起業資金の調達手法として、クラウドファンディングは現実的な選択肢になりつつあります。一方、クラウドファンディングによる資金調達は「返済不要の資金」という言葉が独り歩きしている面もあります。
経営者としての信用をなくしてしまう前に、ビジネスの本質を見つめ直し、クラウドファンディングの特性も理解しておくことをおすすめします。

ビジネスは他者のニーズを満たすために行うもの

日本政策金融公庫が実施した「2016年度新規開業実態調査」によると、起業の動機として最も多かったのは「自由に仕事をしたかった」です。決められた時間で働く、割り振られた仕事を行うサラリーマンではなく、自分の裁量で自由に仕事をするために起業を志す人は一定数いるということでしょう。

起業という行為自体、能動的な面が強いですので、自分のため、自己実現のために起業することは自然なことではあります。しかし、想いや夢をビジネスという形で実現していくためには、それを他者にとってもメリットのある形にまで昇華していく必要があります。

そもそもビジネスとは、誰かのニーズを満たし、その対価として代金なり報酬なりをもらうことで成立します。起業の動機は自分のためであったとしても、それをビジネスとして継続していくためには、誰か(顧客・市場)のために行うという視点を持つ必要があるのです。

そのビジネスは市場から求められているのか

クラウドファンディングで資金を提供してくれるのは、酔狂な慈善家ではなく、その多くは普通の感覚を持った一般の方々です。ビジネスを展開していくにあたっての見込み顧客と言ってもいいです。独りよがりで他者が共感も期待も抱けないようなプロジェクトに資金が集まる可能性は極めて低いでしょう。

クラウドファンディングでの起業資金調達成功事例を見ても、それは起業者自身の夢であると同時に他者のニーズを満たすものであることが多いです。
一例として、自転車工房の起業資金をクラウドファンディングで募って300万円以上の調達に成功した案件を紹介します。この工房の代表者のインタビュー記事が日本政策金融公庫調査月報(2015年11月号)に掲載されていますが、自分の夢や想いだけではなく、それを他者にどうつなげていくかを真剣に考えていることが分かります。

まず、一般の方々がどのような自転車を求めているのか、どの程度の価格帯で受け容れられるかと起業前に綿密な市場調査を行っています。そして、市場調査の結果を踏まえて、単に自転車工房を構えるというだけではなく、自転車にデザイン性を求める人のニーズに応え、中価格帯でパーツの色を自分で選べるセミオーダー式というビジネスモデルにまで仕上げているのです。
クラウドファンディングのプロジェクトページには、資金提供者からのパーツの色が選べる自転車工房の登場を好意的に受け止めるコメントが目立ちます。他者のニーズに応える起業であったからこそ300万円以上の資金が集まったと言えるのではないでしょうか。

「返済不要」は責任の放棄を認めているわけではない

また、クラウドファンディングで起業資金を調達する際には、金融機関から借り入れる時以上に起業者としての責任を求められることを意識しておく必要があります。クラウドファンディングは起業者と資金提供者の信頼関係のもとに成り立っていることを忘れてはいけません。

クラウドファンディングによる起業をすすめる書籍、ウェブサイトには「返済不要の資金」という謳い文句を使うところがあります。たしかに、融資型を除くと、クラウドファンディングには金融機関からの借り入れのような返済という概念はありません。月々の返済資金の捻出に頭を悩ませることなく、資金繰りが楽になるという一面もあります。
しかし、返済が不要だからといって調達した資金をフリーハンドで使えるというわけではありません。金融機関からの借り入れは返済という形で責任を果たしていきますが、クラウドファンディングの場合は事業成果という形で責任を果たしていくことが求められるのです。

責任の問われ方が最も分かりやすいのは株式投資型クラウドファンディングです。株式投資型は、出資という形で資金を募りますので、資金提供者は会社の株主になります。出資金自体は返済不要の資金です。
しかし、資金提供者は、事業の方向性や経営者の資質に疑問を抱いた際は、株主として意見を言うことができます。同じ意見を持つ株主が多数であれば、株主総会で取締役解任決議が可決されることもあります。株式投資型クラウドファンディングで資金を調達して起業したとしても、事業で成果を上げることができていない、経営者としての資質に欠けると判断された場合は、社長の椅子から降りなければいけません。

経営者としての責任を意識して

購入型や寄付型のクラウドファンディングの場合も、資金提供者は何らかの成果を期待して資金を提供しているのです。購入型であれば商品やサービスが手元に届くこと、寄付型であれば寄付金が目的どおりに正しく使われることを期待しています。

必要資金の見込みが甘くて商品やサービスを開発できなかった、寄付金が目的外のところに流用されていたということになると、経営者としての信用が地に落ち、再起を図ることも難しくなります。
クラウドファンディングでは、経営者だけではなく、資金提供者もリスクを負っています。そして、資金提供者は見込み顧客でもあり得るのです。資金提供者との信頼関係を崩すことは、顧客・市場からの信頼関係を崩すことと同じなのです。

クラウドファンディングで起業資金を調達する際は、「返済不要の資金」という謳い文句に踊らされることなく、経営者としての責任を持った行動をとるとともに失敗時のリスクも十分に認識しておくことが重要です。

記事制作/ミハルリサーチ 水野春市

ノマドジャーナル編集部
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