政府が行った働き方改革実現会議と前後するように、さまざまな働き方改革を打ち出しているヤフー株式会社。単に働きやすい環境をつくるだけでなく、労働生産性を高めるために週休3日制を導入したことは前編で触れた。週休3日制を実現するために単純労働をAIや機械学習に任せるという取り組みは、生産性だけでなく、個人の働き方にも確実に影響を及ぼしていくだろう。

実は、ヤフーが行っている働き方改革はこれだけではない。前編で紹介した施策のうち、後編では「どこでもオフィス」と「チーフ・コンディショニング・オフィサー(CCO)」について見ていく。

■オフィスは情報やアイデアの交差点

「どこでもオフィス」は、オフィス以外のカフェや自宅などでの勤務を認める制度で、以前からあった制度ではあるが、2016年10月にこれまでの月2日から月5日に拡充した。

童謡「南の島のハメハメハ大王」の子どもたちのように、雨が降ったらお休み、とまではいかないが、嵐の中を出社するよりも自宅で作業をしたほうが効率がいい、という発想から生まれた制度だという。

このように労働生産性を高める施策を強化する一方で、週休3日制を取り入れる理由として挙げられていた”創造性”を高めるられる環境づくりにも注力している。それが、2016年5月の本社移転のタイミングで実施した「フリーアドレス制」と「コワーキングスペース」だ。

それまでのオフィスは、各自の席の左右と前に仕切りがついたタイプ。良く言えばプライバシーが確保されているが、悪く言えば隣の人にも話しかけづらい状態だった。その壁をすべて取り払ってオープンデスクにすると同時に、社員同士の接点が増えるよう、あえて机をジグザグに配置。社内で行ったアンケートでは、従来と比べて、コミュニケーション量が2倍に増えた、という結果になった。

さらに「LODGE(ロッジ)」と呼ばれる、社外の人も利用できるコワーキングスペースを新設。「異なるアイデアを持った社員同士や外部の人がここで話し合って新しいアイデアが生まれるようになる」(最高執行責任者 川邊氏)ことが狙いだという。

どこでも仕事ができるような環境を整えつつ、オフィスはイノベーションを生み出す場所として、ある意味で割り切って使う。週休3日制と同様、ここでも「創造性」が大きなポイントになっているようだ。

■社員のためだけじゃない。健康経営が会社の業績アップに繋がる

週休3日制、「どこでもオフィス」に続き、労働生産性を高める施策の第三の矢とも言えるのが、「健康経営」の推進だ。しかしこれは何も、ヤフーに限った取り組みではない。

そもそも健康経営とは、1980年代にアメリカの経営心理学者、ロバート・ローゼン氏が提唱したヘルシーカンパニー思想(健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる)をもとに日本で生まれたもの。NPO法人健康経営協会の定義によれば「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても 大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、 戦略的に実践すること」だという。つまり、企業の成長には社員の健康が欠かせないのだから、企業としてしっかり配慮しましょう、ということだ。

注目を浴びるようになったのは、2013年6月に閣議決定した『日本再興戦略』のひとつとして掲げられた、健康寿命の延伸がきっかけだ。健康や介護関連事業市場の創造を目指し、経済産業省次世代ヘルスケア産業協議会を設置。さらに2015年5月には、企業や健康保険組合に健康経営を促す『アクションプラン2015』が取りまとめられた。

企業側での具体的な取り組みも進んでおり、健康経営に取り組む企業数は2015年の493社から2016年は573社と、116%の増加(上場会社3,605社が対象、経済産業省「健康経営銘柄2016 選定企業紹介レポート」 http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/meigara2016report.pdf)。実施後の評価に関しては、データ分析を行っていない企業が6割以上を占めてはいるものの、変化を実感している企業の方が多いという結果(※)になっている。

※アウトプット(従業員の生活習慣に係る行動変容)評価・・・「行動変容が起こっている」(28.2%)、「起こっていない」(5.1%)。アウトカム(従業員の健康状態や医療費、生産性等の改善)評価・・・は「従業員の健康状態や医療費、生産性等が改善している」(19.5%)、「改善していない」(7.9%)

■プロと連携して、健康×ITの新しい形を目指す

すでに数多くの企業が健康経営のための取り組みを行う中、ヤフーで実施する健康増進策とはどのようなものなのか。

目新しいのは「チーフ・コンディショニング・オフィサー(以下、CCO)」の新設だ。従業員の心と身体の健康増進を推進する役割を担うこのポジションには、代表取締役社長執行役員 最高経営責任者の宮坂氏が就任した。担当役員を置いている企業が半数に満たない中(日本経済団体連合会「「健康経営」への取り組み状況」より https://www.keidanren.or.jp/policy/2015/100_gaiyo.pdf)、社長が担当役員になることは、施策に対する期待や意思の強さの現れとも取れる。

取り組みの内容自体は、歩数などの運動量や社員食堂での食事のカロリーといったデータを集めて、医師や管理栄養士から食事や運動、睡眠などの生活指導を行う「健康増進プログラム」を提供するというもので、取り立てて珍しいものではない。

だが、もちろん注目すべき点もある。プレスリリースによると、一連の取り組みに関してはメディカルフィットネスラボラトリー株式会社との合弁で設立した、ワーク&ウェルネス株式会社が実施するとある。
このメディカルフィットネスラボラトリーは、ストレスチェックやデータを活用したジムの運営、ヘルスマネジメントアプリを提供する会社で、いわば健康経営に関するプロフェッショナル。健康増進策の強力なサポーターとなるだけでなく、今後の新しい取り組みにも大いに期待が持てるのである。

■健康でいることが、権利ではなく義務に

最後に、他社での取り組みも見てみることにする。日本経済団体連合会 「健康経営」への取組状況をもとにニッセイ基礎研究所がまとめたデータ(健康経営を巡る政府・企業の取り組み http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52405?site=nli)によると、社員に対する施策は主に以下の内容に大別することができる。

<体力増進>
・運動会、ウォーキング大会などスポーツイベントの開催
・ウォーキング促進活動(歩数計の配布、表彰など)の実施
・社内に独自のスポーツ施設を完備、スポーツクラブ補助
・階段使用の推奨
・身体活動を計測するウエアラブル端末の活用
・健康プログラム(ヨガ・ストレッチ)の提供

<ワーク・ライフ・バランス推進>
・残業の事前申請ルール化
・ノー残業デー、年休取得促進日等の設定
・長時間労働者の上司指導
・全社の残業や休暇取得状況を毎月の役員会で報告

<食事や生活習慣の改善>
・社員食堂における健康メニュー(低カロリー定食など)の提供
・食事メニューのカロリー表示
・朝型勤務の実施(無料朝食、社内飲み会は1次会まで)

<禁煙の推進>
・禁煙外来の資金援助
・全社喫煙デーの実施
・禁煙成功者への禁煙手当支給

<疾病予防、早期発見>
・二次検診の受診推奨、有所見者の診察を義務付け
・定期検診に加え、年に1回の人間ドック受診を義務付け
・がん検診受診の啓発活動、乳がん検診受診キャンペーン
・インフルエンザ予防接種の補助
・特定保健指導対象年齢の引き下げ

<メンタルヘルス>
・セルフケア、ラインケアに関する情報提供
・相談窓口(専任スタッフ)の常設
・復職支援体制の構築
・海外赴任者の支援
・産業医、メンタルスタッフとの定期面談
・被扶養者の健康診断受診促進

さらに、前出の「健康経営銘柄2016 選定企業紹介レポート」で紹介されている企業の取り組みを見ると、選定企業25社のうち25%に当たる6社が禁煙推進の施策を実施。これまでの費用補助など「アメ」の制度ではなく、勤務時間の全面禁煙(住友林業)、事業所内の完全禁煙化(テルモ)など、実力行使を伴う「ムチ」ともいえる制度が増えたのが特徴だ。

これにより、2008年度:27.5%から2014年度:18.7%まで低下(塩野義製薬)、2010年度38.0%から2014年度28.9%へと大きく減少(トッパン・ホームズ)など、着実に効果が出始めている。たばこを吸うために席を立つことは、すなわち、労働時間の減少を意味する。また、集中力も途切れがちになる。こうした弊害をなくす意味でも、今後、禁煙推進の動きはますます加速していくだろう。

以上、前・後編に渡り、ヤフーの取り組みについて他社との比較を交えながら見てきた。働き方改革に正解はないかもしれないが、日本を代表するグローバル企業が行うことは、良くも悪くも”前例”として人々に注目され、模倣されていくものだ。ぜひ良い前例になることを期待したい。

記事制作/宮本 雪

ノマドジャーナル編集部
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