飲食業界にて数々の事業再生を成功させてきた、正金氏による連載の第3回目は、飲食業界について取り上げます。深夜のワンオペ(従業員を1人しか置かず、すべての労働をこなすこと)や長時間労働といった事象の中にある、本当の問題点は何なのか?5つの問題点について、自社や自身のお店はどういう状況なのか、考えながらご覧いただければと思います。

外食・中食企業は市場規模約30兆円と言われ、数多の産業の中でも市場規模の大きさはトップクラスです。しかし多くの企業は、長らく成長が停滞しているか、または売上高・利益を落としています。外食・中食企業は、経済環境・消費者の嗜好の変化に大きく左右される面があるのは否めませんが、果たしてそれだけが理由でしょうか。
多くの企業で、「当たり前」と思って手を付けていない内部要因にこそ業績不振の真因があります。それこそが、長時間労働、人財不足、過去の成功体験の呪縛なのです。

1.長時間労働

外食・中食業界では世の中でこれだけブラック企業が問題になっているのに、いまだに、多くの経営者・社員が、長時間労働を当たり前だと思っています。
理由は5つあります。第一に、大半の企業で、昼ピーク時間帯(11:30〜13:30)と夜ピーク時間帯(18:00〜20:00)があり、その間は店長等は常駐していなければならない、と思い込んでいることです。その結果、前後の仕込み、レジ閉め等の時間帯をいれれば12〜15時間労働となってしまいます。即ち、過労死認定ラインの月間残業時間80時間を超えてしまうのです。

第二に、「自分は、創業期にこれ位働いたのだから、皆も同じ位働け」と従業員に言っている経営者が非常に多いことです。ある経営者に、「社長はハイリスクハイリターンでやってきましたけど、従業員にとってはハイリスクローリターンではないですか?」と問い掛けたら、しばらく考えて、「それもそうだな」と言いました。つまり長時間労働が問題であるということは認識しているのです。しかし私の経験上では、このように考えを改める経営者は少なかったです。また管理職でも、「自分たちは、休みもなく働いたのだから、皆も同じように働け」という者が非常に多いです。

第三に、経営者によっては、「自分の金を従業員へ給与としてあげている」と考える人が多いことです。このような人は、従業員の休日にも自分の金を支払っているという発想になり、従業員が有給休暇を取ったり、1日の労働時間が8時間に限定されるのが、我慢できなくなります。

第四に、熱心な店長ほど、あまり休みを取らずに店舗に出勤し、それを「基準・当たり前」とする風潮があります。働くほど評価され、昇給・昇進することができるため、さらに休みを取らなくなる・・・という負の連鎖が始まるわけです。

第五に、従業員の「人生」を真剣に考えていないいないということが挙げられます。経営者は、従業員の「人生」も背負っているという意識を持った人は少なく、「家」と「店舗」の往復だけの人生を与えてしまっているのが現状です。

2.人財不足

外食・中食は立ち仕事(重労働)が大半で、給与も決して高いわけではありません。その結果、優秀な人材が集まりづらい産業となっています。また、入社後は長時間労働のため、家と店舗の往復が大半を占めた生活を長年続けがちです。さらには、店舗が365日、場合によっては24時間ずっと営業しているため、3日以上連続して休みが取りづらい環境です(本来はシフト調整等の工夫で補えるのですが)。その結果、非常に視野の狭い大局観を持たない社員ばかりになってしまいます。

このような企業の中で評価されるのは、長時間労働に耐え、休日も返上して働き、上意下達の「命令」を従順にこなす人です。また、パート・アルバイトでも労働時間を誤魔化して削る人を公然と評価する企業も、しばしば見られます。そして、このような人々が評価されて職位上位者、経営陣になっていき、その過程で戦略立案能力のある社員は排除されるか自ら会社を去ってしまうのです。

3.過去の成功体験の呪縛

見聞を広めてこなかった経営陣は、自らの経験だけが知見のすべてですから、外部環境の変化や自社のビジネスモデルの陳腐化等の問題の真因を解析せず、「今まで、このやり方で成長してきたのだから、業績が悪いのは従業員が頑張っていないからだ。」と、なりがちです。そうして、従業員にさらなる負担をかけますが、これでは単に従業員が疲弊するだけで、業績が回復することはありません。問題なのは経営戦略なのです。

4.致命的な人材配置の誤り

ただでさえ人材が薄い中で、多くのフードサービス業が人材配置で大きな誤りを犯しています。それが「購買部門の軽視」です。企業のP/Lをみると、ほとんどの企業の勘定科目で大きな数値を占めるのは、仕入原価費ということがわかります。つまり、優秀な人材こそ購買部門に配置すべきということです。しかし、フードサービス業では、手薄な人材の中でも優秀な人材を店舗営業部門に配置し、店舗で使えない社員を購買部門に配置するケースが非常に多いです。その結果、私から見れば99.9%の企業の購買部門は非常に脆弱になってしまっています。(購買戦略に関しては、別稿で詳述します)

その結果、本来、P/Lを改善しようとすれば、「購買部門」から手をつけるべきなのに、それができていません。そうなると企業としては、P/Lで2番目に費用比率の高い人件費に手をつけるしかなくなり、従業員のサービス残業、ブラック企業化へと繋がっていくのです。

5.問題の真因:行き当たりばったりの戦略が企業も人も疲弊させる

これらの問題の「根っこ」の部分は、「ゴール」から考えた戦略、組織作り、人財教育が出来ていないことにあります。大半の企業では、1店舗の業績が良かったから複数店舗、そして数十店、数百店と発展してきています。すなわち、積み上げ方式で、「これが足りない、あれが必要だ」と、ツギハギだらけの戦術で企業を拡大させてしまっているのです。

ここで間違えてしまうのが、少数店舗で通じた手法を、店舗数が増加しても当てはめるてしまうことです。様々な問題を引き起こし、必ず大きな壁に必ずぶつかるのですが、「店舗が増えているから自分たちのやり方は間違えていない」と勘違いして、「従業員の責任だ」となり、問題の真因の解決手法をとらないことがほとんどです。
100店舗、500店舗、1000店舗といった成長を目指すのならば10店舗くらいになったときに、、どのような戦略、組織、人財教育等が必要なのかというゴールから発想した戦略立案が必要となります。

なお、店舗数が増えてから変革しようとしても、「間違った文化」が会社内に根付いてしまい、非常に困難な作業が伴います。そのため、可能な限り早い段階から店舗増を想定した戦略を策定することが、円滑な経営に繋がります。

長時間労働を解消できるのか?

長時間労働をなくしたほうが業績が上がりますし、従業員も活き活きとして接客等にも良い影響がでるのは、当然のことです。理屈ではわかっていても、実際にやってみるとなると効果が出ていないことは試せない、という方も多いでしょう。そこで最後に、私の経験からお話させていただきます。

私がある企業の中京地区の店舗を統括していた時のことです。その当時、関東・関西地区では、12~15時間労働/日、1~4日休日/月でしたが、私の担当地区では、店長であろうと原則8時間労働/日、9日休日/月と決めました。大幅な労働時間の削減です。ただ、そうは言っても、急なパート・アルバイトの欠員や顧客対応で労働時間が超過することがありますので、その場合は私に電話して許可を取らねばならない、としました。

さらに、閑散期に4連休を取れるようにしました。同業界であれば「そんなことは無理」と思われるでしょうし、他の業界からみると「4連休すら取れなかったんだ」と驚かれるかもしれませんが、その会社では、後にも先にも私だけがとった施策です(会社には内緒でしたが)。
その結果どうなったかというと、就任1年後には関東・関西地区と比して、売上高で25%、営業利益で15%も上回ることができたのです。

使える「お金」は制限があり、制限内で様々な工夫をします。なぜ、「労働時間」にも制限があると考えられないのでしょうか。「社員間の補完」、「パート・アルバイトの教育」、「業務の標準化・平準化・簡素化」ができれば、可能なことです。
また労働時間を制限することによって、「工夫」が生まれ、「ムダ」を省くことができます。
こうすることによって、従業員は「仕事」にやりがいを持て、自分で「工夫」する癖がつきますから、職位があがっていっても職位に見合った仕事ができるようになります。

最後に、私が担当地区を離れるときに部下が言った言葉をご紹介します。
「今までは、体がヘトヘトになっていたけど、正金さんの下では頭が疲れました。」
飲食業は肉体労働だと言われますが、本来は、頭も使わなければならない仕事なのです。

【専門家】正金 一将
大学卒業後、大手総合商社系事業会社でキャリアをスタート。
2003年に大手回転寿司チェーンへ転職し、
取締役に就任した1年目に22億円の経常利益増加を達成。
その後、大手外資系飲料メーカー、大手持ち帰り弁当フランチャイズ、大手寿司販売店など
飲食業界の事業再生請負人として目覚ましい改善実績を上げる。
2015年より顧問、コンサルタントとして活躍。会社設立予定。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。