これまでに三度の起業に携わり、並行して技術者コミュニティ「html5j」を立ち上げ、日本最大規模(6500名超)に成長させた株式会社オープンウェブ・テクノロジー代表取締役の白石俊平さん。思い切ったリセットと新たな挑戦を繰り返してきたその知見を生かし、現在は日本のIT技術力を底上げするためのキュレーション・サービスを展開している。

 

後編では、現状に満足することなく新しい挑戦を続けてきた白石さんのキャリア観について、そして、コミュニティを軸とした新たなイノベーションのあり方について話を聞いた。

「仕事と収入を捨てる」という決断

Q:白石さんがご自身の事業と並行して立ち上げた「html5j」は、6500人超が参加する日本最大級の技術者コミュニティとなりました。どのようにして活動を広げていったのでしょうか?

白石俊平さん(以下、白石):

当初は8人の参加者から始まった勉強会でしたが、どんどん参加者が増えていって、数カ月もしないうちに約100人まで増えました。GoogleMicrosoftといった世界的な企業とも頻繁にコラボする機会があり、コミュニティ活動がどんどん面白くなっていっていきましたね。

一方で自身の会社活動はいまいち楽しくなくて……(笑)。コミュニティ活動に時間を割きたいと思い、仕事を捨てて1本にしたんです。収入はゼロになりましたが、html5jに集中できるようになり、2000人規模のイベントも開催することができるようになりました。

Q:「仕事を捨てる」「収入を捨てる」というのは、なかなかできない決断のように思います。

白石:

本当は会社の仕事もコミュニティ活動にうまく融合させ、マージさせていきたかったんですが、実際のところできなかったんですよ。コミュニティ活動のメーリングリストに「自分の仕事とマージするにはどうしたらいいか」と相談したこともありました。

何でも動いてみるもので、その相談に対して、普段レスポンスのないコミュニティの人たちがたくさん返信をくれたんです。「毎日キュレーションしてポストしている情報を有料にしても読みますか?」と聞いたら、応援してくれる人もたくさんいて。それで「これ1本にしよう」と決断しました。実際には、収入が0だった期間は半年ほどでしたね。

Q:この決断の背景には「生きていくためなら、いつでも自分は現場に戻れる」という自信もあったのでしょうか?

白石:

「エンジニアは相当潰しがきく職種だ」という思いはありました。1年休職しても、技術のキャッチアップさえ欠かさなければ次の就職先を見つけるのも難しくはないだろうと。

起業するにしても、フリーランスとして生きていくにしても、自分を信じて「何とかなるだろう」と楽天的に思い切る気持ちが必要だと思いますね。

「道が2つあったら危険なほうを選べ」

Q:白石さんの歩みを伺っていると、過去の実績に固執せず、まさに「思い切り良くリセット」して新たな挑戦を始めているのだと感じます。これまでに何度も、あえて一気にリセットしてきたのは何か理由があったのでしょうか?

白石:

それまでの積み重ねをリセットする瞬間はいつも怖いんです。でも、「リセットするからこそ力が出てくる」という感覚がある。私は、やりたいことをやっているときは大きな力を発揮するんですが、やりたくないことには全然燃えないタイプなんですよ。飽きっぽいですし(笑)。

私は昔から芸術家の岡本太郎さんが好きで、『自分の中に毒を持て』という著書にある「道が2つあったら危険なほうを選べ」という言葉を座右の銘のように大切にしているんです。「危険な道のほうがやりたいことなんだ。安全な道でやりたいことをやれているのなら、もう一つの道なんか見えてくるわけがない。もう一つの道が見えてきてしまったのなら、それはあなたにとって絶対にやりたいことなんだ!」と。

Q:ゴールに向かっていく道のりを楽しんでいらっしゃる感じですね。

白石:

いや、むしろ一歩目ですかね。「ゼロイチ」が好きなんですよ。1を100にするのは苦手ですが、0から1を生み出すことにはとてもワクワクします。今取り組んでいる「メディア」は幅の広いサービスで、次から次へとアイデアを付け加えていけるプラットフォームでもある。そういう意味では、私の性に合っているのかもしれません。

人々の興味関心に目を向け、コミュニティ発のイノベーションを

Q:現在は、コミュニティとどのように関わっていらっしゃるんですか?

白石:

html5jについては、私自身の関わりはほとんどありません。コミュニティの現代表がオープンウェブ・テクノロジーに参画してくれているので、情報共有は頻繁に行っています。

今後は、TechFeedに関する新たなコミュニティも作りたいですね。

Q:非エンジニアの世界でも、コミュニティを軸にしたオープン・イノベーションは活発になっていくのでしょうか?

白石:

コミュニティが生み出す価値や、コミュニティ活動そのものが注目されているので、それぞれの分野で盛んになっていくのではないでしょうか。

コミュニティ活動の核心は「人々の興味関心」だと思うんです。興味関心の切り取り方と、うまいコピーライティングが組み合わされば、大規模な活動や新たな価値の創造につながっていくはず。それをオンラインなのかイベントで表現するのかというのはあくまでも技術論で、基本は「人々のどのような興味関心に目を向けるか」と考えることが重要です。

Q:白石さんご自身は、なぜそこまで日本のエンジニアの皆さんに尽くしてらっしゃるんですか?

白石:

最初から尽くしたかったわけではないんです。楽しいからやっていただけなんですよね。エンジニアのときは「作りたいものを作る」という仕事はなかなかできませんでした。ゼロイチじゃなくて、誰かが用意した「1」を発展させたり解決したりといった案件が多かった。でも私は「0」から価値を生み出す仕事がどうしてもやりたかったんですよ。

コミュニティが継続してスタッフが増えてくると、活動の方向性を指し示すことも必要になっていきました。「何のためにやっているんだっけ」と目的に立ち返ることがあれば、「エンジニアのためにやっているんだよね」と。

コミュニティ活動をリセットして、スタートアップに力を入れようと考えた当初は、エンジニア向けの事業をやっていくつもりはありませんでした。でも結局、今はそういう事業をやっている。「戻ってくるつもりはなかったんだけど結局戻って来ちゃった」という感じですね。

「ゼロイチで価値を生み出す」ことに挑戦し続ける

Q:戻ってきたのは「あえて選んで」ですか? それとも自然に?

白石:

スタートアップがやりたかったんですよね。でも言葉だけで、何も知らなくて。ビジネスのアイデアの出し方とか、本を読んだだけでは掴めないわけですよ。アイデアが思い浮かんでも、「実際にビジネスにするのは無理かもなあ……」とか考えてしまって。散々考えているうちに、結局やりたいことはスタートアップであり、同じく事業としてやりたいことはエンジニア向けのサービスなんだと気付きました。スタートアップの中でも、自分たちのやりたいこと、得意分野だけをやっていくというスタイルですね。

Q:そういった意味では、html5jでやっていたエンジニア向けのサービスと、今TechFeedで提供しているエンジニア向けのサービスでは、まったく入り口が違うわけですね。

白石:

そうですね。非営利活動をリセットしたのは、そこに限界を感じていた部分も正直あって。私たちのコミュニティはエンジニアの興味関心からという、もっともピュアなところから始まったので、お金についてはノーケアで、揉めることもあったんですよ。営利活動としてやるにあたっては、きちんと稼いできちんとエンジニアに貢献していくことを念頭に置いてやりたいな、と。もちろん非営利活動で培ったものも自分の中に残っているので、それも含めてハイブリッドでやりたいと思っています。

Q:サラリーマンを経験し、フリーランスを経て、起業も三度実行、さらにはコミュニティやスタートアップと多彩な活動を展開されてきましたが、今後はどんなことをやっていきたいとお考えですか?

白石:

私が人生を通じてやりたいことは決まっています。「ゼロイチが好き」だというのは分かっているので、それをやり続ける存在でいたいと思いますね。今の会社も、バイアウトするようなことがなく、順調に独立した存在でいられるのであれば、ゼロイチで価値を生み続ける組織にしていきたい。もしそれができなければ、他社の新規事業を手伝ったり、もしくはまた新たに起業したりと、別の挑戦を始めるかもしれません。

「この世にすでにあるものを育てていく」のではなく、「必要としている人のために新たな価値を創造する」。そんな活動をこれからも続けていくのだと思います。

 

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

専門家:白石 俊平

株式会社オープンウェブ・テクノロジー代表取締役として、Web標準技術に関するコンサルティングや開発に従事。
Web技術者向け情報メディア「HTML5 Experts.jp」初代編集長。
日本最大(6,500名超)のHTML5開発者コミュニティ「html5j」ファウンダー。
その他HTML5や勉強会主催、Web先端技術味見部・部長など、Web先端技術に関する情報発信とコミュニティ活動を継続的に行う。
Google社公認Developer Expert (HTML5)、Microsoft社公認Most Valuable Professional (IE) 。
著書に「Google Gears スタートガイド」(2007, 技術評論社)、「HTML5&API入門」(2010, 日経BP)など。監訳に「実践jQuery Mobile」(2013, オライリー)など。