今回は、労働者の生活実態と賃金との関係から長時間労働について考えてみます。労働者にとって生活費と賃金とのバランスは取れているか、バランスが崩れた場合、どのようにして長時間労働が現れるか、という点に着目してみましょう。
1.収入と支出のバランスは?統計から見る家計と賃金
総務省発表の「家計調査年報(家計収支編)」によると、平成27年の2人以上世帯の消費支出は287,373円です。これが1カ月の生活費となる平均的な金額です。
労働者の賃金について集計したものとして厚生労働省が発表している「賃金構造基本統計調査」(があります。ここでは、生計維持者の多くが男性であることを考慮し、平成27年の賃金構造基本統計調査から男子の賃金状況について見てみます。
まず、全産業における従業員10人以上の企業で働く男子の月額平均支給額は、353,300円となっています。このうち、所定内労働時間分の賃金は、320,300円です。調査結果を見る限り、所定内労働分の賃金が消費支出を上回っています。つまり残業をしなくても生活を維持できているということになります。
しかしこれは、あくまで従業員1,000人以上の大企業を含めた産業全体の数字です。企業の99%以上は中小企業です。さらに中小企業の中でも95%以上が従業員数99人以下の小企業です。これら小企業について見てみると、月額平均支給額が313,700円、所定内労働時間分の賃金も、288,500円とダウンしますが、所定内労働時間分の賃金が若干ですが平均的な生活費を上回っており、やはり残業しなくても何とか生活できます。
どうやら時間外労働手当(残業手当)は生活していく上でのプラスアルファの収入だといえそうです。しかし、もう少し深堀りしてみると事情は変わります。
全産業の中から製造業をピックアップしてみましょう。製造業では従業員が99人以下の小企業における月間平均支給額は、301、300円です。このうち所定内労働時間分の賃金は271、000円となっています。
この数字から何がわかるでしょうか。所定内労働時間分の賃金が平均的な生活費を下回っています。所定内労働時間分の賃金だけでは生活できないのです。小企業の従業員家庭では、残業手当があってこそ生活が維持できるというわけです。
2.なくてはならない残業代!生きる術は時間外労働にあり
産業全体を見れば、生活維持には所定内労働分の賃金で十分のように思えますが、業種や企業規模を詳しく見てみると、残業手当が生活給となっているケースのあることがわかります。
長時間労働が健康を害することにつながることだとわかっていても、労働者には簡単に手放せない事情があるのです。生活給となった残業手当は労働者にとって重要な収入の一部であり、それを得るための時間外労働は生きる術だといえます。
残業手当が生活給となっている企業では、経営者が時短を実行しようとしても従業員が反対します。だからといって賃金水準を下げずに時短を実行することは、かなりの難題です。時短は簡単には実現できません。
3.労使双方にとってデメリット!固定残業代の功罪
時間外労働手当が生活給である以上、仕事がないからといって残業がなくなると労働者は困ります。反対に仕事が増えたからといって、すべてを残業による割増賃金でカバーしていては経営者にとって利益となりません。
そこで、労使双方にとってメリットとなる方法として固定残業代という考え方が出てきました。本来、残業は必要に応じて命じられるものですが、月ごとに波があると残業手当の計算が複雑になることに加え、生活給としている労働者にとっては生活不安の原因となります。それを解消するため、残業手当として毎月定額を支払うことにしたのです。
ところが、この固定残業代には大きな落とし穴がありました。固定残業代を含む給与体系を導入すると、労使双方に「残業は毎日するものだ」という観念が生まれます。やがて残業は日常化し、それが長時間労働をいう形となって問題化するのです。
近年、ガソリンスタンドの固定残業代をめぐり裁判で争われたことがあります(東京高裁平成26年11月26日判決)。このガソリンスタンドでは、営業手当を月100時間分の固定残業代として支給していました。しかし裁判所は、これを「法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨」のものであるとして、営業手当の全額について固定残業代であることを否定したのです。
裁判例からわかるように、固定残業代は企業内に長時間労働を許容する環境を作り、やがては労使の争いへと発展する危険性を秘めています。導入する場合は、その点を十分留意した上で慎重に制度設計する必要があると思います。
4.まとめ
以上見てきたように、残業手当が生活給となっている状態は好ましいとはいえません。家計面から見た場合、低賃金が長時間労働を生み出す原因となっていることは明らかです。家計と賃金のバランスを見ることなく、いくら時短を叫んでも長時間労働はなくなりません。それは低賃金を労働者が望まないという当たり前の理由によります。
法改正で長時間労働を規制することも大事ですが、一方で、企業が技術革新による生産性向上に取り組めるような制度作りも必要だと思います。
長時間労働の問題は根深く複雑です。解消のためには多面的かつ有機的な取り組みが必要ではないでしょうか。
記事制作/白井龍
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