安倍政権の「国家戦略特区」は、特区ならではの規制改革により、経済の活性化を目指しています。そのなかでも、2015年に指定された秋田県仙北市(せんぼくし)、仙台市愛知県の3カ所は「地方創生特区」と位置づけられ、特区による地方活性化のさきがけになるか、大いに注目されているのです。
ここまでご紹介した仙北市、仙台市に続き、今回は愛知県の取り組みをお伝えしてまいります。

■愛知県の特区―モノづくり・農業の産業強靭化特区

愛知県の特区の取り組みの中で、中核をなすのは以下の3つのテーマです。

1.教育(公設学校の民営化による、優れた人材の育成など)
2.創業・雇用(外国人による起業の促進など)
3.農業(資金調達の後押しや、6次産業(注)化の推進など)

愛知県はトヨタ自動車を中心とする自動車産業の集積地であり、まさに日本の製造業の中心的存在です。また濃尾平野は土壌が肥沃であり、農業面のポテンシャルも大きな地域です。
製造業も農業も、基本は「人」です。教育改革によってさらに優秀な労働力が供給されれば、各産業の底上げになります。また外国人の労働者・起業家の力を生かしていくことも、グローバル社会で生き抜いていくうえで必要でしょう。

(注)6次産業……農業・水産業などの第1次産業が、食品の加工・流通・販売にも業務を展開する事業形態。農業地域の活性化や、農業経営の多角化において有力な考え方とされる。

三大都市のひとつ名古屋を擁し、中部地方で最大の人口を誇る愛知県。
その特区による改革の成否は、日本の未来を占うといっても過言ではありません。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康を輩出した地域の底力が、いまふたたび問われようとしているのです。
愛知県はなにを目指し、なにをしようとしているのか―いまからじっくり見ていきましょう。

■愛知県の試み 1.教育の規制改革

戦国時代、信長・秀吉・家康ら三英傑に率いられた愛知県(尾張・三河)の武将たちが、歴史を大きく動かしました。まさに愛知県は人間の努力や創意工夫でもって、日本を動かしてきた地域でもあります。
その愛知県が教育の規制改革によって、世の中を変える人材を生み出そうというのですから、とても興味深いものがありますよね。
そこで、愛知県の全国で初めてとなる試みについて、以下で説明いたします。

・公設学校の民営化

公設学校(自治体が設置した学校)の管理・運営を、民間事業者が行えるようにする規制改革です。
こう聞くと「いったい何が改革なの?」と思われる方もいるでしょうが、実はこれ、現行の日本の法律ではできないことなのです。「学校教育法」では、学校の管理は学校の設置者が行う様に定めているからです。
愛知県の特区ではこの規制を撤廃し、民間業者が公設学校の管理・運営をできるようにしました。具体的には平成29年4月から、愛知総合工科高等学校の専攻科について、名城大学(学校法人)による管理・運営をスタートさせたのです。

このような「公設学校の民営化」により、どのような効果が生まれるか?
愛知県は次のようなメリットを期待しています。

 ・生産現場で活躍する民間人材を、指導者として積極的に起用できる。
 ・民間人材の指導により、生産現場の動向・ニーズに応じた教育ができる。
 ・民間人材の指導により、生徒が現場リーダーに必要な力量を身につけられる。

つまりは、民間の力によって民間の人材を呼び込み、そのエッセンスを生徒に伝えていきたいということです。

製造業の現場では、商品も製造技術も時代によって進歩し、時代の変化への対応が常に求められます。生産現場の第一線で働く技術者が、学生を直接指導する機会が増えれば、より現場で役立つ技術や考え方を広めることができるでしょう。
こうして指導を受けた学生たちが就職し、生産現場の戦力となることで、産業の底上げが実現できるというわけです。

■愛知県の試み 2.創業・雇用

愛知県が生んだ戦国の三英傑は、海外に広く目を向けていました。特に織田信長は西洋の技術や文化に大いに興味を示し、キリスト教の宣教師たちから外国の情報を積極的に吸収していたといいます。
世の中を革新していくには、日本の良さを守りつつ、外国の考え方を取り入れていくことが欠かせません。島国である日本が、産業の振興にどう外国人を生かしていくかは、昔も今も変わらず重要なテーマです。そこで次は、外国人に関わる取り組みを見ていきましょう。

・外国人による創業の促進

これまで外国人の受け入れといえば「労働者」としての受け入れが中心でしたが、愛知県は外国人の「起業家」も歓迎し、県内での創業を後押ししようとしています。なるほど、これもひとつの重要な視点でしょう。
起業というものは、アイデア・考え方で勝負する面が多分にあります。たとえば小さなベンチャー企業が、「アイデア商品」で脚光を浴びることがあります。また、外国人ならではのビジネスの手法が、大きなイノベーションをもたらす可能性もあるわけです。

具体的には、上陸時に①事業所の確保、②2人以上の常勤職員の雇用、または500万円以上の投資などの基準を満たす必要があるところを、愛知県では6カ月間の猶予を設定。在留資格にかかわる規制を緩和することで、外国人の起業を促進しようと取り組んでいます。
織田信長が戦国に起こしたイノベーションを、愛知県がふたたび再現できるか、注目が集まります。

以上見てきたように、愛知県の特区の考え方には、ある明確な特徴があります。
「製造業に質の高い人材を供給するため、教育にメスを入れる」
「外国の優れた人材による起業をうながし、経済を活性化する」
いずれにも「人材こそが産業の基盤」という考えがつらぬかれているのです。

そして、愛知県の特区構想にはまだ続きがあります。
次回は愛知県の特区が、農業にどうメスを入れていくかを見ていきましょう。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)

ノマドジャーナル編集部
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