佐藤卓さんというフリーランスのコピーライターがいる。広告制作会社を経て2013年に独立し、コピーワークはもちろん、ライティング全般、ウェブデザイン、グラフィックデザインまで対応する多彩な人だ。さる高名なクリエイターと同姓同名であることから、名刺を差し出すと驚かれることも多いという。

 

そんな佐藤さんから昨年、「引越しをしました」という案内をもらった。奥さんと2人で暮らしていた渋谷にほど近い便利な場所から、都心までは電車で1時間ほどかかる神奈川県内の住宅地へ。聞けば新築で家を建てたのだそうだ。

 

都心から離れているとはいえ、そんなに安く家が建つような場所でもない。独立3年でマイホームを持つなんて、「佐藤さん、随分稼いでいるんだなぁ」と月並みな感想を抱いてしまったのだった。

身近な人の夢も叶えてあげられないなんて、ものすごく不自由

以前にもこのコラムで書いたのだが、僕はさまざまな事情で「賃貸派」だ。なるべく人生に可動性を持たせておきたいという思いもあって、首都圏に暮らしているうちは賃貸で通したいと考えている。家を持つということは「その土地に縛られる」ということにもつながるので、フリーランスには同じように考える人が多いのではないかと思っていた。

 

だから、勝手ながら佐藤さんの選択を少々意外に感じてしまった。

 

聞けば、佐藤さん自身はずっと賃貸派だったのだという。フリーランスで家を買うという発想は持っていなかった。でも奥さんの考えは違ったのだ。賃貸暮らしをしながら、「広くてきれいな家に住みたい」と口癖のように言っていたのだとか。

 

「妻の夢を叶えるために家を買ったんですよね」と佐藤さんは言う。

 

「『自由』を掲げるフリーランスが最も身近な人の夢も叶えてあげられないなんて、ものすごく不自由な人生じゃないですか? 自宅作業が多い働き方をするのなら、作業環境の面から考えても家を持つのは合理的な選択だと思ったんです」

 

ちなみに、同じフリーランスとしてどうしても気になってしまう住宅ローンの審査や手続きは、「思っていたよりもずっとスムーズに進んだ」という。一定の頭金を用意して、安定的な収入が続いているという前提があるからこそだが、確定申告書類の提出は2年分だけでOKだったというエピソードも。フリーランスが家を買うのは、人によっては案外ハードルが低いのかもしれない。

フリーランスという生き方に縛られる理由は一つもない

働き方改革というキーワードがさまざまな場面で踊る中、フリーランスという働き方はこれまでになく注目されている。現在会社員として働いているが、フリーランスに転身することを真剣に考えているという人も多いだろう。

 

実際にここ最近、僕は何人かの知り合いから「フリーランスって実際どうなの?」と相談された(自身の現状を語るしかないので、参考になる話がどこまでできているのか、微妙なのだけれど)。

 

ビジネスパーソンとして、あるいはクリエイターや職人として一定の経験を積んできた人なら、フリーランスとして成功するチャンスは大いにあると思う。個人のスキルや知見を上手に活用したいと考える企業は確実に増えている。

 

フリーランスを続けていけば、自らのビジョンが見えずに悩んだり、スキルの枯渇を感じて落ち込んだりすることもあるかもしれない。そのときはまた、柔軟に決断をすればいいだけだ。思い切って仕事の領域を大きく転換することは、フリーランスにとっては難しくない。企業に戻る道だってある。フリーランスという生き方に縛られる理由は一つもないのだ。

悩むなら、フリーランスをやってみたほうがいい

僕が会社員を辞めて、成り行きに任せる形でドタバタとフリーランスになってから、丸2年が過ぎた。この2年間で働き方に関する考え方はかなり柔軟になった。自由に働ける喜びと、その裏側にある責任や影響の重みを痛感する場面も経験してきた。

 

そして、家族と過ごす時間は以前よりもずっと充実するようになった。1年365日、家族と一緒に食卓を囲める夜が続くのは、かけがえのない価値だと思っている。

 

そんな日々を踏まえてこの生き方をレビューするなら、今のところは「ほぼ満点」だ。フリーランスをやるかやらないかで悩むなら、絶対にやってみたほうがいいと思う。働くということ、生きるということに対する考え方が大きく変わるはずだから。

ライター:多田 慎介

フリーランス・ライター。1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイトとして入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職に従事。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。