【VUCA】という言葉がある。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)の頭文字をとった造語であり、カオス化する時代を指すキーワードだ。1990年代にはアメリカの国防総省で「予測不能な時代」を指す言葉として使われだしたという。いま、それがビジネスの世界でも当たり前に使われ始めている。

10年前にいまの経済状況を予測していた人は皆無?

VUCAの時代

なぜ、いまVUCAという言葉が注目を集めているかというと、まさにいま「予測不能な時代」になっているからに他ならない。ごく最近の話でも、東芝がとうとうテレビ事業まで中国のハイセンスに売却することになると予測できていただろうか。相継ぐ不祥事に晒される三菱自動車、日産自動車の姿は? 10年前にそれらの企業に新卒で採用された人たちは、まさに鼻高々、勝ち組だったはずだ。

逆の話もある。名もないネット通販の会社に就職したら、その会社が日本を代表する企業に成長した。地方のちいさなメーカーに就職したら、外資系企業からのM&Aによって一気に大企業の一角に加わる。

10年どころではなく、数年で企業の栄枯盛衰がどんどん移りかわっている。今の仕事が成功しているからといって、なに1つ安心できない。それがVUCAの時代だ。その時代においては、これまでとは違う“力”が必要なはずだ。そのVUCAの時代を生き抜くために必要な力を3つ、紹介する。

まさにVUCAを体現する人物・堀江貴文が示す『多動力』

多動力

一つ目は、あの堀江貴文氏が提唱する『多動力』だ。

堀江氏がいう多動力とは次のように提議されている。

いくつもの異なることを同時にこなす力のことを言う。(同書4P)

これまでは「1つのことに集中しなさい」と言われたものだ。同書の中でも、例えばスポーツ選手を例に出して「本田佳佑選手のように、サッカー選手でありながら経営をやったり、教育事業を手掛けたりすると『本業をおろそかにしている」とたちまち批判される」と指摘している。

先行きが見えない時代では、1つのことに集中することは危険だ。だからこそ、「同時にいくつものことをこなす多動力」は欠かせないということになる。たくさんのことをやっていれば、1つがダメになっても心配はいらない。投資で言うところの分散投資だ。投資の世界では当たり前のことだが、生き方のことになると「分散」、多動力はこれまで批判されがちだ。

他にも以前話題になった「寿司屋の修行は意味がない」、「飽きっぽい人ほど成長する」、「仕事を選ぶ勇気」「知らないことは恥ではない」「永遠の3歳児たれ」など、ショッキングにも思える内容が続くが、よく読むとどれも“筋が通っている”、理路整然と「それは違う」と言いきれる内容は少ない。あるとすれば「感情的に受け付けない」という反応だと思われる。あえてそう編集されていると思うが、キャッチーな見出しは気にせず、中身を読むと正統派の自己啓発本だと気づかされるだろう。

実は、かつては誰もが「多動力」を持っていた。

そうあなたが3歳児だったころ、「多動力」は確実にあなたの中にたっぷりと備わっていたのだ。

(中略)

しかし、多くの人は、子どもから大人になっていく中で「多動力」がみるみるうちに涸れていく。

(中略)

つまり、今の時代に生きる僕たちは、マインド次第でいくらでも若返れる。

(中略)

いつまでも未知なるものを求め続ける「3才児」であろう。(同書203~204P)

業績不振の企業を建てなおし続けてきた異端の経営者・伊藤嘉明氏が語る『差異力』

差異力

続いては、『差異力』だ。これは、現在、X-TANKコンサルティングの代表を務めつつ、ジャパンディスプレイでCMOとして事業再生にとり組む伊藤嘉明氏の著書だ。

IT業界の寵児として一般的にも知名度が高い堀江氏とは違い、伊藤氏は知る人ぞ知る「異端の経営者」。アメリカでMBAを取得後、コンサルティング会社でコンサルタントとして働き、その後日本コカ・コーラ社に転職、さらにデル、レノボとPCメーカーで実積をあげ、アディダスジャパン、ソニーピクチャーズ、ハイアールアジア(現アクア)と要職を歴任。経営不振の企業を再生させる手腕が高く評価されている。

経歴を見れば、「異端」と呼ばれる理由がわかる。まず業界がばらばらで、一貫性がない。通常は、実績を積んだ業界でキャリアを重ねていくものだが、同じ会社、業界に5年といない。日本の社会では、あまりいないタイプだ。詳細は以下の記事を見て欲しい。

差異化し、変化を求めていく。そして、意識不明状態の日本企業を揺さ振って、覚醒させる。

伊藤氏は、自分自身が働く中で、実績を残すことが出来た背景に『差異力』があったのだという。そして、『差異力』を次のように定義している。

違和感は直感でもあり、肌感覚でもある。

「何かが違う」「何かしっくりこない」「嫌だ」

そういう直感を妥協せずに信じて、「違ってもいいんだ」を意識することが大切だ。

それが発想力と行動力につながる。それが差異力になる。(同書10P)

よくビジネスの世界で「差別化」という言葉が使われる。ここで言う差異化は、差別化とは少し違う。

人は大きな敵に出会うと、その敵に同化するか、差別化するか、2つしか選ばないそうだ。強大な敵と同化すれば楽だ。徹底的に差別化すれば、戦えるかもしれない。

 (中略)

差別化は敵を生むだけだ。経験豊かな先輩たちに「それは間違っている」と言い続けても頑なに拒まれ、敵になるだけだ。「差異化」は違う。自分自身の違いは示すけれど、土俵を割らない。共に仕事をしていくために「分かれない」。だから差別化ではなく、差異化なのだ。(同書66P)

終身雇用、年功序列が生きていた時代ならば、大きな組織に同化することもよかったが、VUCAの時代では違う。『差異力』を持っていないと、呑みこまれてしまうという。実際、経験がない業界に転職しても伊藤氏は憶さない。むしろ「知らないことを武器」にして成果を出してきている。前述の堀江氏とタイプも経歴も似ているところは一つもないが、よく読み込んでいくと、共通項が見えてくる部分もある。

皆が感じる「違和感」は、差異力の源だ。他と違うことは良いことなのだ。

(中略)

自分が感じた違和感を決して忘れないことだ。違和感を持ち続け、疑問にすること、気づきにすること、それが「差異力」になる。そしてそれは特別なものではなく、前向きな人たちだけが持っている力なのだ。違和感こそが、差異力の源だ。(同書221P)

同書では、伊藤氏の実積をそこで発揮されていた『差異力』が紐解かれている一方、誰もが『差異力』を持つことが出来ると強調されている。

先が見えないときに“決める”ための力、慶應大学教授・印南一路氏の『選択力』

選択力

最後に、これまでのビジネスでの実積豊富な人物が提唱する力とは、毛色が違うものを紹介したい。それが『人生が輝く選択力』だ。

本書全体を通じて伝えたいのは、意思決定の方法そのものの理解を深め、対処のテクニックを学べば、だれでも自信を持って「選択」できるようになるということです、

人生は意思決定の連続です。本書を通じて「選択力」を磨き、あなたの人生をさらに輝かせてください。(同書9P)

先が見えない時代だからこそ、「選択」する機会が増える。そこで意思決定する力、「選択力」が求められるが、本書は慶應義塾大学で総合政策学部教授を務める印南氏。東京大学を卒業後、大手都銀、厚生労働省に勤務した経験もある。

先に紹介した2冊とは違い、本書は教科書のように「意思決定の手法」を紹介してくれる。「総合評価法」「突出評価法と事前選抜」「自動選択機」「集団力学による意思決定」「思考を大きく発散させて効率的に収束させる技法」が列記されている。なかでも興味深かったのは、冒頭で紹介される「総合評価法」だ。

今は一つの選択肢を見るとき、一つの評価基準でしか見ていない。あるいは、一つの基準でしか全部の選択肢を見ていない。今回のようにどの選択肢も完璧ではない、つまり「帯に短し、たすきに長し」のような状況では、全部の選択肢を全部の評価基準で、しかも同時に評価する必要がある。(同書32P)

ここで例示されているのは、就職の際に複数の内定があった場合にどの会社を選ぶべきかということ。A社は給料がいいが勤務地は遠い。B社は業績の先行きに不安がある。C社は出征に時間がかかりそうだというように、複数の評価基準で異なる評価がされるようなときに、総合評価法を使うという。

他にも多くの選択技法が紹介されているが、どれもきわめて論理的だ。

そもそも人生とは選択の連続だ。そしてどの国だろうと、どんな時代だろうと、誰だろと、意思決定には多くの困難が伴う。だからこそ、その判断をよりすぐれたものにすべく、いろいろな技法がうまれてきたのだし、それを学ぶことで多くの実りが得られるのも明白だ。(同書202P)

先に紹介した2冊を読んだ上で、「何をどう選ぶか」を決める際に、本書の選択力を用いるとおもしろい。

3つの力を組み合わせてVUCAの時代を生き抜く

先行きが見えない時代、自分にどんな力が必要なのか、考えてみるべきだ。そして『多動力』『差異力』『選択力』の三つは、共存し、相互作用によって一層、大きな力になるように感じられた。

3つの力を学べる3冊

取材・執筆:里田 実彦

関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。