前回お伝えしたように、国は地方創生の実現に向け、自治体へ人材面でのサポートも行っています。この「地方創生人材支援制度」では、国家公務員(官僚など)、大学教授、民間のスペシャリストなどを、地方の小規模自治体に派遣しています。
小さな自治体が自力で優秀な人材を招こうとしても、なかなか難しいのが現実であり、彼らには常に、人材面でのハンデがつきまとっていました。こうしたハンデを解消しようとするために作られたのが、この制度というわけです。

今回は、地方創生人材支援制度の具体例をご紹介するとともに、中央から派遣されたスペシャリストが、地方創生にどう関わっているかを見ていきましょう。

■地方創生の旗手 井上氏をご存知ですか?

ここで、地方創生のキーマンとなるかもしれない、新進気鋭の人材についてご紹介しましょう。
その名は―井上貴至(いのうえ・たかし)氏!

「この人、だれ?」という、読者の皆様の冷たい反応が伝わってきそうです。
しかしこの井上氏、全国的な知名度は無いものの、地域活性化に関わる人々からは熱い視線を集めている、地方創生のキーパーソンとも言われる人物なのです。

1985年生まれの井上氏は、2008年に東大法学部を卒業し、総務省に入省します。そして2015年、地方創生人材支援制度のトップバッターとして鹿児島県の長島町(ながしまちょう)に派遣され、同市の副町長に就任しました(井上氏自身が、この制度の発案者であったとも言われています)。30歳での副町長就任は、もちろん史上最年少でした。

鹿児島県北西部の島々からなる長島町は、人口約1万人の小さな自治体です。立地を活かした養殖ブリなどの漁業は盛んなものの、地方の小規模自治体の例にもれず、著しい人口減少に見舞われていました。中央から派遣された若き官僚が、こうした課題とどう向き合っていくかに注目が集まりました。

■地方創生は「外部とのつながり」

副町長に就任した時点で、井上氏は地方創生に対する明確な課題意識と解決策を持っていました。
それは「自治体と、外の世界をつなぐ人材が必要だ」というものです。
地方の小さな自治体が、その小さな「ムラ社会」に閉じこもっていては、現状打破も地域の活性化も不可能です。外部のビジネスマンや識者とのネットワークを生かしてこそ、はじめて地方創生は実現する―井上氏はこう考えていました。

井上氏は外部との連携を生かし、長島町の観光業に抜本的な変化をもたらしました。
象徴的な例が、大手旅行会社「阪急交通社」の支店の誘致です。阪急交通社は九州における8つ目の支店を、長島町の役場の中に開設したのです。大手旅行会社のノウハウの提供を受けつつ、観光業の振興に取り組めるのですから、他の自治体との競争において多大なアドバンテージとなることが期待されます。

■なんと町役場に、旅行会社の支店が!

しかし……ちょっと不思議な話ですよね。大手企業の地方支店というのは、普通は県庁所在地などの主要都市に置かれるのが普通です。鹿児島市から大きく離れた長島町に支店を作って、阪急交通社になんのメリットがあるのでしょうか?

その答えは「商品開発」と「差別化」にありました。
どの旅行会社も「○○ツアー」といった商品を売り出していますが、正直、どの会社のツアーも似たようなものだとお感じになったことはないでしょうか。そう、どの会社が企画したところで、行き先が同じであれば似たようなツアーになってしまいがちです(たとえば鹿児島旅行の場合、どこのツアーでも鹿児島に旅行することに変わりはないですよね)。つまり旅行業界というのは、「商品の差別化」が難しい分野でもあるのです。

長島町は小さな無名の自治体ですが、海の魅力を存分に味わえる風光明媚な土地です。つまり旅行会社からみれば、長島町とタッグを組むことで、従来とは一線を画したツアー(旅行商品)を開発することができるのです。
井上氏はこうした利点を阪急交通社に説くことで、その支店を誘致することに成功しました。まさに官僚としては、派遣先で快心のクリーンヒットを放ったわけです。

■長島町は無名だけど、おとなりさんは……

とはいえ、無名の長島町のツアーを企画したところで、果たしてお客さんが来るのか……という疑問が湧きますよね?
その課題を、井上氏は「外部とのコラボ(連携)」によって乗り越えようとしました。他の地域とセットにしたツアーを生み出そうとしたのです。その相手とは、長島町の北方の離島にある自治体、熊本県の天草市(あまくさし)でした。
鹿児島県・長島町は無名ですが、熊本県・天草市であれば、格段に知名度が上がります。あの「天草四郎」(あまくさ・しろう)で有名なキリスト教徒の反乱、「島原の乱」(1637~1638)が起きた地方なのですから。

井上氏は、長島町と海で隣接し、なおかつ知名度の高い天草市とのコラボによって、新たな観光商品が開発できると考えました。こうして長島町、阪急交通社、天草市が手を取り合って、「長島・天草ツアー」を共同で開発することになったのです。

こんな型破りな観光業の振興が、どうしてできたのでしょうか?
それは各プレイヤーに、以下のようなメリットがあったからだと考えられます。

・長島町……阪急交通社のノウハウの提供を受けられる/天草市の知名度を集客に利用できる。
・阪急交通社……他社には無い、独自の観光商品を開発できる。
・天草市……新しいツアーで観光客を呼び込める。

こうしたWin-Winの関係をデザインしたからこそ、長島町は自分より大きな相手を協力者として迎えることができたのです。
こうして生み出された阪急交通社の「長島・天草ツアー」は、鹿児島・熊本両県の美しい島と海を堪能できる旅行商品として、注目を集めています。

これまで見てきたように、地方創生の事業を成功させるには、以下の2つのことが必要だといえるでしょう。
・自治体のワクに閉じこもることなく、外部と積極的にコラボ(連携)する
・外部の協力者とWin-Winになる互恵(ごけい)関係を形成する

「地方にふたたび命を吹き込むためには、地方だけに閉じこもっていてはいけない」
それこそが地方創生の現実といえます。
地方創生人材支援制度が成果を上げるには、自治体の枠組みを超えたネットワークを、どれだけ地方創生に生かせるかがカギとなることでしょう。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)

ノマドジャーナル編集部
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