前回見てきたように、安倍政権の「国家戦略特区」は、ダイナミックな規制改革によって経済の活性化を図っています。特に2015年に指定された秋田県仙北市(せんぼくし)、仙台市愛知県の3カ所は「地方創生特区」と位置づけられ、特区による地方の活性化のモデルケースとして大いに期待されているのです。
前回記事で取り上げた仙北市に続き、今回は仙台市の事例をご紹介しましょう。

■仙台市の特区―女性活躍・社会起業のための改革拠点

仙台市と聞くと、皆さんは東日本大震災の被災地としてのイメージを、強くお持ちかもしれません。たしかに今なお、地震と津波による爪跡が、強く残っているのは事実です。
しかし震災の悲劇は、東北の若者たちの意識を大きく変えることにもなりました。多くの若者たちが、自ら主体的に行動し、復興の役に立とうという「志」を、胸に抱いたのです。事実、震災をきっかけに、若い起業家が増えてきているといいます。

仙台市では、こうして立ち上がった若者たちの力を生かし、復興を成し遂げ、地方創生のモデルケースを作り上げようと考えました。そうして「女性活躍・社会起業のための改革拠点」として、特区の認定を受けたのです。

仙台市の特区は、主に以下2つのテーマを中心として取り組んでいます。

1.起業しやすい仕組みづくり
2.女性の社会参加の促進

起業家の育成と、女性の社会参加。両者の相乗効果でもって地域を振興させるのが狙いです。
いまからその試みを、じっくり見ていきましょう。

■仙台市の試み 1.起業しやすい仕組みづくり

仙台市が市内の起業家および起業を予定する人々について調べたところ、彼らの目的意識に大きな変化が現れていることが分かりました。やはり震災の影響でしょうか、若手・新進の起業家たちに「地域に貢献したい」と考える人が大幅に増えたのです。

こうした新進の起業家たちの意欲が、被災地の復興・振興に生かされたならば、こんなにすばらしいことはありません。仙台市の特区では起業しやすい仕組みづくりに着手し、若者の意欲とアイデアで地域を活性化しようとしているのです。

・NPO設立手続きの簡素化

起業する上でもっともネックとなるのは、その手続きがややこしいうえに、時間がかかることです。
そこで仙台市の特区では、その手続きをスピードアップすることで、起業を促進しようと試みています。

特にNPO法人の設立手続きの簡素化は、注目すべき施策でしょう。
NPO法人は税制面の優遇や、自治体が行う事業の仕事をもらいやすいなどのメリットがあり、起業形態の有力な選択肢となっています。しかし一方で、設立までにとても時間がかかるというデメリットがありました。
そこで仙台市の特区では、NPOに関する法令を規制改革し、NPO法人設立の手続きを大幅に簡素化。設立認証手続きにかかる時間は、従来の約半分になりました。こうして意欲ある人のスピーディーな起業を、後押しするシステムを整備したのです。

・窓口の一本化

また起業においては、各種手続きの窓口がバラバラで、手続きにとても手間がかかります。そこで、こうした起業に関わるすべての窓口を一本化しました。
具体的には、商業登記法など各種法令の規制をゆるめたうえで、「起業ワンストップ支援センター」という組織を設け、起業の相談および手続きをワンストップ(注)で行えるようにしたのです。これでまた、起業へのハードルが下がったことになります。

(注)ワンストップ……ひとつの場所で色々なサービスが受けられる環境のこと。

・既存設備を生かした起業の促進

起業にはオフィスや店舗が必要になるので、できれば既存の施設を利用したいところです。
しかし建物の用途を変更する場合、審査を受けて許可を得る必要があり、とても時間がかかるのが現状です。

こうした状態を改善するため、各種法令(建築基準法、消防法など)の規制緩和に着手しました。建築物の用途変更の審査を、市の協議会が一括してスピーディーに行えるようにしたのです。これにより、リノベーション(注)を伴う起業がスムーズにできるようになります。
さらには既存施設の有効活用により、中心市街地の活性化にもつながると期待されています。

(注)リノベーション……リフォームよりも、さらに大規模に建物を改修すること。

・起業家・ベンチャーへの後押し

起業家・ベンチャー企業を育てるため、彼らの商品(サービス)が売れやすくなるよう、後押しもしています。
具体的には、既存企業(大企業など)が起業家・ベンチャーの商品を購入した場合、税制での優遇措置(税控除)を与えることにしたのです。これにより、生まれたばかりの企業でも販路を確保しやすくなるうえ、受注実績による信頼度の獲得にもつながるという目論見もあるようです。

■仙台市の試み 2.女性の社会参加の促進

地方創生の基本理念は、「マンパワー」を地域経済の活性化につなげることです。よって、真の地方創生を実現するには、女性のさらなる社会参加が不可欠です。

・保育施設の充実

仙台市は、女性の社会参加を推進するうえで、保育システムの充実を最優先課題に位置づけました。特区ならではのメリットを生かし、保育環境の充実に取り組んだのです。
具体策としては、規制を緩和し、公園の中に保育所を設置できるようにしました。これによって、保育所の設置に新たな土地を取得する必要がなくなり、スピーディーな建設が可能になります。

・男性の育児参加の推進

女性が社会に出て働きやすくするには、男性の育児への協力が欠かせません。
仙台市の特区では、男性の育児休暇取得を推進するため、以下のような対策を取っています。これらの施策で、男性が育児休暇を取得しやすい土壌を作るのが目的です。

・上場企業に、育児休暇の取得率(男女別)を公表させる

・育児休暇の複数回取得について、要件を緩和するよう企業に働きかける

以上見てきたように、仙台市の特区では、とにかく「ハードルを低くする」ことを徹底しています。
起業家育成においては、手続きを簡素化することでハードルを下げ、新たな起業を促進しています。女性の社会進出についても、保育所不足などを解消してハードルを低くし、女性が働きやすい環境を作ろうとしています。
起業家の育成も、女性の社会進出も、日本の将来にとって重要な課題です。仙台市の規制改革が功を奏するのか、今後の変化に注目したいところです。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)

ノマドジャーナル編集部
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