人材不足は先進国のすべてが感じている痛みだと言われてきましたが、シェアリングエコノミーとフリーランス市場の出現で、文字通り「国境のない人材の共有」が可能になっています。そしてこの傾向の大きな恩恵を受けているのが、これまで西側世界と同等の雇用機会を持たなかった経済力の低い国々、アジアのフリーランス市場です。

 

前回はオーストラリアでフリーランスの共有スペースを牽引するEnvato社をご紹介しましたが、同社の登録フリーランサーの中にも、アジア人の占める割合は非常に高いと言われています。今回は、シンガポール社会へのフリーランス経済の浸透に注目したいと思います。

ミランダ・リー氏の主張

シンガポールのTODAY紙はこの2月、シンガポールKPMG(オランダに本拠を持つ世界148か国にネットワークをもつ知的専門家集団)の政府顧問ディレクター、ミランダ・リー氏の「シンガポールにもフリーランス、契約労働力を受け入れるべき時が来た」という記事を掲載しています。

 

氏はその中で、シンガポールでの不定期労働者の増加を「生活を優先させるために、定期雇用から離れる動き」を反映したもので、単なるパートタイム労働以上のものだと語っています。シンガポールでも「雇用保障」と「雇用の柔軟性」のトレードオフは、労働力の「自由化」と呼ばれ、短期雇用形態のギグエコノミーが台頭してきているのです。

 

その背景の一つに、専門職、経営者、役員、技術者(いわゆるPMETと呼ばれる人たち)の削減に拍車がかかり、多くの労働者が短期契約業務に転じつつある事情があります。オンラインアプリやシェアリングエコノミーがサービスの提供方法を変えたことも相まって、学位取得者や熟練労働者が、交通やサービスなどの分野に移る事態が起こっているのです。これなどは、「フリーランサーは平均的労働者よりも高い教育を受けている」というオーストラリアの調査結果にも通じるところがあるようです。

雇用者への恩恵

KPMGが123企業を対象に行った世論調査では、多くの企業にとって人材は依然として大きな関心事だという結果が出ています。特にこれまでITのような高度に熟練したセクターで、これは深刻な問題でした。インタビューを受けた企業は、たとえ高い報酬を支払う意思があっても、適切なスキルを持つ地元のワーカーを見つけることができないと説明しています。適切な人材が見つからなければ、企業がプロジェクトにコミットできず、ビジネスチャンスを逃してしまうのです。

 

請負契約で、雇用主が社外から経験豊富なワーカーを導き入れることができるのは、限られた予算で一定期間の専門的な助けが必要な場合にとても役立ちます。

非正規労働者の保護

社会保障制度のないフリーランサーのために、シンガポールでは人材育成省、全国労働組合会議、シンガポール国家雇用者連盟が共同で、期間契約従業員の雇用に関する三者ガイドラインを作っています。このガイドラインでは、雇用主に契約切れ一か月前までの契約更新を奨励し、常勤労働者にあるような 年次休暇、病気休暇、育児休暇、出産休暇やその他の給付を、契約労働者にも給付することが勧められています。

 

セーフティネットがより整うことで、労働者のリーダーシップや起業家精神も向上します。シンガポールをハブとして、他国で専門家を集めてプロジェクトに取り組む企業は、この動きの恩恵を受けるでしょう。

 

リー氏は、フリーランス経済の雇用方法を採用することは、雇用主と労働者両方に大きな利点があると主張していますが、この記事の読者のコメントは好意的なものばかりではありません。中には「西洋の主張を持ち込むな。若者はCPFなしにどうやって住宅を買えるのか」というものもあります。

 

CPF(Central Provident Fund)とは、この国のユニークなプロビデント基金で、強制加入の退職貯蓄制度といったもの。この基金の貯蓄を基に、加入者は退職後の「基礎年金」/「医療貯蓄制度」、生涯を通じた「重病医療費保険制度」と「扶養家族保障制度」を受け、「投資制度」や「持家制度」を活用できるのですが、フリーランサーのCPFへの加入は制度的に整っていないようです。

行政側の見解

3月、リム・スィー・セイ労働大臣はシンガポールでのギグエコノミーの台頭について以下のように語っています

 

2016年のシンガポールのフリーランサー数は16万7,000人。これらはフリーランス業をメインに行っている人の数で、この数字はシンガポール在住労働力の8~10%に当たり、それは過去10年間変わっていません。これに、二次的にフリーランス業を行っている人(正式雇用に加えてフリーランス業もしている人)を加えると20万人になります。これには追加収入を求めて働く学生、主婦、退職者が含まれます。

 

フリーランサーの約81%が自ら選んでフリーランサーになっており、そのうち67%がフルタイム、14%がパートタイムのフリーランサーです。フリーランスとして働く理由は、より多くの自由、追加収入、家族との時間を得るためで、これらは欧米のフリーランサーと共通しています。

 

フリーランサーの残りの19%は、自らの選択ではなくそれを行っています。そのうちの16%がフルタイムのフリーランサーで、約3万2,700人ほど。パートタイムのフリーランサーは2%です。労働大臣は、この3万2,700人を正式雇用に誘導したいと考えています。

 

フリーランサーの職種のトップは伝統的なタクシー運転手、不動産エージェント、個人小売業。保険エージェントは1万人ほどおり、個人的に雇われている運転手や家庭教師もいます。

 

オンラインプラットフォームを使ってギグタスクを見つけているフリーランサーは、依然として少数派です。その中で一番多いのが運転手で、UBERGRABなどの約1万500人。その他、専門サービスとして、コンサルタントや会計士、クリエイティブな仕事として、グラフィックデザイナー、インテリアデザイナー、メディア・コミュニケーションの製作者、編集者、フォトグラファーなど。そして配達サービス業者。これら全員で1万人という内訳です。(これらの数字には、時々フリーランスとして働く人は含まれていません。)

フリーランサーの持つ懸念

フリーランサーが持つ懸念で一番多いのは「十分な顧客を見つけられるか」。次に「収入への保証のなさ」、「業務中の怪我に損害補償がないこと」、「顧客からの支払の遅れ」、そして「退職後の蓄え」が続きます。退職後の蓄えが最後になっているところが、シンガポール社会へのフリーランス経済の浸透度がまだ低いことを表しているようです。

まとめ

フリーランサーの数が上昇していることに注目し、労働大臣はフリーランサーの持つ懸念を真剣に受け止め、対処していきたいと語っています。行政がフリーランサーへの保証に前向きに取り組むことは非常に好ましいことです。

 

そしてもう一つ大切なのは、リー氏の「フリーランサーがキャリアを将来的に証明するためには、ITやサイバーセキュリティ、デジタルマーケティングなどの分野だけでなく、より伝統的な医療や幼児教育分野にもフリーランス雇用が浸透すること。そのためには、将来の経済において開かれる仕事を満たすために必要なスキルを、フリーランサーが獲得しておく必要がある」という主張でしょう。

 

記事制作/シャヴィット・コハヴ (Shavit Kokhav)