての解決策とともに、世界中で活躍するグローバル企業になるための条件を見ていきます。

「レッドオーシャンだからもう伸びないだろう」国内の衰退・成熟フェーズのモノサシで考えない

「差別性と付加価値が必須だ」
「レッドオーシャンだからもう伸びないだろう」

このような発言も、海外事業がうまくいっていない企業の経営者からはよく聞こえてきます。では、うまくいっている企業はどのように市場と向き合っているのか。一つの例を見てみましょう。創業45年の機械部品メーカー、THKの例です。

成長市場において流通やコストを支配するためには、「初期段階でいかにボリュームを追いかけられるか」が勝負。THKの場合は顧客接点を最大化するため、展開地域における販売網強化をスピーディーに行っています。特に自動車生産に使われる消費材を売るには、ボリュームを取りきらなければ勝てないんですね。「差別化」や「レッドオーシャン」などは一切気にせずにボリューム戦略を展開する。その勢いが、海外での成功につながっています。

実際にところ、市場の環境要因は長い時間軸の中でとらえていかなければ分かりません。再生・躍進・衰退・成熟というフェーズごとに、異なる勝ち方があります。それぞれの時代で戦い方を変えなければいけないのですが、日本企業は衰退や成熟のフェーズに慣れすぎてしまい、柔軟に変化できていないところが多いように思います。

「いい現地社員を採用できない」性悪説の立場でルールを作り、性善説の立場で運用する

「いい現地社員を採用できない」
「人材のレベルが低い」

こうした人材の課題は、海外展開を進める中で苦労するうちに徐々に克服できるケースも多いのですが、やはり多くの企業が課題として抱えています。現地の採用市場が理解できず、うまくいっていないケースは非常に多いです。現地で働くナショナルスタッフの本音を拾っていけば分かるはずです。

日本企業は「人件費削減が狙いだから……」と考え、現地水準を押さえた上で賃金を設定しているつもりかもしれませんが、ナショナルスタッフは「あそこは給料が安すぎる」と感じています。「やりがいが増えるように」と考えて当初のミッションを超える業務を与えると「話が違う」となり、「どうせ日本人だけで決めているんでしょ」というあきらめにもつながっていきます。

他にも以下のような経営者の口癖もよくききます。

「いい現地人はすぐ辞める」
「金にめざとい」「不正疑惑がある」

もちろんコンプライアンスを厳密に考えることは大切ですが、こまかいことを気にしすぎるのは「井の中の蛙」というもの。

海外展開時は、現地の人々に合わせながら次のような3段階に分けてマネジメントを考えるべきです。

すなわち、報酬で惹き付ける層、昇進で惹き付ける層、ロイヤリティで慰留する層の3つに分けて、どのようにしてその人のモチベーションを高めるかを考えていくことです。現地で採用コンサルティングを行う人から情報を収集し、現地の雇用市場視点を持てるように努めたいですね。

マネジメントのポイントは、「ルールは性悪説で作りサインさせる」こと。報告義務や提出が必要な書類、罰則などについては、うまくいかなくなるパターンを想定してきっちり書類を交わすべきです。一方、「運用は性善説で見る」ことをおすすめします。こうすれば、コントロールがききやすくなるはずです。逆のパターンはうまくいきません。「ルールは緩くしておいて、何かあれば厳しく接する」という日本パターンは通用しないことが多いです。

駐在員の役割は「背中を見せる」から「助言する」へ。「組織の現地化」に至るまでの4つのステージ

マネジメントが浸透し、うまく回るようになっていけば、いよいよ「組織の現地化」を考えるタイミングです。理想は、現地人の経営者が現地人スタッフをマネジメントして事業を伸ばしていくこと。駐在員の役割は「背中を見せる」ことから「助言すること」へと、徐々に変わっていくでしょう。ナショナルスタッフを育成し、「山賊人材」と「正規軍人材」の配置を見極め、新規採用にもフィードバックしていきます。

上記の図を見ていただければ分かる通り、現地に優良企業を作るまでの道のりには4つのステージがあります。うまくいかない企業の中には、いきなり現地化を推し進めて日本人を引き上げさせようとするところもあるのですが、それは無理があるのです。「主導」「指導」「支援」「監査」というステージごとに、駐在員がインキュベータとして適切に振る舞っていくことが大切です。

戦略の点検から人材の育成、現地化まで、海外展開に成功する企業・失敗する企業の特徴をお話してきました。自社に合う正しいやり方が分かれば、国が変わってもどんどん横展開できるようになっていきます。「伸びている国にどう入っていくべきか」という知見が本社レベルで分かってくると、他地域でも続々と成功できるようになる。これからはそのノウハウを獲得しに行くつもりで、すでに進出している市場でも頑張っていただければと思います。

*前回セミナー「海外事業力育成セミナー 次世代経営幹部を育てる」については、以下の記事をご覧ください
前編:https://nomad-journal.jp/archives/1400
中編:https://nomad-journal.jp/archives/1408
後編:https://nomad-journal.jp/archives/1412

【登壇者】椿高明氏
株式会社パンアジアアドバイザーズ代表取締役。
経営戦略の助言を専門とするボストンコンサルティンググループおよび
ドリームインキュベータの実力派メンバーを中心に、2008年パンアジアアドバイザーズを設立。
日本企業の海外進出支援を専門とするコンサルティングを提供している。
中国、東南アジア、インドはもとより、トルコ、西欧・東欧、アフリカを含む主要各市場で、
力量の高い現地パートナーと緊密に連携しながら、過去8年で120超のプロジェクトを支援してきた。
近年では新たに進出するプロジェクトばかりではなく、
進出して10年を超える現地組織のてこ入れやローカル顧客開拓、顧客満足度向上、
現地経営人材の採用育成など、最先端の経営課題に対してこの分野のパイオニアとして、
現地社長・本社役員と一体になって取り組んでいる。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。