日本では、明治以降に産業が急速に発達し様々な分野で多くの企業が設立されました。これらの企業はほとんどが日本型の雇用形態により事業を行ってきましたが、トップダウン型になるという傾向により、人間が阻害されるという問題が発生してしまいました。

そのような状況にありながらも、人間を重んじて来た企業もあります。ここでは、その一つ「松下電器」に注目し、どのような経営をしているのか、そこで人はどのように働いているのか、そして社会における企業の役割とは何なのかを考えていきたいと思います。

日本型雇用形態の問題点

日本の経済を支えて来た「日本型雇用形態」は、第6回の記事でも触れましたように、企業が雇い入れた従業員を退職まで雇用するシステムで、「安定雇用」「知的資産の蓄積」などのメリットがある一方、業務がトップダウンで行われるというデメリットがあります。

どんな組織にも職位と言うものがあり、企業で働く者はそれぞれの職位の立場から責任を果たしていくことになります。ところが日本の場合は、江戸時代の封建制度の影響を強く受けているため、上からの指示に絶対服従で、下からの意見がなかなか聞き入れてもらえないという問題点があり、下の者が不満を抱きながら働く傾向があります。その結果、現在ではパワハラ、過労死、年休の不消化などの労働問題も発生しています。

「人間」を重視した松下幸之助

こうした労働問題が生まれている一方で、「日本型雇用形態」の良さをフルに生かしながら、人間重視を実践し経営に成功してきた企業もあります。その一つが「松下電器」です。
松下電器は松下幸之助が1918年(大正7年)に「松下電器具製作所」として設立した電気製品の会社です。後に「ナショナル」という社名に変更し、現在では「パナソニック」という名前で知られています。(ここでは、歴史的にもっともよく使われている「松下電器」という名前を使います。)

松下幸之助は1894年〈明治27年〉に和歌山県に生まれました。幼い頃に父親が米相場で失敗したため9歳で大阪の火鉢店に丁稚奉公に出されるなど苦労をした人ですが、後に「経営の神様」と呼ばれ、日本の企業の経営に大きな影響を与えました。

目先の利益ではなく大局的な利益

1923年、関東大震災が起こり東京は壊滅しました。その時、商売をやっていた人達は誰でも商品を高値で売ろうとしましたが、松下幸之助は、震災という困った時こそ、商品を安く売ってあげるべきだとし、自分の商品を半額で売ったのです。
人々はこのことに感謝し、更に大阪の倉庫にあった松下電器の商品を買い求める人が増えました。松下幸之助は、「企業は利益や利潤だけを追求してはいけない。社会に奉仕したご褒美が結局は利益になって戻って来る」という考え方に基づいてこのような対応をしたのです。

大恐慌にもかかわらずリストラ否定

1929年、アメリカで大恐慌が起きると、日本の経済も大打撃を受けるようになりました。倒産する会社も相次ぎ、リストラに踏み切る会社も多かったのですが、松下幸之助は大恐慌は持久戦だとし生産時間を半分にしました。加えて、従業員は一人も首にせず給料もそれまで通り全額支給しました。
その代りに、休日を返上して在庫を全部売らなければならないという条件をつけました。このような指示を受けた従業員は、幸之助の方策に感謝し、倉庫にあった在庫を2か月で売りつくしてしまったのです。

3日も続いた「熱海会談」

1964年(昭和39年)、ちょうど東京オリンピックが開かれた年ですが、この頃は高度経済成長の反動として、金融の引き締めが強くなり、松下電器の売り上げも停滞していました。そのため、幸之助は、全国の松下電器の販売店・代理店の店長を全員熱海のホテルに召集し言いたいことをすべて言ってもらうことにしました。
最初の2日間は参加者が普段不満に感じていることを発言し、幸之助は黙って聞いていましたが、あまりにも多くの問題が出されたため、2日目の終わりごろには会場の雰囲気が暗く重くなったそうです。そして3日目、幸之助は「松下が悪かった」と涙を流しあやまり「もう一度皆さんと出直したい」と語ったのです。参加者は、幸之助の言葉に心を動かされ、会社再建の協力と団結を約束しました。

松下幸之助の経営手法が教えてくれたこと

松下幸之助に関わるエピソードを3つご紹介しました。この3つのエピソードに共通しているのは、松下幸之助が人間をまず第一に置いたということです。それは次のような彼の言葉の中にも表れています。

「松下電器は人を作るところでございます。あわせて電気製品を作っております。」

そして、働く人はといえば、自分のしていることが評価され、誰かのためになっている、何かのためになっていると自覚した時に初めて生き生きと働くことができるのではないでしょうか。

まとめ

日本では、明治の産業革命、昭和の高度経済成長を経て産業が急速に発達しましたが、この間、企業のほとんどが生産重視、利益重視の方策を取り、そこで働く人間は阻害されてきました。
その中にありながら、松下幸之助の経営手段は人間を重んじる貴重なものであり、社会における企業のあるべき姿を提示しているように思います。

記事制作/setsukotruong

ノマドジャーナル編集部
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