長時間労働を是正するための重要テーマとして、「労働生産性の向上」が政府の働き方改革実現会議でも議論されています。労働生産性を向上させることで単位時間当たりの業務処理量を増やし、労働時間の短縮につなげようとするものです。
労働生産性を向上させる代表的な手段が業務のIT化です。具体的には、ネットワークの構築やソフトウェアの導入などによって、これまで人間がやってきた仕事をコンピュータに代替させることで単位時間当たりの業務処理量を増やし、労働生産性を向上させることができます。
長時間労働の是正に向けて進められてきたIT化ですが、実際に労働時間の短縮につながるのでしょうか。今回は、IT化と労働時間との関係について考察してみたいと思います。
1.真の狙いは人員削減にあり?IT化しても進まぬ時短
ITの導入で、これまで1時間かかっていた仕事が30分で終われば、単位時間当たりの処理量が増えたといえます。つまり労働生産性は向上します。その結果、時間外労働は減り従業員の負担は軽減されます。
しかし、IT化によってもたらされるのは、単純な時短だけではありません。
たしかにIT導入前後で一人あたりの業務量に変化がなければ、労働生産性が向上した分、時短につながります。しかし多くの場合、経営者の興味は、専ら時短より人員削減に向いています。単位時間当たりの処理量が増えるということは、一方で単位時間当たりの必要人数が減ることを意味します。
IT化によって、これまで2人で処理していた業務を1人でこなせるようになると、その仕事に従事する従業員を2人から1人に減らせます。そうだとすれば従業員一人あたりの時間外労働を減らすよりも、従業員の人数を減らそう―経営者はそう考えるのです。これでは従業員の負担は軽減されません。
IT化を従業員の負担軽減という面から見れば、一人あたりの労働時間を短くするための手段になりますが、コスト面から見れば、人員を削減するための手段だということになってしまいます。
2.IT化の落とし穴!情報の波にのまれる時短への道
では、ITが人員削減の手段ではなく、あくまで時短の手段として導入された場合、従業員の負担は軽減されるのでしょうか。
IT化がもたらしたのは膨大な情報の波でした。ネットワークの発達に伴い、これまでアクセスできなかった情報源にアクセスできるようになると、意思決定のためにより多くの情報を参照しようとするあまり、情報収集に時間と手間がかかるようになります。そして膨大な情報を処理するには多くの時間が必要となります。
IT化のデメリットはここにあります。意思決定の精度を上げることができるようになった反面、情報の収集と処理に必要な時間が増加してしまうのです。IT化で期待された時短の効果は、膨大な情報の波にのまれ消えてしまいます。
豊富な情報を元に精度の高い意思決定ができることはIT化のメリットですが、情報が膨大な量となれば、その処理に時間がかかってしまうというデメリットがあります。
IT化によって忙しさが増した―そんな矛盾もあり得るのです。
3.IT化で時間外労働が増加?場合によっては「持ち帰り」も
膨大な情報処理に対応するために取り得る手段のひとつが時間外労働です。業務を効率化し労働生産性を向上させるための手段だったはずのIT化が、逆に時間外労働を助長することになるとは、何とも皮肉です。
IT化によって表面的に効率化された業務ですが、情報量が増大し処理も複雑化すれば、結局、時短にはつながらず、これまで以上に時間外労働が増加します。自宅への「持ち帰り残業」となるケースもあるでしょう。
さらに、携帯電話等の通信手段が発展したことで、いつどこにいても連絡が取れるようになりました。休日であっても会社からのメールや呼び出しに応じる環境が出来上がっています。会社にいても自宅にいても仕事から完全に解放されることがなくなったといえます。気が付けば休日もほとんど仕事をしていたといった状況もあることでしょう。
デメリットばかり強調したようになってしまいましたが、もちろん業務の効率化というITのメリットを労働生産性の向上へとつなげ、業績アップを図っている企業もあります。中小企業白書によれば、適切なコストの削減を実現しつつも販売力・営業力を強化できている企業も少なくありません。
このようにITは、使い方次第で良くも悪くもなるツールであることがわかります。
4.まとめ
少子高齢化が進む中、企業が働き手を確保するためには介護支援や育児休業対策によって従業員の離職を防止しなければなりません。さらに賃上げも必要となるでしょう。働き手の労働時間が制限される一方で賃上げも避けられないとなれば、企業の打つ手は一人あたりの労働生産性を向上させることしかありません。
そのためにITを活用することは有用です。しかし問題はその使い方なのです。単に省力化と人員削減のための手段として使えば、長時間労働が是正されるどころか逆に長時間労働を助長する悪魔のツールとなり、時短と省力化へバランスよく効果を配分すれば、時短とともに業績アップが得られる経営にとって最強のツールとなるのです。
会社がIT化を計画したなら、会社がその効果をどのように考えているかという点を労使の関係において明確にしておく必要があるといえます。
業務の効率化は大事なことですが、労働者としては効率化の中身について慎重にチェックしておきましょう。
記事制作/白井龍
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