昨年発覚した電通の過労死事件。被害女性が東大を出た高学歴であること、また、日本を代表する大企業であることが重なり、たいへんな注目を集めました。以前から問題視されてきた長時間労働ですが、これを機に世論も一気に盛り上がっています。

もちろん政府も手をこまねいているわけではありません。労基署の増員や立ち入り調査の対象を月80時間超の時間外労働に引き下げるなどして、違反企業の早期摘発を目指しています。

長時間労働の是正に向けて大きく動き出した日本。本連載では、今後の動向に注視しつつ、実態に迫っていきたいと考えています。

1.わが国の長時間労働の実態

OECD(経済協力開発機構)が加盟国など世界35の国と地域を対象に行っている国民一人あたりの年間総労働時間調査(2015年)によれば、日本の年間総労働時間は1712時間で全体の22位となっています。平均は1749時間ということですから、日本の総労働時間は平均より少ないことがわかります。国内では長時間労働が社会問題となっていますが、世界の中にあっては長時間労働社会ではないのでしょうか。

このOECDの統計は労働者の申告データをもとにしており、労働実態を反映しているといえそうです。ところが日本では「サービス残業」と呼ばれる隠れた労働時間が存在します。このことから実質的な労働時間はもっと長いと推測されます。

2014年に政府が策定した「日本再興戦略」では、時間ではなく成果で評価する「新たな労働時間制度」の創設が明記さました。労働生産性の向上と長時間労働の抑制を目的とした、これからの人口減少社会に備えた施策です。しかし、過労死が疑われるケースがしばしばマスコミによって報じられ、そのたびに長時間労働の実態が浮き彫りにされてきました。

過労死や精神疾患の原因ともなる長時間労働の影響は計り知れません。健康で生きがいを持って働くことができるためにも、社会全体で長時間労働を抑制していく仕組みづくりが望まれます。

2.長時間労働の原因

長時間労働はどうして起きるのでしょうか。主な原因についてみていくことにしましょう。

2-1.人員削減による仕事量の増大

まず、挙げられるのが経費削減にともなう人件費の抑制です。人件費を抑制するためには一人あたりの賃金を下げるか、人員を削減するしかありません。賃金を下げるには就業規則や労働契約の変更を伴うことから労働者との協議が必要です。こういった面倒な手続きを避けるため、早期退職制度の導入や新規採用控えなどによって人員削減効果を狙うケースが多いといえます。会社全体の仕事量に変化がないとすれば、人員削減によって一人あたりの仕事量が増えます。仕事量が増えれば労働時間も増え、長時間労働につながります。

2-2.生活給の一部となっている残業手当

バブル崩壊後の1990年代後半以降、企業はベースアップを回避しつつ基本給を抑制することで経費削減を進めてきました。基本給が上がらない労働者は、残業手当によってこれまでの生活を維持しようとします。こうして残業手当は生活給としての意味を持つようになりました。残業することで生活水準を守る―そんな背景から長時間労働が必然化されてきたといえます。

2-3.定時帰社しにくい職場の雰囲気

仕事が終わる定時になったとき、周りがまだ仕事を続けていても平気で帰ることができるでしょうか。職場の仲間が忙しそうに働いているのに自分だけが帰ることはできない、協調性のないヤツだと思われたくない、そんな風に感じる人も多いでしょう。しかし周りと一緒に帰らないといけないという雰囲気にのまれ、意味もなくズルズルと職場に残っているだけだとすれば全く意味がありません。定時で帰ることを許さない職場の雰囲気が意味のない残業を生み、それが長時間労働につながっています。

2-4.人事評価への不安

残業が多い社員は評価が高い―そういった声を耳にすることがあります。たしかに残業してでも納期を守る、しっかりした資料を作成する、といった面は評価されるべきだともいえます。しかし、すべての残業が本当に必要なものなのでしょうか。中には仕事の段取りが悪いだけの残業があるかもしれません。残業の多い少ないが人事評価のバロメーターだとすれば、出世につながる高い人事評価を得るために無用な残業が横行することになります。そんな人事評価のあり方が長時間労働につながっているといえるでしょう。

2-5.36協定の弊害

使用者は原則として、1日に8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはいけません(労働基準法32条)。これを法定労働時間といいます。法定労働時間を超えて働かせるには、労働者との間であらかじめ労働基準法36条に基づく協定を結んでおく必要があります。これを36(サブロク)協定といいます。36協定があれば会社は残業を命じることができます。人員削減ともあいまって、売上アップのための残業命令が頻繁に出されると労働時間は増えていくことになります。労働基準法は労働時間の上限である法定労働時間を定め、原則として長時間労働を防止していますが、36協定という例外によって長時間労働の防止は形骸化しています。

2-6.プライベートを削るIT化

ITの発展は仕事のやり方を変えました。携帯電話とパソコンがあれば、いつでもどこでも仕事ができる時代です。休日でも会社からのメール一本でパソコンの電源を入れキーボードをたたくといったサラリーマンは増えていることでしょう。仕事のやり方は多様になりました。その反面、仕事とプライベートの境目がなくなったともいえます。自宅やカフェで型にはまらず自由に仕事ができるようになった一方、時間管理がおろそかになり知らず知らずのうちに長時間労働しているという人が多いのではないでしょうか。

2-7.蔓延する非効率な業務

株式会社NTTデータ経営研究所が行った社内会議についてのアンケート調査(2012年)によれば、全体業務に占める会議の割合は平均15.4%となっています。問題や課題については「無駄な会議等が多い」がトップで45.0%。次いで「会議等の時間が長い」(44.1%)、「会議等の頻度が多い」(36.7%)と続いています。無駄な会議に代表される非効率業務が多くなると労働時間は長くなります。

3.まとめ

以上みてきたように、長時間労働を生み出す原因は複数あります。これらが複合的に作用しあうことで長時間労働の基盤は強固になっていきます。長時間労働をなくすためには何から手をつけるべきでしょうか。それを考えるためには労働時間の概念や賃金構造を理解しておくことが有用です。次回から数回に分けて、これら基本知識を整理してみたいと思います。

記事制作/白井龍

ノマドジャーナル編集部
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