飲食業界にて数々の事業再生を成功させてきた、正金氏による連載の第5回目では、チェーン展開について詳しく見ていきます。

数店舗では店舗が円滑に運営されているのに、一定数以上になった途端に店舗オペレーションや経営がおかしくなったり、店舗数を増やせなかったり、店舗数が増えても利益が出ないケースが、飲食チェーンでは多く見られます。
これはひとえに、チェーン展開の鉄則のどこかが崩れているからにほかなりません。
チェーン展開の鉄則とは、「購買、パート・アルバイト採用を含めた人事制度の本部一元化」、「ドミナント化」、そして「数値化と基準値の設定」の3つです。店舗オペレーションに関して言えば、標準化、平準化、簡素化そして差別化となります。

鉄則を守らなかった場合、以下のような事態が起こることが想定されます。
第一に、各々の店舗(または事業所)の恣意に委ねると、業績の悪い店舗が増える。
第二に、ある時点で最良の手法は一つなのに、それを実行しない店舗が多数存在することになる。
第三に、どの店舗のどこが良く、どこが悪いかが判断できなくなる。

チェーン展開は上手くやれば、事業や利益を拡大できる大きなチャンスです。このような状況に陥ることのないよう、注意すべきポイントをお伝えいたします。

1.チェーン展開のよくある誤解

「うちの会社はチェーンとは違うから」「うちは職人を使っているから」「うちは独自のやり方で順調にいっているから」「うちはこの位の売上高、規模で満足だから」チェーン店のようにやる必要はない。

このような発想でいるかぎり、ある時期までは順調にいっていたとしても、内部ではどんどん歪みが蓄積されていきますし、競合店の出現により業績の停滞を必ず招くことになります。言葉の遊びではないですが、複数店舗になったら「チェーン店」です。この認識をしっかりと持ち、共有することが大事です。

2.店舗に購買を一任してしまう

特に高価格帯の企業で、購買を店舗の恣意に委ねているケースをよく見かけます。また、チェーンとして店舗数が少ない場合は、インフォマート等のWeb上での店舗毎の発注に委ねてしまっています。こうした購買を行うと何が起きるかというと、大半で、発注過多、在庫過多、廃棄率高止まりが発生します。すなわち、経常利益率が低いままになってしまうのです。購買戦略については別稿で詳述しますが、利益を増やすために購買の集中化は必須です。

3.人事制度の一本化ができない

フードサービス事業を行う大半の企業で、パート・アルバイトの採用は店舗任せです。その結果、経費のうち募集費用がかなりの額を占めています。また、マネジャー・SV・店長は、募集活動や教育に時間を割かれ、本来の業務に支障をきたすようになっています。さらに言えば、募集すれば必ず応募が来るわけではありません。このように、人材の募集・採用には費用や時間など多大なコストがかかりますが、実際には、数値ではなく感覚で「この媒体が効果的」と判断しているケースが多く、非常に残念な結果を生んでいます。

では、効果的な採用をするにはどうしたらいいのでしょうか。募集を一元化することで、どの募集媒体・手法が反応率がよいか、費用対効果はどうかが「見える化」されます。これにより、エリアによって集まりやすい、集まりづらいといったエリア特性や、店舗側の人のマネジメントに問題があることも明確化させることができます。

さらに、本社で一括管理することで、募集費用に関してもスケールメリットが期待されます。私が知っている企業の中には、売上高が10億円超なのに募集費だけで年間2千万円超使っている企業もあるなど、店舗任せ、エリア任せにしていると、年間通じての募集費がとんでもない額になってしまうこともあります。

4.強力なドミナント戦略を実行する

ドミナント戦略とは一定のエリアで集中出店することを指しますが、経営戦略上、非常に有効な戦略です。
主な利点は4つあります。まず第一に、そのエリアの住民の中では、「外食するなら◯◯へ」「宅配とるなら◯◯へ」と、選択の際に真っ先に消費者の頭に浮かぶようになります。第二に、店舗マネジメントのための移動時間が短時間で済み、緊急時に他店からの応援が期待できます。第三に、こと。そして第四に、ことです。

この例で言えば、私が在籍していた弁当チェーンは関西で強固なドミナントを築いていたので、全国的には名の知れた競合チェーンであっても関西での出店だけは遅々として進みませんでした。

また、回転寿司チェーンにいた当時のこと。在籍企業より評判の良い競合店が埼玉県に出店してきました。出店前に、その競合店の北と西には在籍企業の店舗がありましたが、南と東にも新規に出店した結果、その競合店は採算が採れず、わずか2年で撤退しました。

なお、この戦略が有効なのは、フードビジネスに限ったことではありません。数年前、非常に勢いのあるスーパーが他県へ進出しようとしましたが、すでに強固なドミナントを築いたスーパーがあったために、進出できなかったケースもあります。

5.標準化と平準化

フードサービス業に限らず、多事業所展開している企業にとって標準化・平準化は必須といえます。
標準化とは、各作業の「基本」を揃えるということです。標準化されていなければ、各店舗・事業所の業務が適切に行われているか否かの判断ができなくなります。本稿の第一項、「チェーン展開のよくある誤解」で述べた企業でよく見られるのが「店長に任せているから」「料理長に任せているから」と、店舗の中身が全く見えていない状態です。このような企業では、得てして利益率が低くなりがちです。

「標準化」ができたら、次は、各店長等の個性を出していきます。そして、現場から良いアイディアが出てきたら、それを水平展開してまた「標準化」していくのです。この時点では、どうしても店舗毎にバラツキが出てきてしまいますので、大きな偏りがなくなるよう平準化していくのが、SVやエリアマネジャーの仕事になります。

6.簡素化することでクオリティが維持できる

可能な限り、店舗の業務を簡素化していかなければなりません。業務が複雑であればある程、標準化がしにくくなり、「味」を始め業務にもバラツキがでやすくなるからです。また、そうでなければ店舗オペレーションできる人が限定され、多店舗展開のスピードも落ちるからです。理想的なのは、素人でも1週間も研修を受ければ習得できる業務であることです。特殊な技術が必要であっても、企業として極力「簡素化」する努力は続けなければなりません。

これも、本稿の第一項で述べた企業に多いのですが、「店舗で手間を掛けることで差別化できる」からといって、簡素化の努力を放棄していることが問題です。これこそが、高価格帯の企業ほど利益率が低くなっている要因の一つです。簡素化するための方法としては、冷凍化・機材など、日進月歩で進歩する技術を上手に取り入れることを考えてみましょう。店舗での「手間」を極力省くことで労働時間を削減でき、また店舗毎の味等のバラツキをなくすといった大きな効果が生まれます。 

7.数値を意識させる

今まで述べてきたことを実施するためには、前提として、店舗毎の経営指標の数値化及び正しい店舗P/Lが必須となります。
特に店舗毎のP/Lの重要度が高く、店長自身が責任を負い、業績評価に直結させなければなりません。こうすることで、店舗運営に対する責任感も増しますし、経営的センスも身に付けることができるのです。

なお、P/L以外で必要な指標は、人時売上高、1時間毎売上高、廃棄率、在庫日数、修繕費等々です。

8.適正基準値の設定

上述した指標を数値化するだけでは十分ではありません。「数値の裏側」を読めなければ大きな経営誤断をします。

以前在籍した回転寿司での経験ですが、回転寿司なのに商品がレーンを流れていない、という状況になってしまったことがありました。原因は、当時の経営陣が廃棄率は0%に近ければ近いほどよい、号令をかけていたことにあります。商品をレーンに流していたら、衛生面、味、商品の乾燥・褐変等から30〜60分で、商品を廃棄しなければならないのですが、廃棄率0%を目指した結果、商品をレーンに流さなくなってしまったのです。

その結果、売上高は急落し、経常利益率15%から僅か3年で赤字レベルまで落ちてしまいました。ちなみに、同社で、消費者も満足する適正な廃棄率は1.7〜2.0%でした。小さい利益を得ようとして大きな損失をした典型例として、ぜひ覚えておいてください。

さらに、似たような話が労働時間等でもあります。店舗では、適正な人数を配置した時に売上高が上がりますが、できるだけ労働時間は少ない方がよい、とすると逆に店舗オペレーションが乱れて売上高を落としまいます。コストは少なければ少ない程よい、と勘違いしがちですが、必要コストがありますから、それを下回っている場合は、「何かムリがあるのではないか」とチェックすることが重要です。

9.現場主義以上のことを防ぐためには

机上の数値だけで判断するのではなく、経営陣が自ら頻繁に現場(店舗)をチェックすることです。
信頼できる人や現場担当からの意見のみで判断する経営者の方が多いと思います。しかし、経営陣が自ら現場をチェックしない場合は、フードサービス業に限らず、不思議と現場と乖離してしまい判断を誤るケースをしばしば見ます。

これは、自ら「目で見て、肌で感じる」ことと他人の目を通して聞いたことでは受け取り方にズレが出てしまう人間の本質に由来することであり、またどんなに信頼できる人からの意見でも、他人のフィルターを通して物事を見る事には変わりがないので、ズレが出てしまうからではないでしょうか。

【専門家】正金 一将
大学卒業後、大手総合商社系事業会社でキャリアをスタート。
2003年に大手回転寿司チェーンへ転職し、
取締役に就任した1年目に22億円の経常利益増加を達成。
その後、大手外資系飲料メーカー、大手持ち帰り弁当フランチャイズ、大手寿司販売店など
飲食業界の事業再生請負人として目覚ましい改善実績を上げる。
2015年より顧問、コンサルタントとして活躍。会社設立予定。
ノマドジャーナル編集部
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