フライヤー×サーキュレーションの「知見と経験の循環」企画第10弾。
経営者や有識者の方々がどのような「本」、どのような「人物」から影響を受けたのか「書籍」や「人」を介した知見・経験の循環についてのインタビューです。
今回登場するのは、田中美絵さん。コピーライターとして30年以上にわたり、テレビCM、新聞、雑誌、カタログなどの広告制作・広報に携わり、シャネルの新聞広告にて朝日広告賞特別賞を受賞するなど受賞多数。
並行して朝日新聞紙上に、経営者、著名人の取材記事を毎週掲載。大前研一さんや稲盛和夫さんなど、取材相手は延べ1600人以上にのぼります。
2014年には、「世の中の社長の言葉を磨き上げる」というミッションのもと、株式会社社長の言葉研究所を設立。経営者の言葉構築、広報のコンサルティングを行っています。
田中さんのこれまでのキャリアと、その生き方を支えてきた想いとは?
目が釘付けになったポスターが、コピーライターの道を開いてくれた
Q:資生堂やポーラのCMコピー、無印良品の製品広告など様々な広告を手掛けてこられていますが、コピーライターを目指された経緯をお聞かせください。
田中 美絵さん(以下、田中):
コピーライターになる前に実は銀行員を1年やっていたんです。家を継ぐために東京から京都に移ったものの、保守的な環境で、当時は私のように働く女性もほとんどいない。まるで前途が閉じられたような気持ちでした。
そんなとき、暗く古い建物に囲まれた道でたまたま目に入ったのが、キラッと光る資生堂の店舗。近づくと、「彼女はフレッシュジュース」と書かれた綺麗なポスターに目が釘付けになった。こんなキラキラした世界が広がっているのだと。
「私、こっち(広告)の世界にいくわ」と決め、上京してグラフィックとコピーライティングを学び、広告会社に引っ張ってもらったのです。そこでは3年半お世話になり、とにかくコピーを鍛えられましたね。『クリニーク』という化粧品ブランドの立ち上げ当初から、カタログや雑誌・新聞広告など、丸ごとコピーを手掛ける機会をいただきました。
Q:その後、独立の道を選ばれたとのことですが、どのような経緯があったのでしょうか。
田中:
私、欲張りで怖いもの知らずだったんです。クライアントを数社担当して満足するのではなく、「もっと色々なクライアントに関わりたい」という思いが芽生えていました。そこで、コピーの仕事と並行して、朝日新聞でのインタビューと記事執筆の仕事も手掛けるようになったんです。
あとは、守られた環境から出て武者修行が必要だと思っていたのも、独立の後押しとなりました。独立後もお仕事のご紹介をいただけたり、広告の新人賞受賞を機に依頼がきたりというように、徐々に担当するクライアントが増えていき、食べていけるだけのお金を稼げる状態になっていました。
コピーライターが脚光を浴びてきた時代。追いつめられて見えた、100本ノックの本当の意味
Q:広告のお仕事をする中で、壁にぶつかったことや、岐路に立たされた経験はありましたか。
田中:
独立して3、4年は、苦しいときがたくさんありましたね。
私が独立した頃は、ちょうど糸井重里さんのようなコピーライターが脚光を浴びてきた時代で、西武百貨店の「おいしい生活」というキャッチコピーが一世を風靡していました。でもなぜこのコピーが何億もの宣伝費を動かすのか、正直言って当時の私にはわからなかった。そのうえクライアントは、商品に思い入れがあるから、自分たち目線で商品のスペックばかりを言葉にしようとする。するとお客さんの心がどんどん離れていってしまう。薬事法による表現の制約と、クライアントの想い、そしてコピーの受け手に伝わる表現。これらに挟まれて、広告代理店にコピーを提出する前日になってもコピーが思い浮かばず「逃げてしまおうか」と思い詰めてしまう日さえありました(笑) 。
ですがあるとき、コピーライターは「商品とコピーの受け手との間に橋を架ける存在」なんだと気づきました。
100本ノックとは、100本コピーを考えようとするのではなくて、まず商品を買ってくれるお客さんを100人思い浮かべる。例えば、保湿クリームを買ったお客さんを100人思い浮かべる。女子高生かもしれないし、新婚ほやほやの奥さんかもしれない。お客さんが蓋を開けて保湿クリームを塗るシーンを鮮明に思い浮かべていくと、100本のコピーをつくれるようになったんです。
Q:そんな葛藤と闘われた時期もあったのですね。逆に、独立してよかったことは何でしたか。
田中:
面白いと思ったら自由に挑戦できることかな。何より、外から色々な仕事を受ける中で自分に足りないスキルが見えてくるから、それを補うピースを探して埋められるのは大きなメリットです。
私はつい猪突猛進になってしまうけれど、受け手の心に届くコピーを書くためには、まずは一番近くにいるクライアントの想いをしっかり汲み取らないとダメだということも、独立してから実感することができた。
例えば「ヒット商品にしたい」というオーダーでも、短期間で話題性を追う爆発力なのか、すぐには大きな反響がなくてもじっくりとろ火のようなロングセラーに繋がるヒットなのかで、表現が違ってきます。広告は映像や音楽も含めていくつもの要素の集合なので、爆発力を目指す場合は、これも例えばですが、ある意味やんちゃ坊主のような勢いやエネルギーが言葉に宿っている必要があります。とろ火のロングセラーは、真摯なお父さんのように、本質を捕まえた表現が求められるといった感じでしょうか。
心を打たれた資生堂名誉会長の福原氏の言葉
Q:コピーライティングと並行して、これまで1600人の方をインタビューされてきたのもすごいなと思います。これまでインタビューされた中で、特に印象に残っている方は誰でしたか。
田中:
資生堂名誉会長の福原義春さんですね。
福原さんのインタビューで印象的だったのは、「ビジョンや文化がない会社はつぶれる」ということ。それを家庭生活にあてはめて話してくださった。妻が夫にもっと稼いでと尻を叩いても、子どもにもっと勉強しろと言っても、現実至上すぎて息が切れる。むしろ、どんな家庭にしたいか、子どもをどんな思いで育てているのかという母親なりの文化を言葉にすることが必要だと語っておられました。
福原さんには、女性としての生き方という面でも一番励ましをもらいました。『美しく年を重ねるヒント』という本を監修出版されていて、日本でアンチエイジングという概念を広めた先駆者です。女性には女性の文化があるし、年を重ねていった人ならではの文化も存在するのだとおっしゃっていますね。だからいくつになっても、やりたいことは迷わずおやりなさいと背中を押されました。当時40代後半に差し掛かろうとしていた私は「もう若手に道を譲ったほうがいいかな」と悩み始めた時期だったので、この言葉がグサリと刺さりましたね。
Q:田中さんの「世の中の社長の言葉を磨き上げる」という仕事の中で心がけている点はありますか。
田中:
目標は、会社と社長のブランディング、そしてプロモーションに寄与することで「業界にこの人あり!」と世間の人に認識してもらうことですね。
社長のインタビューから、「メディア対応向けの言葉」、「広告制作用に使う言葉」、そして「社内のモチベーション向上のための言葉」という3つのブロックをつくっていきます。ブランドって、外からラベルを貼りつけるのではなく、社長や社員の声といった「内にあるもの」から紡ぎ出していくものだから。
経営者はメディアなど外部に対して言葉がつっぱりがち。でも、こちらがよく調べつつ、2, 3時間じっくりお話を伺っていくと、「なぜこの会社をやっているのか」「どんな会社にしていきたいのか」という社長の本音が出てくるんです。
Q:独立を考えるビジネスパーソンへのアドバイスをいただけますか。
田中:
「基礎となる力を完璧に身につけてから独立する」という考えでいると、機を逸するおそれがあります。飛び出してみたいと思い始めた人には、私はよく「Yes/Noノート」をつけることを薦めています。
例えば、「今やっている仕事、好き?」「ITはとにかく得意?」「スピーチは好き?」などと自分の価値観を映し出すものを書いていくと、自分の資質や本当に好きなことが見えてきます。やがて「やめろと言われてもやりたくなること」がつかめれば、独立の道を選んでも大丈夫。好きなことならこれからいくらだって吸収できますから。
女性はピリオドを打たない生き方を
Q:ある調査によると、50代後半に就労経験がある60~69歳の男女2600人のうち、定年後も約7割が仕事を継続していたそうです。今後は、シニアはもちろん女性もノマドワーカーなど新しい働き方を選んでいくケースが増えると思いますが、活躍し続けるために心がけるべき点は何でしょうか。
田中:
大事なのは、自分に自信があるかどうかを定期的に確認すること。そして自分の専門性が世の中で古びていないかどうかということですね。
シニアはどうしても現場に疎くなりやすいので、現場感覚や新しい知識など自分に足りないものを身につけていくことが必要だと思います。「昔取った杵柄(きねづか)」にこだわり過ぎるのではなく、過去に培った実力を今の目の前の仕事に落とし込んで、常に新しいページを書き込んでいくことがカギ。
女性の場合も同じ。もし仕事を離れて家庭に入っているブランクがあっても、アンテナを立てておけば情報が入ってくるので大丈夫。例えば日経ビジネスや日経MJなどを読んで、今後復帰を考えている業界のニュースを必ずチェックしておけば、その知識が後に活きてくる。女性にはピリオドを打たない生き方を目指していってほしいと思います。
取材・インタビュア/松尾 美里/加藤 静
撮影/加藤 静
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コピーライター・インタビュアーのプロである田中さん。
多彩な発想、引き出しはどんな経験から生み出されたのでしょうか。
ご著書『仕事力』のインタビュー舞台裏に迫ります。
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