飲食業界にて数々の事業再生を成功させてきた、正金氏による連載の第6回目。これまでは、業界全体に共通した課題を中心に解説してきましたが、今回からは具体的な戦略について説明していきます。

購買部門というと、商品開発部門や営業部門の要望を充足させるような下請けで、業務内容といえばサプライヤーを叩くだけの部門だと思っている経営者を、非常によく見ます。かく言う私も、購買中心に見ることになった時には、社長から「とにかく業者を叩け!」と言われ、面白味のない部門を担当させられるなぁ、と思いました。書店で並んでいる本を見ても、大半が接客や販促や店長の業務について書かれた本で、購買戦略の本を見つけることすら困難という状況を踏まえると、思い違いをしている人が多いのは仕方がないのかもしれません。
今から考えると恥かしい話ですが、私もこの部門を管轄して初めて理解しました。企業P/Lの肝は、店舗運営でなく購買部門だと・・・。

どういうことかというと、例えば、売上高100億円、営業利益5億円、仕入原価30%の企業があるとします。
営業利益を1億円増加させるためには、仕入原価を29%(3.3%下落)にすればよいのですが、売上高増のみでは、売上高を20億円(20%)増加させなければなりません。1億円のコスト削減と20億円の売上高増―労力対効果を考えれば、どちらが有効かは一目瞭然です。(下図参照)

ほとんどの企業で最も大きな費用科目は人件費でなく仕入原価ですから、ここを戦略的に工夫すれば、劇的に企業P/Lは改善されます。私は、実際に大手一部上場企業2社で実践しました。大手回転寿司企業では経常利益▼5億円のマイナス予算から22億円プラスの経常利益にしましたが、その70%以上は購買部門での改善でしたし、大手飲料メーカーでは経常利益の90%は私の管轄部署で叩き出しました。
他の業界を見てみると、トヨタ(世界最強の汎用性のあるビジネスモデルだと私は思っていますが)、ウォルマート(米本社)を始めとした磐石な経営基盤を持つ企業は、この購買部門を非常に重視しています。

戦略的な購買部門はどのように創設できるかを叙述していきますが、この稿ではまず、購買部門の実情、問題点等を述べることにします。

購買部門の使命・役割とは

購買部門の使命は、「質を上げて、仕入原価を下げる」ことです。そこから導き出される役割は、「営業・商品開発部門の要望を充足」「積極的な商材の発掘・開発」「店舗オペレーションの工程数が低減するような商材仕入れの工夫」となります。

ですが、大半の人は「質を上げて、仕入原価を下げる」ことは不可能なので、「質を下げて、仕入原価を下げる」しかない、と考えています。質を下げて、仕入原価を下げるならば誰にでもできますし、そうすると売上高に悪影響がでます。また、経営者側もそう考えているからこそ、エース級の人材が配置されることはありません。また、配置されたとしても、「質を上げて仕入原価を下げる」という使命感を持った人を見たことも聞いたこともありません。
というわけで、「質を上げて仕入原価を下げる」には、様々な知識・工夫が必要となってきます。

購買部門の現状と問題点

購買戦略の説明をする前に、現状や問題点を見ていきましょう。上述のように、「営業・商品開発部門の下請けなので、言われた事だけやればよい」と思っている購買部門員が大半ですので、まずは現状を理解することが、戦略を考える上でも重要になります。

1.サプライヤー叩きの弊害

残念なことに、「サプライヤーを叩く」ことが仕事だと思っている人が多いのが現状です。では、このような購買部門に対して、サプライヤーはどのような対策を採っているのでしょうか。

まずは、提案価格を叩かれる事を見越して、見積り価格を上積みして提案します。商談時には、相手の要望を聞いたように見せ掛けて、実際の希望売価にします。こうすると大半の購買部門の人間は、「自分が交渉してこれだけ価格を落とさせた」と満足します。実際には、サプライヤーの掌の上でコントロールされているだけとも知らずに・・・。

上手くコントロールできず無茶な価格を飲まされた場合には、サプライヤーは必ず、相手がわからない様に品質を落とします。そうでなければ、サプライヤーの利益が出ませんから。恐ろしいと感じたかもしれませんが、実数社のサプライヤーからも聞いたことのある、現実の話です。

2.出張は遊び

購買部門では出張を頻繁にしますが、遊びがメインになっている人を多く見かけます。後ほど詳述しますが、出張で工場や原産地を見るのには大きな意味があります。海外でも国内でも工場見学は10分〜30分で、残りは遊びや観光ばかりでは、出張の意味がありません。(昨今、実態が解明され批判の対象となっている地方議員の海外視察と類似します)

3.不正の温床

実は、購買部門は不正の温床になりかねない部署です。今は消滅した超大手スーパーでは、商品仕入れのみでなく立地開発部署でも金員の要求は当たり前でしたし、酷い人になると自分の銀行口座番号を渡す人もいました。

この企業が破綻した大きな理由は他にありますが、多くの人が商品、立地が良くなる事より私腹を肥やすことを優先していた事も大きな理由です。サプライヤーはそれらのお金を納入価格に上乗せしますので、この企業は安売りの先駆者だったのに拘わらず、賄賂・接待費が販売価格に転嫁され価格優位性のない企業になってしまいました。

4.ソーシング活動の欠如

マスコミなどでは、バイヤーが地方の食材を開拓する、というのを時々放映していますが、ほとんどが商社、問屋、食品メーカーに連れられて行っているだけのもの。自ら、地方の漁港、市場、スーパー等を回って飛び込みで仕入先を積極的に開拓する人は、まずいません。

5.飛込み営業の門前払い

飛び込みの電話営業に関しては99%の企業は門前払いをしていると思いますが、私は、売込みの電話はすべて私へ通させていました。以前、大手回転寿司企業に在籍していた時のことですが、中国から食材の売込みのメールがあり、興味のある食材を色々と製造していたので、中国・大連へ行きました。日本企業50社以上にメールして、一応の返事があったのが3社だったそうで、その中で中国まで行ったのは私だけでした。

行ってみたら、日本の大手食品メーカーのOEMもやっており、工場、商材とも十分なもので、従来購買していた商材より35%も安く仕入れることができました。チャンスはどこに転がっているか、わかりません。飛び込み営業であっても、無駄にすべきではないのです。

6.購買部門の怠慢

営業部門、商品開発部門からの依頼があった場合、大半の購買部門は自ら適したメーカーを探すのでなく、既取引先の商社、問屋、食品メーカーに探させます。これも、直接探しだして取引をすれば、商社、問屋のマージンをカットできるのですが、そのような発想がありません。

7.購買部門の傲慢

よく見掛けるのが、自分たちの方が立場が強いからと傲慢になる購買部員です。そのような人に対して、サプライヤーが色々な情報をくれたり、困ったことがあった時に助けてくれるでしょうか。
このような人間は、会社内でも使いものにならなくなってしまいます。

8.サプライヤーへの敬意不足

サプライヤーは様々な工夫・努力をして商品開発をします。時々見掛けるのは、サプライヤーに商品企画書やレシピを出させ、それを自分の親しい企業へ渡し、同等の商品を作らせるという、商道徳に反する行為をする購買部員です。厳密に言えば、刑法上も民法上も問題となる可能性のある行為です。信頼して、提出した企業秘密を競合他社へ横流しされたサプライヤーは、それ以後その企業を信頼して取引するでしょうか。また、そのような噂は業界にアッという間に広まり、良質なサプライヤーは警戒して取引しなくなります。

実際に、私がいた大手回転寿司企業は、コンビニ・スーパー・外食業界でNo.1の取引数量の商材をいくつも持っていました。それにも拘わらず、業界内の評判は最悪で取引してくれるサプライヤーに偏りがありました。私が商品本部長になって新規取引先を1年間で30社以上増やしましたが、よく言われたのが、「御社と取引したら大損させられるから取引しない方がよい、と業界で言われてます」ということでした。つまり、目先の小銭を追い掛けて大きな損をしているのです。

以上のように、様々な問題を抱えた購買部門をどのようにしたら「経常利益を稼ぐ」購買部門にできるか、次稿で説明したいと思います。

【専門家】正金 一将
大学卒業後、大手総合商社系事業会社でキャリアをスタート。
2003年に大手回転寿司チェーンへ転職し、
取締役に就任した1年目に22億円の経常利益増加を達成。
その後、大手外資系飲料メーカー、大手持ち帰り弁当フランチャイズ、大手寿司販売店など
飲食業界の事業再生請負人として目覚ましい改善実績を上げる。
2015年より顧問、コンサルタントとして活躍。会社設立予定。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。