これまで2度にわたり「地方創生人材支援制度」についてお伝えしてきました。国が地方創生のため、地方の小規模自治体に対して人材面のサポートを行うもので、国家公務員(官僚など)、大学教授、民間のスペシャリストなどが各地に派遣されています。

前回ご紹介した井上貴至(いのうえ・たかし)氏は、「地方創生人材支援制度」のトップバッターとして、総務省から鹿児島県・長島町に派遣されました。彼は同町の最年少(当時)副町長として辣腕を振るい、大いに注目を集めました。大手旅行会社の代理店を誘致し、新たな旅行商品(ツアー)の開発に取り組むなど、地域振興の独創的な試みを次々に繰り出したのです。
今回も引き続き、井上氏の施策とビジョンについて紹介していきます。

■地方創生 成功への2つのカギ

前回ご紹介した長島町の観光業振興において、井上氏は大手の旅行会社(阪急交通社)や、知名度の高い近隣自治体(熊本県天草市)とコラボすることで、独自の旅行商品の開発へとこぎつけました。この井上氏の試みから、地方創生の事業を成功させるには2つのカギがあることが分かります。

1.自治体のワクに閉じこもることなく、外部と積極的に連携する
2.外部の協力者とWin-Winの互恵(ごけい)関係を形成する

過疎化が進む地方の自治体が、単独で地域振興を図ったところで、先細りしていくだけです。だからこそ、外部のプレイヤーを事業に巻き込んで、ダイナミックな展開をしていく必要があります。
さらに注目すべきは、長島副町長である井上氏が自分より大きな相手(阪急交通社、天草市)とのコラボに成功した点です。「相手にも利益になる」事業モデルをデザインしたからこそ、より大きな相手も事業に参画してくれたわけです。
井上氏は別の地域振興策でも、同様のスタンスで突破口を開いています。今回は、この点を具体的に見ていくことにします。

■「ぶり奨学金」とは?

地方の小規模自治体の例にもれず、長島町もまた、深刻な過疎化に悩み続けてきました。
過疎化には複数の原因がありますが、井上氏はその中でも、「高校を卒業した生徒が長島町に戻ってこない」ことを、特に問題視しました(長島町には高校がなく、他地域の高校に進学するしか道はありません)。そこで井上氏は、一度、街を出た若者がまた長島町に戻ってくるようにと、長島町独自の奨学金制度「ぶり奨学金」をスタートさせたのです。

具体的には、地元金融機関である「鹿児島相互信用金庫」が高校生に月額3万円、大学生に同5万円を貸与します。なお、卒業後に県外に住んでも県内に戻ってきても、利子は全額、自治体が負担します。さらに学校を出たあと長島町に戻ってきた人については、元金についての返済分も「ぶり奨学基金」から補助するという仕組みです。
「ぶり奨学金」というネーミングは、長島町が養殖ブリの名産地であることに由来しますが、ここにも地域活性化への熱い願いがこめられています。ブリは回遊魚であり、出世魚でもあります。外の世界で学んできた若者たちが、ふたたび故郷に戻ってきて、地域のリーダーとして活躍してほしい―そんな想いからのネーミングなのです。

■やはり「外部とのコラボ」が必要

ここで注目すべきは、長島町が(先に述べた観光業振興策と同様に)外部のプレイヤー・鹿児島相互信用金庫とのコラボに成功している点です。同信金の協力があったからこそ、低金利での奨学金ローンが実現したわけです。

また、外部のプレイヤーは金融機関だけではありません。長島町の呼びかけに応え、地元の事業者たちが700万円以上の寄付金を寄せてくれました(2017年3月現在)。これは原資としては十分な額で、制度の長期的な継続に向けて、はずみがついた形となりました。
さらには長島町の漁業を担う東町漁協(漁業協同組合)が、ブリ1匹あたり1円の「応援金」を寄せてくれることにもなりました。若者たちを支えるべく、まさに地域が一丸となって、奨学金制度に協力しているわけです。

■地方創生は「危機感の共有」

「ぶり奨学金」を支える彼らの献身には、若者たちに対する「真心」があふれています。
しかし同時に、真心だけでは大きな事業は動かせません。地域の人々が「ぶり奨学金」に協力したのは、「このままでは長島町が廃れてしまう」という「危機感」があってのことでした。
「若い人に戻ってきてもらわなくては、長島町に未来はない」
役場と地域が、そんな危機感を共有したからこそ、一致団結して奨学金を支えるシステムができあがったのです。

事実、彼ら外部のプレイヤーにも、なんとかして若者に戻ってきてほしい事情がありました。
信用金庫は地域密着の金融機関なため、もともと営業エリアが限定されています。エリアの人口が減少すれば、預金高や融資額が減少してしまいます。よって彼らにとっても、地域の人口の維持は対応すべき重大な課題なのです。
もちろん、地元の事業者たちにとっても、人口減少はもちろん深刻な問題です。人が減ってしまえば、産業の担い手と同時に消費者がいなくなってしまい、事業そのものが成り立たなくなってしまうからです。

金融機関、事業者、そのいずれにとっても人口の維持は切実なテーマでした。そうした「危機感」を地域が共有できたからこそ、外に出た若者を取りもどすための奨学金に、皆が一丸となって協力したのです。
長島町に限らず、小さな自治体の場合、大きな事業を起こすには外部のプレイヤーの協力を得ることが不可欠です。
そのためには、地域全体が危機感と問題意識を共有する必要があります。そこに地方創生の事業を成功させる、カギがあるといえるでしょう。

以上見てきたように、井上氏は外部のプレイヤーを事業に巻き込んでいくことで、地方創生のシステムを構築していきました。
彼は長島町副町長を退任後、2017年4月からは愛媛県市町振興課長に就任。引き続き地方創生の担い手として、奮闘しています。
若き官僚の力が、地方創生をどこまで実現するか、今後も注目したいところです。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)

ノマドジャーナル編集部
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