独立プロフェッショナルや若手経営者、キャリアプラン設計中のビジネスパーソンに送る、「ビジネスノマド・スキルアップ講座」。若手ビジネスパーソンのために、ビジネスモデルについての考え方やその事例を取り上げることで、ビジネスノマドが、そのスキルや知見を共有いたします。

注目を集めている企業のビジネスモデルについて触れていく、第3回の今回は、脱毛業界でいち早く破格的な価格設定で注目を浴びたミュゼプラチナム(後編)です。

無料ユーザーをプレミアムユーザーにする工夫

では、ミュゼのビジネスモデルをビジネスモデルキャンバス上で見ていきましょう。まず、対象となる顧客セグメントはムダ毛処理に悩む10代後半~40代の女性がメインターゲットになります。そのターゲットに対し、安くて便利で通いやすいといった価値提案で魅了し、かつ100円のプランでも全く手を抜かない施術を行うことで、非常に高い満足感を提供します。それが、顧客からの信頼となり、口コミが広がり、新規顧客の獲得に繋がります。また、ワキの脱毛に満足した一部の顧客は、他の部位も脱毛したい、ひいては徹底的に脱毛したいといったプレミアムユーザーに成長することになります。

一方のリソースや主要活動といった価値を提供するプロセスにも工夫が凝らされています。一般的なエステサロンの場合、スタッフは歩合制やノルマ制の契約社員であることが多いですが、ミュゼは、インセンティブなしの固定給の正社員で、かつ勧誘や営業活動を禁じています。また、高度な技術を必要としない施術方法を採用しているため、教育コストも抑えられています。これらにより、人件費を抑えることができますし、満足度の高い施術の実施や強引な勧誘を行わないことで信頼が生まれます。

低価格でのサービス提供を実現するために、ローコストオペレーションも徹底しています。他のエステサロンでは、脱毛以外の施術もありますが、ミュゼは脱毛のみに絞ることで、設備投資費用を抑え、効率性を向上させました。出店戦略も安定したサービスを提供するために全店直営店としているものの、スピーディーな多店舗展開と一地域での口コミを誘発させるために、ドミナント戦略(ある地域に集中して出店する戦略)を採用し、当初は広告費もかけなかったようです。

さて、ここまで見てきた内容でも、十分にビジネスとして成立するように見えます。しかし、プレミアムユーザーからの施術料だけで、完璧な施術を行う無料分の費用までまかなえるかは疑問が残ります。また、高橋社長が標榜する全てのサービスを無料にすることはこのままでは不可能と言えます。

本当の無料を目指す

そこで、ミュゼはさらにビジネスモデルに工夫を凝らしました。それは、三者間市場の実現です。全ての脱毛サービスを無料にするために、第三者にコストを負担してもらうビジネスモデルを考案しました。その中心となるのが、会員サイトです。ミュゼの会員サイトは、施術の予約・変更・キャンセルだけでなく、情報発信やECサイトの機能も付加しています。この会員サイトをどのように活用しているのか見ていきましょう。

再びビジネスモデルキャンバスに戻ります。新たな顧客セグメントは、女性向け製品・サービス提供企業になります。これらの企業にとっても、ムダ毛処理に悩む10代後半~40代の女性はメインターゲットになります。ミュゼは、同じ顧客をもつ企業に対して、①広告宣伝の場の提供、②アンケートや属性などのビッグデータの提供を行っています。

広告宣伝の場として、ミュゼは、会員サイト内では、サイトバナー・コンテンツ、メルマガ、会報誌などへの出稿、実店舗では、サンプリング、タッチ&トライ、優待券などの設置配布、POP、BGM・店内放送、などの媒体メニューを提供しています。出稿企業にとっては、メインターゲットにリーチしやすく、効率的なマーケティングを実施することができます。また、消費者にとっても、美容に関連して興味のある情報や無料のサンプルを得ることができ、win-win-winの関係を構築できていると言えます。

2つ目のビッグデータ提供については、230万人を超える顧客の属性データやアンケート調査結果を提供できるほか、モニター調査や座談会の実施も可能です。これほどまでの会員データは、非常に価値が高く、企業にとっては、喉から手が出るほどに欲しいデータと言えます。実際に、パナソニックとともに顧客データベースを活用して、限定コラボシェーバーを開発しました。

終わりに

ミュゼは、フリーミアムと三者間市場のビジネスモデルを参考に、現実世界でフリーのビジネスモデルを実践してきました。今のところ、全てのサービスが完全にフリーとはなっていませんが、将来的には、三者間市場をさらに発展させ、全ての脱毛サービスがタダで受けられるかもしれません。ミュゼの事例は、ICTの進展によって生まれたビジネスモデルが、ビッグデータ分析技術の進展により、現実世界でも適用できる可能性があることを示唆しています。当モデルについては、今後どういった展開をみせるのか、果たして成功するモデルとなるのか、引き続き注視されていることと思います。

*掲載数値、価格は、2015年5月現在のものです。

<参考資料>

専門家:小島慶亮
ビジネスイノベーションハブ株式会社/戦略パートナー。中小企業診断士。経営コンサルタント、セミナー講師。東京大学大学院修士課程終了後、外資系メーカー勤務。経営戦略立案、収益・生産性向上や業務改善のプロジェクト、法人営業等を経験。ビジネスモデルに関する研究を通して、執筆やセミナー講師を多数行うほか、中小企業支援にも活かしている。雑誌「企業診断」(同友館)の連載「業界最前線のビジネスモデルを追え!~勝ち組に学ぶ、儲かる仕組み」では、教育、小売、農業、日本酒業界を担当。酒蔵の経営コンサルタント、地域誘客プロジェクト立ち上げなど、地域に根ざした活動も展開中。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。