飲食業界にて数々の事業再生を成功させてきた、正金氏による連載の第11回目は、人材戦略の第2弾です。前回は、中途入社者や外部人材の採用に関して解説いたしましたが、今回は、現在、社内にいるスタッフも含めた人材の育成や評価について、詳しい運用方法なども交えながらお伝えしていきます。

せっかく人材を採用できても、育成や評価を間違えれば、元の木阿弥。人材を定着させるにはどうしたらいいのか、見ていきましょう。

前編はこちら→【事業再生マネジメント】第10回:フードサービス業における人事戦略(前編)

5.キャリアパス

キャリアパスが見えない、整備されていないことが、フードサービス業で離職率が高い要因の一つです。現場で働いている人は、店舗と自宅の往復で生涯を過ごすのではないか、との不安にかられます。すなわち、その会社でのビジネス人生の将来設計図が描けないということです。それで満足する人もいますが、それ以外の希望(たとえば、経営企画、経営戦略、商品開発、購買等々)を持っている人も多数います。実は、そのような人の中に店舗運営以外の方が能力を発揮できる人がいるのです。

そこで会社側としては、適性と本人の努力があればその部門にいけるような明確なキャリアパスを示す必要があります。さらに、希望を実現させるためには、どのような知識、能力が必要か、またはテスト等があるのかなど明確な基準を人事部門が持ち、かつ、キャリアパスルートを全社員に示さなければなりません。そうすることで、社員は目的部門に行って何をやるか、そのためには何をやらなければならないか、を明確に意識して業務に励むことができます。

キャリアパスが明示されていない状態は、やる気があり能力の素養のある社員にとっては、暗闇の中を小舟で漕いでいるようなものです。その結果、会社の発展に有用な人ほど会社を辞めていってしまうのです。

ですが、いくら本人の希望があっても、1~3年は店舗勤務を経なければなりません。基本は店舗にあるのですから。最初から特別扱いして、いきなり本部へ配属させてはいけないのです。現場を知らなければ「絵に描いたもち」の戦略しか描けません。また、本人が妙なエリート意識を持ってしまい、会社にとっても本人にとっても良い事は一つもありません。

私は、40歳過ぎで、生まれて初めて「店舗」で働くということを経験しました。しかも、その店舗は、年商5億円で最も忙しい店舗の一つでした。そこで5ヶ月間を過ごしましたが、最初は「何で私が現場でこんなに働かなければならないのだ」と思っていました。
しかし、そのおかげで、妙なエリート意識や格好つけていた部分が削ぎ落とされ、それ以後のビジネス人生にとって非常に良い経験、財産となりました。あの現場経験がなければ、それ以後のビジネス人生で、数社で劇的な実績を上げることはできなかった、と断言できます。

6.評価基準

評価制度によって、従業員のモチベーションだけでなく、行動も大きく左右されます。
この評価制度によっては、従業員は「頑張っても頑張らなくても同じだ」「自分より業績の悪い人が何故評価が高いのだ」等々の不満が噴出したり内含されたりして、活気のない会社になってしまいます。

また、あまりにも浅はかなものだと、信じられないかもしれませんが、社員は業績悪化に向けて活気づくというとんでもない現象が起きます。私が以前、在籍した大手飲料企業では、単に「自販機の設置台数を増やせ」と、KPIに設定しました。その結果、自販機の設置台数は増加しましたが、40%以上が赤字の自販機というとんでもないことになりました。当時の社員達に聞くと、「赤字になるのは判っていましたけど、台数だけで評価されるので、ガンガン設置して表彰されました。」と言っていました。
他には、販売数量だけがKPIだった時代には、ある有名大学と10年間で5,000万円以上の赤字を垂れ流す契約をしてもA評価をされたということもありました。
これらは極端な事例ですが、売上高至上主義の営業部門、営業専門企業では、しばしば起こってしまうことです。

もう一つ例を挙げると、かつて在籍していた回転寿司企業では、商品廃棄率が限りなく0に近ければよい、人時売上高が高ければ高いほど良い、としていました。そのような外食・中食企業は多いと思いますが、これは大きな間違いです。こうした目標を設定すると、従業員が疲弊するブラック企業となり、お客様も去っていき、売上高減少の大きな要因となります。

他には、フードサービス業に限ったことではありませんが、企業予算に絡んで評価基準設定でよくみる手法があります。
どういうことかというと、ムリな予算を各部門に割振るのです(それで、極限まで頑張らせるということのようですが)。手の届かない予算を割振った結果、多くの社員が考える事は、「どうせ目標達成は無理だから、今年は適当に仕事をすればいいや」ということです。または、届かない目標に向かって無理やり働かされて疲弊し、結果もついてこない、となりがちです。従業員が「やりがい」を持って積極的に働くための予算設定は、感覚的で抽象的な話ですが、組織が持っている力の110%にすることです。
一方、人間がどのように行動するかを考え抜いた評価基準にすると、業績向上に社員一丸となって邁進する「燃える集団」になります。

7.フードサービス業における評価基準の鉄則

フードサービス業の業態によって様々に設定されているKPIは、絶対に守らなければならない指標ですが、多くの企業で見落としている点があります。それは、店舗の売上高に応じて評価の基準値を変える、ということです。

たとえば、平均月商1,000万円の店舗ならば、廃棄率は1.5-2.0%、人時売上高4,800-5,000円。一方で、平均月商700万円の店舗ならば、廃棄率は2.0-2.5%、人時売上高4,600-4,800円となります。しかし、月商1千万円と700万円では店舗の大変さが変わってくるので、月商1千万円の店舗は1.1倍の評価をするなどの基準値を変える必要があるのです。

このように変化をもたせることの目的は、公平性、透明性そして店長等のモチベーションを向上させることです。店舗売上高が全然違うのに、同じ評価基準にしてしまうと必ず、ムリ・ムダ・ムラが店舗オペレーションに現れて、店舗が崩壊する大きな要因となります。

8.評価制度の運用

公平で信賞必罰が明確な素晴らしい評価制度を作っても、運用でいくらでも変更可能にしてしまうと、すべてが水の泡になってしまいます。
これまでに在籍していた様々な企業でも、恣意的かつ好き嫌いで、評価者が従業員の評価を変更・決定しまうのをしばしば見てきました。

たとえば、私が部下にA評価をつけたのに(業績は全国のマネジャーでN0.1)、私より職位が上位の常務取締役が、私の知らないうちにC評価にしてしまっていたことがありました(随分あとで知ったことですが、このオーナーの息子である常務は「人件費を削って利益を増やした」と自慢していたそうです)。
また、私が今期の業績からC評価をつけたのに、上長が「あいつは昔頑張っていたのだからB評価にしなよ」と言ってきたこともあります。。さらに、ある企業では社長が「あいつは腹が立つからE評価にしろ」(B評価だったのに)と指示しているのも見ました。

こんな実態を知って、従業員のモチベーションが上がると思いますか?
また、それを見ていた他の従業員はどう思うでしょうか?
こうならないようにするには、人事部門を初め当該部門以外の第三者にも評価を「見える化」することが必要です。ただし、社長や常務が率先して、恣意的にやるようでは意味がありません。トップがそのような姿勢でいると組織全体に伝播してしまい、自ら会社をダメにしてしまうからです。トップはこのことを肝に命じなければなりません。

9.評価の透明性、数値化

このような様々な人の恣意によって評価が左右されることを防ぐために、評価制度を事前に公表し、どのような趣旨の評価基準かを従業員に説明し、納得度を高めることが必要です。
加えて、恣意的な判断が入る余地のないように、定性的な業務に関しても可能な限り数値化することも重要です。

実は私自身、評価制度の策定で失敗してしまったことがあります。あまり仕事をしていない部下の評価が高くなってしまったのです。当人が何の指示もせず、その部下が勝手に仕事をしたためにその部門の業績がよかったのに、私の策定した人事評価ではA評価になってしまったのです。数人から異議を唱えられましたが、「年初に評価制度は公表して、それに則って皆が活動し、その結果だから評価は変えない。次年度は、それらも考慮した評価制度にするから。」と明言し、皆も「それもそうですね。仕方ないですね」と納得してくれたことがありました。このケースは、業績を含む様々な「結果」に対しての「評価」に拘りすぎたために起きてしまいました。

私の事例は、短期的には間違った評価を生んでしまいましたが、年初に評価制度を公表し、その制度結果を貫きつつ、次年度の評価制度を修正することで、皆の公平感を増すことができました。このようにすると、人事考課への信頼感、納得度が得られます。

10.PA(パート・アルバイト)

最近は人手不足、ブラックバイトが騒がれて、やっとPAに対する企業のスタンスも変わってきましたが、まだまだPAを「駒」扱いする企業が多いように見えます。

前編の冒頭でも触れましたが、フードサービス業ではPAは大切な戦力で、従業員の大多数を占めます。
これらの人々を単なる「駒」として扱ったら勿体ないと思いませんか?
また、大半のPAは店舗の商圏内に住んでおり、店舗の「お客様」であり「宣伝部員」でもあります。すなわち、店舗の「良い評判」も「悪い評判」もPAを通じて拡散するのです。
だからといって、PAのご機嫌を取れ、と言っているわけではありません。
やはり、PAに対しても信賞必罰、店舗教育、店舗の衛生管理の徹底等社員に対すると同じように接することこそが大事なのです。

また、PAが働くのは単にお金を得るためだけである、と考えるのは大きな間違いです。
確かに、それが一番の目的という場合が多いですが、PAも人間です。人間には「承認欲求」があります。それは昨今のSNSの隆盛をみれば明らかです。また、様々なPAに対するアンケート結果を見ても、多くのPAは仕事に対して「やりがい」を求めています。
つまり、社員の「やりがい」を後押しするのと同じようなPAの評価制度を構築する必要があるということです。
ちなみに、私が在籍したある企業では、PAを適正に評価する制度を構築した結果、社員から出てこなかった画期的なアイディアも出てきたりしました。

昨今、フードサービス業はPAが集まり難い状況になっていますが、その中で有効な方法がPAからの紹介です。しかし、会社の姿勢、職場の雰囲気が悪い場合に、自分が働いていても、友人・知合いに紹介しようと思うでしょうか?ここでも、企業のPAに対する姿勢が問われているのです。

【専門家】正金 一将
大学卒業後、大手総合商社系事業会社でキャリアをスタート。
2003年に大手回転寿司チェーンへ転職し、
取締役に就任した1年目に22億円の経常利益増加を達成。
その後、大手外資系飲料メーカー、大手持ち帰り弁当フランチャイズ、大手寿司販売店など
飲食業界の事業再生請負人として目覚ましい改善実績を上げる。
2015年より顧問、コンサルタントとして活躍。会社設立予定。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。