これまで、長時間労働の問題を考える上で重要な労働時間と賃金との関係や行政の取組みなどを見てきました。長時間労働をなくすためには、国が実効性ある仕組みづくりをすると同時に、それを当事者である使用者と労働者が正しく理解し労働環境を改善していくための共通認識を持つことが大切です。

今回からは、第1回で紹介した長時間労働が起きる原因に対して、どのようにアプローチすれば労働環境の改善につながるかという点を検討していきたいと思います。

1.人は減っても利益は減らすな!労働分配率から見る経営戦略の是非

価格競争の激しい業界にあっては、日夜、経費削減にいそしむ企業は少なくありません。コピー機の切り替え、家賃の見直し、昼休みの一斉消灯など、できる限りの努力を行っています。経費の中でも大きな割合を占めるのが人件費です。それだけに人件費の削減は、多くの企業にとって重要な課題となってきました。

人件費について「労働分配率」という経営指標を用いて考えてみましょう。労働分配率は以下の式で表されます。

  労働分配率=人件費÷付加価値×100…①

付加価値とは企業が生産、販売等の活動によって生み出した価値のことです。たとえば、1000円で仕入れた商品を1500円で販売した場合、その商品には500円の付加価値が加えられたと考えます。言い換えれば付加価値は利益です。

①式を見ると、労働分配率は付加価値に占める人件費の割合であることがわかります。業界によって異なりますが、一般的な労働分配率は40~60%程度です(TKC経営指標)。付加価値を増加させるためには労働分配率を下げることが経営目標となります。

①式によれば、労働分配率を下げるためには付加価値を上げるか、あるいは人件費を下げることが必要です。500円の付加価値を600円にすることは、商品の値上げを意味します。価格競争下では値上げに困難が伴うため、多くの経営者が人件費の削減を考えます。

従業員を減らすことなく人件費を削減するには、従業員1人あたりの賃金水準を下げる必要があります。しかしこのような労働条件の不利益変更は、従業員との協議等が必要となるため簡単にはできません。そこで、経営者は従業員を減らす方法を選択することになります。

価格競争を生き抜くため、企業は薄利多売によって利益を確保してきました。利益を維持するためには売り上げを減らすわけにはいきません。そのため従業員を減らしたとしても生産量や販売数を減らすわけにはいかず、従業員1人あたりの仕事量は増加し、それが長時間労働へとつながります。

2.取引先にも影響?安易な対策が招く負の連鎖

次に、人員削減せず付加価値を増加させる方法を検討してみます。

価格競争が激しいため販売価格をこれ以上値上げできないとします。この場合、付加価値を増加させるには販売数を伸ばすことが考えられます。そのためには従業員1人あたりの仕事量を増加させる必要があり、やはり長時間労働につながります。

では、仕入れ値を下げるのはどうでしょうか。先ほどの例で、仮に仕入値の1000円が900円に下がれば、商品1つあたりの付加価値は100円増加します。

そうすると今度は仕入れ先の企業に影響が出ます。これまで1000円で販売できていた商品が900円でしか売れなくなると、この企業の付加価値は減少します。その結果、労働分配率は上昇します。今度は仕入れ先の企業が労働分配率を維持するために人員を削減する必要に迫られるのです。

3.人員は「減」より「増」が決め手?付加価値増加へ発想転換

では、どうすればこのような長時間労働のバトンゲームから抜け出すことができるのでしょうか。

ひとつは、価格競争に巻き込まれることのない、差別化された高付加価値の商品やサービスを販売することです。そのためには商品開発費等にお金をかけることになります。

もうひとつは労働生産性を向上させることです。労働生産性は作業効率と言い換えることができます。製造業などでは設備投資によって作業効率を上げることは可能ですが、建設業や飲食業など労働集約型の業界では簡単ではないでしょう。そういった場合、賃金アップにより従業員の士気を上げることで労働生産性の向上につなげることができます。

いずれも経費を削減するのではなく、増加させることで付加価値も増加させるという発想です。商品開発費や人件費の上昇は労働分配率の増加につながりますが、それ以上に付加価値を増加させることができれば、逆に労働分配率は減少するのです。

4.まとめ

今回は、労働分配率という経営指標をもとに考えてみました。机上の空論だと言われるかもしれませんが、つまりは視点の問題だということを指摘しておきたいと思います。

経費の削減は大事ですが、一方で「使うべきところには使う」という発想を持たない限り長時間労働のバトンゲームが終わることはありません。経営者は労働分配率を「点」ではなく「線」でとらえ、全体を俯瞰した経営判断を行うことがポイントです。

一方、労働者にとっても経営の監視は重要です。経営方針が長時間労働を助長する方向になっていないか、という点についてチェックし、より良い労働環境の実現へ向け、積極的な働きかけをしていく必要があると思います。

記事制作/白井龍

ノマドジャーナル編集部
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