今回から始まる連載では、特に飲食業界にて数々の事業再生を成功させてきた正金氏にご登場いただきます。

事業再生で重要な一つにターンアラウンドマネジャー(再生リーダー)の存在があります。この、たった一人のリーダーの存在が事業再生の成否を分けるといっても過言ではありません。連載の第1回目では、V字回復実現までの6つのステップを教えていただきました。

なぜ社内の人間では改革できないか

私は、今まで上場企業4社の業績をV字回復させてきました。その中で、業績が低迷するには共通項があることに気づいたのです。それが、過去の成功体験の呪縛に囚われている、ということです。競合企業や消費者が変化しているのに、「今までこれで成功したから」と執拗に固執しています。また、経営者のみならず従業員もその中でやってきたので、他の戦略・手法を思いつきません。たまに「切れのある」戦略が発案されても雲散霧消してしまうのです。

かつての無印良品の松井忠三社長のように社内から改革者が出てくるのは稀で、改革が成功するケースの大半で改革リーダーは外部からやってくる、というのが私の印象です。

日本企業ではよく、新卒からずっと会社にいる「生え抜き社員」が役員や経営者へ昇格しますが、なぜこうした社員ではダメなのでしょうか。

第一に、他の方法を知らないからです。 
第二に、それまでのやり方で評価されていた(大して業績を上げてなくても)人間の大半は、。自己否定に繋がると思い、新手法を受入れようとしません。
第三に、従来の人間関係等のしがらみが新手法・戦略より優先します。
第四に、改革反対派は絶対におり、その人ほど従来の自分がやってきた手法に拘泥します。また、その人ほど「声が大きい」ケースが多く、社内からはその声に打ち勝つことができません。

これらの理由で、社内の人間では改革が非常に難しく、外部からの改革者を招聘した方が業績回復に成功するケースが多いのです。しかし、外部からの改革者が必ず成功するわけではありません。それでも失敗するケースが多いのです。

では、改革を実現するにはどのようなステップを踏む必要があるのか。具体的に見ていきましょう。

1、経営者の「覚悟」

改革が失敗する一番の原因は、経営者の「覚悟」です。
経営者が、現在では通じなくなっている「かつての成功体験」を捨てられるか、社内の改革抵抗派を抑え込めるか、最初の数ヶ月業績が上がらなくても我慢できる覚悟があるかどうかが肝心です。なぜなら、改革リーダーにとって、最も恐ろしい事は経営者に「梯子を外される」ことだからです。

ちなみに、私が改革した4社の内1社では、梯子を外されるどころか入社して7ヶ月間仕事がありませんでした。そこから、会社の90%の経常利益を稼ぎ出すまでにしたのですが、最初は非常に辛かったです。また、改革しなければならない、ということで私を入社させながら、「社内に波風が立つ。また改革して結果が伴わなければ自分の責任になる」と自己保身のみのサラリーマン社長だったので、何もできなかったケースもあります。

一方、ある企業では、社長が前面バックアップをしてくれ、オーナー創業者を始め社内の抵抗勢力を全て封じ込めてくれましたので、非常にやり易く、1年で経常利益を予算比で22億円アップさせることができました。他の企業では、創業社長と私の考え方、方向性が全く違いました。しかし、懐の深い社長でしたので、私のやりたいようにやらせてくれ、結果を出しました。

2、間違った業務増加を「捨てる」

業績が悪くなってくると大半の企業で増える業務があります。「会議」と「報告書」です。 これらは全て「内向き」の業務です。これらの業務を増やして業績を伸ばした企業は、私が知る限り一つもありません。これまでに関わった4社の管轄領域では、逆に、会議と報告書を大幅に削減しました。部下から「もっと会議を増やしてくれ」と言われたことはありますが。。。これらを無闇に増やしてしまうと、社員は疲弊するだけなのです。

一つだけ具体例を挙げると、ある飲料企業の営業所を34箇所中最下位から5ヶ月で5位、6ヶ月で1位にしました。この時、毎朝のミーティングが2〜3時間だったのを0〜30分に、営業日報の記載に1時間掛かっていたのを10分になるようなフォーマットに変えました。業績向上には他にもいろんなことを行いましたが、会議と報告書を削減したことで、本来の業務に注力できる時間が増えたことは、大きな要因です。

経営資源、資金、労働時間等には限りがあります。あれもこれもと手を出したら大企業でもうまくいきません。「選択」と「集中」という言葉がありますが、これは日常業務にも当てはまることなのです。

3、組織の成熟度に合わせた戦略の落し込み

どのような素晴らしい戦略でも、組織に浸透し実行されなければ「絵に描いた餅」になってしまいます。詳細は別稿で叙述しますが、組織の能力に合わせた戦略が必要です。

だからと言って、合わせ過ぎて効果の薄い戦略になってもいけません。
どの戦略を選択するか、は経営者の判断力が非常に問われるところです。また、経営者は戦略企画部門が描く数値を頭から信用してはいけません。現場を知らない企画部門が戦略を描いた場合、現実味のない紙上の帳尻合わせをしているケースをしばしば見ます。

または、「どうせ無理だろう」と思いながら「作文」してしまっていることも多くあります。そして、元々その組織の力量では当該戦略をやり抜けないのに、結果が出ないと「現場」が責任を負わされますが、元はと言えば、そのような「戦略」を描いた「企画部門」の方が責任は重いのです。

ここでよく起こるのが、「企画部門」と「現場部門」の軋轢です。軋轢というと大ごとのように聞こえてしまいますが、解決方法は簡単です。「企画」だけできる人間、「現場」だけ統括できる人間を改革リーダーとして配置せず、「戦略」を作成し、かつ「現場」も統括できるプレイングマネジャーを配置すればいいのです。

4、コストコントロール―売上至上主義はNG!

業績が低迷している時、しばしば見られるのが「売上高を上げる」事のみに注力していることです。「売上高が上がれば全てを治癒する」というのは、ある意味真理ですが、これでは、一時的に利益が上がっても外部環境が変わって売上高が落ちれば直ぐに利益は減少し、再度低迷期に入ります。

どんなに頑張っても、外部環境等でどうしても売上高が想定どおりに上がらないことは必ずあります。「強い企業」とは、どんなに売上高が落ちても売上高以上に利益が落ち込まない企業と、私は解釈しています。そこで重要なのが、固定費をできる限り減らし、変動コスト比率を高めておくことです。そのためには「仕組み」の再構築をしなければなりません。

業績が悪くなると、オフィスの蛍光灯を抜く企業をよく見ますが、意識付けという意味では多少は効果があるかもしれません。しかし、そんな枝葉末節のコストコントロールでは「強い企業」にはなれません。

多くの人が勘違いしているのですが、コストコントロールと「売上高を上げる」ことは必ずしも別物ではありません。「仕組み」を再構築すれば両者を同時に達成することができます。

5、新しい取り組みには、手段を5つ以上用意しておく

コストコントロールと平行して、売上高を上げる取り組みをすることも必要です。ですが、世の中のかなりの数の企業は、取組みを躊躇するのではないでしょうか。
「その取組みをやった方がいいと誰がみても思うのに」「今、この事業を開始しなければチャンスを逸するのに」というケースをよく見ます。何故そうなってしまうのでしょうか。

一番の要因は、経営者やそれらの責任者が、「失敗したらどうしよう」「失敗して責任を取りたくない」「そのうち景気は良くなるだろう」「社内に波風を立てたくない」と考えているからです。そして、有効な打ち手を打たず企業はどんどん低迷していき、やがて破綻します。

新規事業、取組みをする際は、やった場合とやらなかった場合のシミュレーションをして、それを「可視化」することが大切です。そうすれば、やるかやらないかの判断は簡単に付きます。

また、必ず「結果」を導くための「手段」を少なくとも5つ用意します。なぜならば、自信はあっても、たった一つの「手段」が有効とは限らないからです。
この点について私は、日露戦争時、日本海海戦での秋山真之の「7段構え」にヒントを貰いました。幾つかの解決手段をもっていないと、間違った一つの手段に拘泥し企業を破綻に導いてしまうこともあります。翻って、5つもの手段を用意しておけば、次から次へと試してみることができ、成功の可能性が高くなるというわけです。

私は今まで、大きな改革や新規事業を20以上やってきましたが、「やるかやらないか」という判断で迷った事はありません。なぜならば、やらなければ業績は変わりませんし、きちんとしたシミュレーションができていれば迷う必要はなく、また、必ず幾つかの「次の手」を準備していたからです。

6、波風を立てる―危機意識の醸成

業績が低迷している企業がV字回復するためには、それまでと比べて「仕組み」を変革するのですから、様々な意味で社内に波風が立ちます。また、意図的に波風を立てなければなりません。そうでないと、今までの「仕組み」の単なる延長、たくさんある「案」の一つとしか捉えられず、社内の改革意識は醸成されません。また、なぜそのような波風が立つかという「危機意識」を社員に持たせなければなりません。

しばしば経営者は、業績の悪い予測を隠します。私がいたある企業では、入社8年前にコンサルティング企業から「このままのやり方では会社は破綻する」というレポートがあがっていました。たまたま目にする事ができたのですが、「その時に、改革に着手していれば、こんな業績の落ち込みにならなかったのに」と思える適切なレポートでした。
しかし、社内でそのレポートを見た人は10人もおらず、秘匿されていました。社員の誰もが、経営者の心情を慮り、また自分たちの責任を追及されるのを恐れたのか、理由は解りませんが。。。

ちなみにこの後の経緯ですが、、レポートが提出されて10年後に私が初めて社内でオープンにしました。社外から来た人間だからこそできたことだと思います。こうした意味でも、成功する改革リーダーは、外部から来た人間が大半になってしまうということが言えます。

【専門家】正金 一将
大学卒業後、大手総合商社系事業会社でキャリアをスタート。
2003年に大手回転寿司チェーンへ転職し、
取締役に就任した1年目に22億円の経常利益増加を達成。
その後、大手外資系飲料メーカー、大手持ち帰り弁当フランチャイズ、大手寿司販売店など
飲食業界の事業再生請負人として目覚ましい改善実績を上げる。
2015年より顧問、コンサルタントとして活躍。会社設立予定。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。