たとえば、未曾有の大災害が起こったとします。それにより田畑は壊滅状態、家畜も死に、かんたんに魚も獲れなくなったとしましょう。

食料を確保するため、最初は輸入に頼るはずです。ですが輸入で食料を確保しつつも、あくまである程度の自給自足を前提に復興作業を続けるでしょう。「輸入でどうにかなるから自給自足する努力をしなくてもいい」という結論にはなりません。

「人口が減るから外国人を受け入れよう」というのは、わたしには自給自足(少子化改善)の放棄にしか思えないのです。

国を良くするための試行錯誤

労働力不足だから外国人で補う、技術者がいないから外国人を呼び寄せる、国際競争に勝つために外国人を雇う。なんて創造性のない、安易な「解決策」でしょうか。

日本の労働人口を増やすために少子化対策に力を入れ女性の社会復帰を支援したり、職業教育に力を入れて技術者を増やしたり、グローバル市場でビジネスするために英語習得の環境を整えたりと、日本はまだまだやるべきこと、できることがあります。

それなのに、なぜ、「外国人」に目が向いてしまうのでしょう。

外国人を受け入れること自体が悪いのではありません。ですが「できる努力」を怠って「外に頼る」というのは、日本の可能性を無視し、自給自足することの放棄を意味します。それでいいのでしょうか?

多くの国では、まず「自国で改善できる部分をすべて改善してみる」ことが当然です。現に、多くの国では社会問題を解決するためにいろいろな政策を打ち出しています。

たとえば、「少子化を乗り越えた」と言われるフランス。他の先進国と同じく、1990年代はじめは出生率が下がりました。ですがそれに危機感を持ち、手厚い家族手当や仕事と子育て両立の環境づくり、保育サービスの充実などの対策により、2010年以降は合計特殊出生率は、人口が減らないラインの2.0前後となっています。

ほかにも、いわゆる「フィンランド・メゾット」と呼ばれるフィンランドの教育制度が世界から注目を浴びています。これは1990年あたりからフィンランドで推し進められた教育改革によるものです。この教育改革も、ロシアからの内政干渉により国政が不安定になり、失業率がハネ上がった状況を打開するために編み出された方法です。

もちろん、それでもフランスやフィンランドのやり方が「理想的」とは限らないわけですが、少なくとも自国のために必死で努力し、工夫している姿勢を感じ取れます。

それに引き換え、日本はどうでしょうか。少子化対策や女性の社会進出などという理念を掲げつつも、実感としては「あまり変わっていない」「変化が遅すぎる」といったところではないでしょうか。

日本には、もっとできることがある

多くの先進国が、人口減少対策や国際競争で生き残るために頭を悩ませています。なぜ悩むか。それは、国をよくしたいからです。また、「国」はそれぞれの特徴と文化・歴史を持っているため、「ほかの国がやった方法をマネすれば同じように成功できる」ものではありません。

だからこそ、「わが国ではなにができるのか」を考え続け、試行錯誤し続けているのです。

それなのに日本はいま、「欧米と同じように外国人労働者を受け入れれば労働者人口が増える」という安易な考えのもと、外国人受け入れを積極化させています。それは、「日本」という国の可能性を放棄しているのではないでしょうか。

なぜそこで、「外国人労働者に頼らず経済成長するためにはどうすべきか」について、もっと情熱を持って議論しないのでしょう。

「外国人は日本の光になる!」と内より外に目を向けてしまうのは、あまりにも頼りないと言わざるを得ません。

本連載で何度も触れていますが、外国人労働者を多く受け入れ移民化し、社会が不安定になっている国は少なくありません。その現状を目の当たりにしているはずなのに、なぜあえて「リスクが高すぎる政策」を採ろうとするのかがわかりません。

フランスのように、国を挙げて本気で少子化対策をしましたか? 優秀な人材を輩出するために教育改革を推し進めましたか?

もちろん日本でも、さまざまな議論はされています。ですが目に見えた結果は、まだ出ていないように思えます。国内での改革を中途半端にしたまま、外国人を「頼みの綱」と言わんばかりに重要視しすぎることに違和感を感じざるをえません。

外国人受け入れは国内での努力をしてから

自国内で完結する改善法を見出すのも、政治家の仕事のひとつでしょう。「困ったら外に頼ればいい」なんていうのは小学生にも思いつく方法です。たいした戦略もなく、「規制を緩めたら外国人がたくさん来て日本のために働いてくれるだろう」というのは、あまりに軽率です。

ただ、わたしが今回お伝えしたいのは、「日本の政治はダメだ」ということではありません。この記事を読んでくださっている方が、「自分たちの力でどうにかしなきゃいけないんだ」と立ち上がることを期待しているのです。

それはなにも国単位の話ではなく、女性の同僚が復職できるように協力するとか、男性であっても育児休暇を取得するために戦うだとか、自ら英語を学んで外国人に頼らずとも解決できるようにするだとか、そういったことから「自給自足」が進むのです。

「外国人労働者を積極的に受け入れ日本をどうにかしてもらおう」と考えるのではなく、多くの人が「できることをまずやってみよう」と思えば、日本はもっと変われるのではないでしょうか。

外国人労働者に頼るのは、あくまでそういった試行錯誤をし、できる限りの努力をしてからにすべきです。

取材・記事制作/雨宮 紫苑

ノマドジャーナル編集部
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