従業員の健康に会社が配慮することで成果に結びつける「健康経営」(※)をリードする伊藤忠商事株式会社。前編では、すでに効果が顕著に現れている朝型勤務について紹介したが、同社の取り組みはこれだけに留まらない。
※健康経営について詳しくは、以下の記事を参照
【事例から学ぶ働き方改革】第1回:在宅、フリーアドレス、リモートワーク・・・働く場所が自由になる中、オフィスの役割とは? ヤフー株式会社(後編)
https://nomad-journal.jp/archives/1694

朝型勤務により長時間労働を減らすことは、間接的に健康に結びつくもので、その効果は個人差が大きく時間もかかる。これとは違う方向性で、直接的に「健康」に作用する施策を後編では取り上げることにする。

■肥満は、個人の健康にも会社の成長にもデメリット

一般的にもよく知られているように、健康には食事の管理と定期的な運動が欠かせない。わかってはいても、時間の都合や知識がないなど、自分だけで健康管理をするのは、なかなか難しい。そこで伊藤忠商事では、睡眠時間、血圧数、脈拍、歩行数などのデータを24時間集計できる腕時計型のウエアラブル端末を支給し、まずは健康意識を高めてもらう、という取り組みを2016年6月より始めた。

支給の対象となるのは、健康診断で再検査一歩手前となるような、生活習慣病の予備軍とされる肥満ぎみの若手・中堅社員100人。データを元に看護師から定期的にアドバイスが受けられるという。
同時に、スマートフォンで食事を撮影するだけで、栄養バランスを分析し、オンライン上で管理栄養士に相談できる仕組みも設置。社内イントラネットで情報をいつでも閲覧できる環境も整えた。

もちろん、これらの施策をスタートさせるには多額のコストがかかっている。2016年度には健康対策費として合計数千万円の予算を投入。健康経営への本気度の高さを窺わせる。

■実家より手厚い!?至れり尽くせりの独身寮

もうひとつ目玉となるのが、独身寮での健康管理だ。現在は、成城(東京都世田谷区)や鷺沼(神奈川県川崎市)などに4つの借り上げ独身寮があるが、いずれも通勤に1時間前後かかり、朝型勤務にも支障が出てしまっている。
そこで、2018年4月からは自社で独身寮を新設。360人を収容できる大型施設で、港区北青山にある本社まで30分程度で通勤できるようになるという。

寮では、土日も含めて栄養バランスに配慮した食事を提供することで、退社後に外食をしてしまうなど不摂生になりがちな若手社員の健康管理を徹底。さらに、サウナやトレーニングジムを設けて「早く寮に帰りたくなる仕組み」(伊藤忠商事 人事・総務部長 垣見俊之氏)を作った。

若いうちからこのような習慣づけをしておけば健康管理は容易になり、年齢を重ねても健康でいられる。最大限のパフォーマンスを発揮できる身体づくりをサポートすることは、もちろん会社にとっても大きなメリットとなるというわけだ。たしかに、ここまでのものがあれば、一人暮らしより快適なのはもちろん、実家よりも居心地がよく、充実した生活が送れるだろう。

他でも似たような施策を行っている企業はあるが、就業時間外も含めた日常生活にまで踏み込んだのは、恐らく日本初となる試みだ。もちろん、会社が社員の健康にまで責任を持ち、プライベートまでコントロールすることには賛否両論あるだろう。しかし、BMI(Body Mass Index:WHOで定めた肥満判定の国際基準)の低下や業績アップといった成果に繋げることができれば、企業と社員(個人)の新しいカタチとしてアリなのかもしれない。とりあえず批判は脇に置き、期待を込めて見守っていきたいと思う。

■制度を形骸化させないためには、強制力とインセンティブが鍵

以上で見てきた通り、総じて効果を出している伊藤忠商事の健康経営だが、制度だけを他社が真似しても、上手くいかない可能性が高い。

それはなぜか?健康経営は今、トレンドということもあり、対外的なアピールのため短期間だけやってみることも多い。また、朝型勤務を取り入れたものの退社時刻が以前と変わらず労働時間が増えてしまうだけ、という状況になってしまうことも容易に想像がつく。つまり、制度のいいとこ取りをしようとすると、会社に都合のいい制度になってしまうというわけだ。

それを避けるために、伊藤忠商事では2つの方向で手段を講じている。ひとつ目は、夜の残業を基本的に認めない、飲み会は22時までなど、法律でいえば「罰則付き」に近いレベルの強制力を持たせること。もうひとつが、朝食の無料提供や、朝の勤務にも残業代と同等の給与が支給されることなど、インセンティブだ。この2つを上手く組み合わせることで、社員の満足と制度を機能させることの両立ができているのである。

■朝型勤務は使い方を間違えると、長時間労働を助長する

最後に、朝型勤務を取り入れている他社の事例を見てみることにする。実は、朝型勤務を取り入れている会社は、まだまだ少ない。経済産業省と東京証券取引所が共同で選定・発表している「健康経営銘柄2016」(http://www.jpx.co.jp/news/0010/nlsgeu000001ej8w-att/report.pdf)でも、朝型勤務は25社中、伊藤忠商事の1社だけだ。

そこで、Googleを使って朝型勤務を検索してみたが、これまた導入事例は少ない。最近の事例だと、KDDIグループのUQコミュニケーションズ株式会社が朝型にシフトしたというニュースが目に飛び込んでくる(2017年1月13日の報道)。朝の勤務を促し残業は原則20時まで、午前8時までに出社した社員に軽食を配るといった内容で、伊藤忠商事とほぼ同じ取り組みだ。

もう1社、似たような取り組みをしているのが日本郵船株式会社だ。別稿にて詳述するが、原則20時までの残業や朝食の無料提供(先着順)など、伊藤忠商事の”真似”をしているものが多い。真似であっても効果が出るのであればいいのだが、2社とも強制力に欠けたり、インセンティブ(社員にとってのメリット)が少ない点が気にかかる。また、朝の勤務時間に残業代がつくかどうかという点についても、発表資料では不明確であり、今後の取り組みを注視する必要があるだろう。

長時間労働の是正、電力消費の削減、プライベートや家族との時間を増やすなど、あらゆる観点でメリットの大きい朝型勤務。だが、企業側が正しく運用を行わなければ、名ばかりの制度どころか、サービス残業の増加など労働者のさらなるデメリットになってしまう、いわば諸刃の剣だ。
横並びで同じ制度をつくるのではなく、伊藤忠商事・岡藤社長が言うように「社員が気持ちよく働ける環境をつくることには妥協しない」という確固たる意志のもと、現状を直視し、自社に合わせた制度をつくることが求められているのである。

記事制作/宮本 雪

ノマドジャーナル編集部
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