前回、経験がない業界に飛びこんだときに「そこで自分が何ができるのか」を突き詰めると語った伊藤氏。今回はそこで産まれる「差異化」というキーワードについて、話を伺いました。

8期ずっと赤字続きの負け犬軍団を
“差異化する”ことで、常勝軍団に変貌させた。

Q: 前回のお話の中で、そのチームの中で自分が何ができるのか、何が違うのかを意識するという話がありました。それを”差異化”とおっしゃっていますね。

伊藤嘉明氏(以下、伊藤):

日本コカ・コーラからデルに転職したのですが、デルでは公共営業本部を担当することになったのです。それまで営業経験なんてないのに、なぜかそこに抜てきされた。どうも最初は違う部署を考えられていたそうなのですが、面接を繰り返すうちに、営業本部長がいいだろうと思われたようなのです。自分自身、面喰らう部分もありましたが、数十人の部下を持つことはすばらしい経験になるだろうとお請けしました。

 

実際、入ってみると、公共営業本部はずっと赤字の部署だったのです。八期、つまり二年間ずっと赤字で、その二年間で五人も本部長が替わっている。社内で公共営業本部に異動と言われたらお終いという雰囲気だったそうです。業界では有名な話で、だれもそこの本部長なんてやりたがらない。私はそれを知らなかったんですね。デルからすると、コカ・コーラでの実績で私は戦略がわかっていて、環境という未経験の仕事をやりとげている、ならば経験がない営業でも戦略的な思考でやってのけるだろう、という考えだったそうです。実際、大変な仕事で、もう一度やれと言われたら絶対に断ります。

Q:ちょうどデルが日本でもシェアを広げていった時代ですよね。

伊藤:

当時のデルは低価格戦略でコンシューマでは破竹の勢いでしたが、公共分野では苦戦していた。そこで、コカ・コーラ時代に気が付いていた「野球チームの考え方」で、一人一人のメンバーから話を聞いて、誰が何のポジションなのかを考え、仕事を進めていきました。

 

当時、大きな転機になったのは、防衛省で起こったファイル交換ソフトでの情報漏洩事件でした。事件を契機に必ずパソコンの入れ換えが起こる。そこに食い込もうと考えたのですが、メンバーは無理だという顔をしています。NECなどの競合は、何百人もの営業部隊で防衛省に食い込んでいる。当時のデルは数名しか担当がいないし実績もない。でもそこで、他社との違いを考えた。安いだけでは無理だろう。まして、情報漏洩事件の後ですから、安全性が求められる。そこで、アメリカに問いあわせたんです、「米軍への納入実績はあるか?」と。答はイエス、60%はデルのパソコンだという。これは大きな”差違点”ですよね。これがきっかけで、防衛省に納入実績ができました。

Q:それがきっかけとなって、他の公共分野でも取引が増えていったのでしょうか。

伊藤:

それまで公共系と一括りだったものをできるだけ細分化して取り組んでいきました。病院や地方自治体、学校などで求められることは違うはずです。ならば担当者も分割して、それぞれ専門に当たらせた。そうしていくと、それまで二年間赤字だった部門が、黒字になる。私がいた七期の間、すべて目標を達成しています。

 

デルという会社では、二期、三期と連続で目標達成する部署は滅多にないのです。一度達成すると次の目標が高くなってしまうので。しかし、私がいた公共営業本部は七期連続達成で、以前は負け犬軍団であり異動がきまると左遷扱いだったのに、常勝軍団と言われるまでになりました。そのポイントは、徹底した”差異化”だったのです。

今や知識は検索すれば得ることができる。
ならば、「どう活かすか」を考えることが重要になる。

Q:ビジネスの上で、自分自身が周囲と何が違うのかを考える。そこを武器にするのが”差異化”ですよね。伊藤さんの場合、前回の話でもありましたが、「何の専門家かわからない」と言われることも多いと思います。

伊藤:

私の武器は何かというと、「差異化すること」の大切さをわかっていること。それから、何を知っているかではなく、知っている情報をどう活かすかを重視することだと思います。前回、その道何十年のスペシャリストには、知識や経験値では適わないという話をしたと思います。一方、いまやネットで検索すれば相当の知識を手に入れることができる。

 

実際に、大手の製薬企業が何千億円という費用をかけて新薬の研究開発しているなかで、高校生がネット検索を駆使して画期的な新薬を開発する事例もあったくらいです。情報は誰でも手に入れることができる時代なのです。だから、ただ情報を持っていることでは差異化にならなくなってくる。だから「どう活かすか」を考える、そこで差異化するのです。転職でも「こんな経験をしてきて、こんなことを知っています」だけでは武器にならない。だから何ができる、が求められる。

Q:伊藤さんの転職実績でもそれがわかりますね。まったくの異業種への転職でいきなり管理職、経営者に抜てきされるのは、「業界の知識はなくても、できる」という能力、実績を評価されているからだと思います。

伊藤:

ソニーピクチャーズエンタテインメントでの経験ですが、ちょうどマイケル・ジャクソンが亡くなって、「THIS IS IT」の発売が控えていた。経験豊富な担当者が、DVDの発売枚数の予測が30万枚だというのです。それでも、他のアーティストのDVDと比較すれば破格の枚数だという。でも私はマイケルの人気はそんなものじゃない。100万枚は堅いと言ったら、笑われたんですね。

 

そこでかちんときて、だったら200万枚売ってやる、と。だって、担当者は既存の販売ルートしか頭にない。それは、いつもDVDを買う人たちはそれで買うでしょう。でも、あの世界的スターのマイケルです。例えばダンススクール、スポーツジムにポスターを貼れば効果は高いでしょう。郵便局など、普段はCDショップに足を運ばない人にも告知できます。また、レンタルとセルのリリース時期をずらすという、日本では考えられない戦術も導入しました。結果、230万枚のセールスを記録しました。

Q:経験があるからこそ、見えていないこともある。それを見付けて活かすのが、差異化でもありますね。

伊藤:

経験は大切です。しかし、アップデートしないといけない。他人が言うことを鵜呑みにしてはいけないのです。「THIS IS IT」の件でも、経験豊かな担当役員らが言うからと鵜呑みにせず、「なぜ30万枚なのか」を考えた。すると、「既存のルートで売るからだ。他の売り方を考えればもっといける」となる。ではその「他の売り方ってなんだ?」という発想が出て来るのです。

転職にリスクが伴うのではない。
変化を拒絶することこそがリスクだ。

Q:話は変わるのですが、一般的に転職はリスクが高いことだと思います。まして、伊藤さんのように経験がない異業種への転職を繰り返すことはしり込みする人も多いでしょう。さらに、ハイアール、アクアでも、たった二年で実績を挙げられて、いま独立起業された。正直に伺いますが、怖さはないでしょうか?

伊藤:

むしろ、変化しない方が怖い。リスクだと思います。リスクを取らないということは変化を放棄するということです。いま、これだけ社会の変化が早い時代に変化を放棄するのはリスク以外の何ものでもない。

Q:とはいえ、それまで自分が積みあげてきたものを放棄して、新しいことに挑戦することは勇気が必要です。

伊藤:

リスクを取ることは、自分自身の基盤を広げることなのです。だから、そこに”失敗”はない。かつて私に「簡単に転職を繰り返して、履歴書が汚れるだけだ。石の上にも三年だ」と怒った人がたくさんいました。でも彼らはずっと働いていた業界が斜陽産業になってしまい、リストラされています。そうなってからでは、一つの業界、一つの仕事しか知らない年輩の人には、転職のチャンスそのものが少なくなってしまう。

 

転職することはリスクではない。むしろ、転職をしない、変化をしないと言うことのほうがリスクなのです。「今までの経験を捨ててしまうリスク」といいますが、一度身につけた経験や知識は失われません。何もなくさないんですよ。だから、戻りたければ戻れます。変化することで新しいものを取りいれていくのですから、それをしない理由はない。自分の市場価値を知り、高めていくには、転職は絶好の機会なのです。

 

―変化をしない方がリスク。伊藤さんの経歴を見れば、その言葉の説得力の高さがわかります。さて、まだまだ伺いたい話があるので、次回に続きます。次回は、いま独立された伊藤さんが語る「日本覚醒」についてお話を伺います。

(後編へ続く)

取材・執筆:里田 実彦

関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。