さて「新しい働き方はどのように生まれた?  」シリーズも今回が最終回になりました。これまで23回に渡り、江戸末期から現在に至るまでの働き方の歴史を辿りながら、日本人が現在のような働き方をするようになった背景を探り、将来に向けてどのように展開していけばよいのかを考えてきました。

古きを訪ねて新しきを知る

「歴史」という言葉は、若い世代にとっては聞くだけでもつまらない魅力のないもののように思われるかもしれません。正直言って、自分も20代30代の頃はそう思っていました。過去は変えることができないのだから、話しても意味がないと思っていました。けれども少し視点を変えて、先人たちが歩いてきた道を振返ってみると、今起きている問題や課題に対して、こうすればうまく行くのではとか、このようなことが起こる可能性があるのではないかということが見えてきます。

 

「古きを訪ねて新しきを知る」「温故知新」という言葉がありますが、このシリーズでは、温故知新を基調として、江戸末期から現在に至るまでの日本人の働き方の変遷を辿り、今後激しく変化していくことが予想される働き方に私たちがどのように対応していくべきかを、テーマ別に考えてきました。

では、これから先、働き方はどのように変わっていくのでしょうか。最終回の今回は、歴史から学んだことを参考に、将来について考えてみたいと思います。

「人工知能と経済の未来」が示唆しているものは?

今後の働き方を示唆した書籍はいくつか出版されていますが、その中の一冊として2017年の「新書大賞」に選ばれた井上智洋氏の「人工知能と経済の未来」を読んでみました。

 

この本は、その副題「2030年雇用大崩壊」が示すように、今後は人工知能(AI)が急速に発達することが予想され、そのことにより、現在人間が行っている仕事がAIに取って代わられ人間のできる仕事が極端に少なくなるという問題を提言しています。それでも、それぞれのAIが専門的な限られた作業だけをしている場合はそれほど問題はありません。しかし汎用化した場合、つまり「あらゆる課題・目的に対応できるようなAI」が開発された場合は、AI自体が人間のように考え、行動し、人間の力を借りずに進化することができてしまいます。こうなると、人間のする仕事が消えるという経済的な問題が発生してくるだろうと指摘しています。

技術革新が起こした産業革命

AIは一つの技術革新ですが、技術革新はこれまでの歴史においても産業革命をもたらす役割を果してきました。まず、イギリスで発明された蒸気機関によって第1次産業革命が起こり、後に日本にも影響を与え、明治時代の産業革命につながりました。そして、アメリカやドイツにおける電気モーターの発明により第2次産業革命が起こり、日本には、第2次世界大戦後の高度経済成長時代として発展しました。次に起こったのが平成におけるIT革命とも呼ばれる第3次産業革命で、これから予想されているのがAIによる第4次産業革命です。

 

これまでは、こうした技術革新によって生産性が上がった分、それまであった仕事のいくつかが機械化などによって消えて行きましたが、その代りに、技術革新に付随した新しい仕事が生まれました。

例えば、発展がもっとも顕著にみられる通信の分野では、江戸時代には飛脚が委託された手紙を受取人に届けていました。明治になると電報が生まれ、遠くの人にも一瞬のうちに伝言を送ることができました。ということはこの時点で飛脚の仕事は消えたのですが、その代りに電報を配達する仕事が生まれました。次にファックスが生まれ、長い文章でも簡単に送ることができ、電報配達人の仕事はなくなりましたが、ファックス機を作る仕事が生まれました。そしてIT革命によりメールが普及しファックスは消えていきましたがメールプロバイダーの仕事が生まれました。

将来は仕事がなくなり「飢えて死ぬしかない」?

ところがこうした仕事の移り変わり現象は第3次産業革命までで、第4次産業革命が起きると、ほとんどの仕事を汎用AIが行ってしまい、人間の仕事が極端に少なる可能性が高いと井上氏は述べています。ですから、経済のシステムが今のままであれば、職を失った人は「飢えて死ぬしかない」とまで言い切っているのです。

では、どうすれば生き延びていけるのでしょうか。このような問題を起こさないためには、汎用AIの開発を禁止すべきだと言う人もいます。けれどもこれまでの歴史を振り返ると、人間の探求心や好奇心は止めることができないことがわかっています。この探求心や好奇心こそが、人間が他の動物と違うところで、人間だけが高度に発展できた要素なのです。

 

結論として、井上氏は、経済のシステムを変えて、「ベーシックインカム(BI)」を導入することを提案しています。BIとは、職を失った人に払う失業手当のようなもので、経済を動かすのに必要な最低限の収入のことです。なるほど、働かなくても決まった収入が入って来るから生活には困らない。いい方法かもしれないと、しばらくは、さわやかな気持ちがしていました。

仕事好きな日本人はどうすればいいの?

ところが、その後で、エクスペディアが行った年次有給休暇についての調査結果を知ることになり、かなり落ち込んでしまいました(第23回の記事参照)。と言うのも、日本人は世界一働くことが好きな国民だからです。AI化され仕事がなくなったら、仕事好きな日本人はいったいどうすればいいのでしょうか。働かないでBIをもらい、毎日のらりくらりと生きていくのでしょうか。これまで、休暇を取ることも忘れるほど仕事に打ち込んできた人が、急に仕事がなくなったら精神的に何を糧にして生きて行くのでしょうか。

 

こんなことが頭の中でぐるぐると渦を巻き、いつしか黒い雲になり重くのしかかってきました。そして考えた末に到達した結論が「余暇を楽しめる人間になるスキルを身に付けること」でした。つまり、「仕事第一主義」から思考や価値観を転換することです。それはちょうど、江戸時代から明治時代になり、それまで支配階級だった武士が突然地位を失ってしまったことと似ています。

 

ある武士は武士としての誇りが捨てきれず、新しい社会から脱落していきましたが、その一方で、茶畑を開墾してお茶の生産に成功した武士もいました。江戸から明治への変化は突然やって来て心の準備などしている余裕もなかったと思いますが、現代では幸いにも、第4次産業革命はやって来ることがすでに予測されています。その時が来るまでに、今から思考や価値観を転換できるように準備していくこと、それは歴史が私たちに教えてくれた見逃すことのできない教訓なのではないでしょうか。

 

「新しい働き方はどのように生まれた?  」シリーズは今回で終わりますが、次回からは新しいシリーズが始まります。新しいシリーズでは、「余暇を楽しむ」、または「人生そのものを楽しむ」ことを重視しているオーストラリアに焦点をあて 海外における働き方がどのように生まれたのかを見ていきたいと思います。

 

記事制作/setsukotruong