1970年代、日本マクドナルドは国内におけるフランチャイズビジネスの草分け的存在として、急速に店舗網を拡大していった。外食産業がその後を追い、現在では流通から生活サービス、介護など幅広い業種がフランチャイズ展開を進めている。

消費者の心をつかみ、成功を収めるフランチャイズビジネスには何が必要なのか? そのヒントを得るため、マクドナルドやタリーズコーヒーでの店舗開発を経て日本フランチャイズ総合研究所の主任研究員を勤めた「フランチャイズの伝道師」、水野唯広氏に話を聞いた。第1回ではマクドナルド時代の経験をもとに、事業展開における「ローカライズ」の重要性について語っていただいた。

「カタカナ表記の看板」に込められた思い

Q:日本におけるフランチャイズビジネスの黎明期に、水野さんはマクドナルドで店舗開発を進めていらっしゃいました。どのようなコンセプトで展開していたのでしょうか?

水野唯広(さん(以下水野):

マクドナルドの成功を語る上で欠かせないのは、「ローカライズ」の観点です。

今から45年前、アメリカから日本にマクドナルドが上陸した当時、「マックのハンバーガー」は誰も見たことも食べたこともない商品でした。その状態から最盛期の3900店舗にまで拡大できた理由は、「アメリカの文化を日本向けにアレンジしたから」なんです。

たとえば、かつてマクドナルドの看板はカタカナだったんですよ。「マクドナルドハンバーガー」と。一切アルファベットは使っていないんです。創業者の藤田田さんには、「これはアメリカの食べ物だが、我々がこれから始めるのは日本食として売る事業だ」という考えがありました。だからアルファベットを一切使わせなかった。

実は私の中では「アルファベットのほうが格好良いな」という思いもあって、北海道のある店舗で一軒だけ、勝手にアルファベット表記の看板を掲げたことがあったんです。しかしすぐに見つかってしまい、交換させられました(笑)。

Q:看板一つをとっても、日本人の感覚に合わせることが大切だったということでしょうか?

水野:

そうですね。日本人の味覚に合わせた商品作りと同じくらい、看板は大切だったんです。それが「商品・ブランドをローカライズする」ということ。しかし藤田さんが退いてからはアメリカ本社の資本が増えたこともあって、徐々にアメリカ流のやり方に変わっていきました。看板がアルファベットに変わったのもその頃です。

だけど、アメリカ式は日本人には合わなかった。向こうで成功したことを日本でも再現しようと、いかにもアメリカっぽい60年代風、50年代風のCMを流したり、とても大きなサイズのハンバーガーを発売したりという変化がありましたが、あまり受け入れられませんでした。そこに輪をかけて食品の偽装表示問題があり、売上が前年比で20パーセントも30パーセントも落ちてしまった。現在の経営陣には海外出身者が多いですが、「日本の社会で成功するためには日本人が望むことをやるべき」という原点に立ち返ることが、業績回復への近道だと思います。

最近では「名前募集」バーガーが話題になっていますが、あれは頭に「北海道産」と付いているところが重要なポイントだと思う。日本産の食材で作った、日本人向けの商品を売り出そうとしていますね。

外国人経営者は、まず伊勢神宮に参拝すべき

Q:そうしたローカライズを意識するためには、何が重要だとお考えですか?

水野:

海外出身の経営者の場合で言うなら、何よりもまず日本人を理解して、日本人に受け入れられる店舗作りをすることですよ。

私はいつも思うんです。海外から日本に赴任してきたら「まず伊勢神宮に参拝するべきではないか」と。できれば現地で一泊二日ほど過ごして、和食を味わって、それから都心のオフィス街に入ればいい。そうやって日本人の精神を理解してから仕事を始めるだけでも、かなり違うと思いますよ。

これはもちろん、日本人が海外でビジネスを展開する上でも同様です。現地の文化を理解し、商慣習を理解する。できれば、現地法人の運営もスタッフもすべて現地の人たちに任せるのが理想ですね。企業は、ノウハウを提供することによってフィーを獲得する。ローカライズとはそういうことです。

「日本の主婦は忙しい」という事実をつかめなかったスーパー

Q:ローカライズが上手くいかなかった場合の失敗例には、他にどのようなものがあるのでしょうか?

水野:

ローカライズができなかった企業はすべて失敗し、撤退しています。日本にはハンバーガー以外にもさまざまなビジネスが上陸しましたが、ほとんどは失敗して撤退しているんです。フランスの大手スーパーマーケット「カルフール」もその一つ。

マクドナルド時代、日本進出に向けて動いていたカルフールから相談を受けたことがありますが、その方針を聞いて「これは失敗するのではないか」と感じていました。どういう売り方をするかというと、たとえば鮮魚コーナーであれば「今日はどんな料理にしますか?」と丁寧にお客さまにヒアリングしてから調理や加工を始めると言うんですよ。でもね、日本の主婦は忙しいんです。そんなに時間をゆっくり使える人はそうはいません。切り身で、すぐに調理できる状態になっていないと日本では商売にならないんです。

また、とある店舗では、なんと当日で賞味期限が切れる牛乳を売場に陳列していたという「事件」がありました。日本人の感覚では、とても買えないですよね。これらは典型的な例ではありますが、いかにローカライズが事業展開に必要不可欠かを分かりやすく示していると思います。

 

《 編集後記 》

「郷に入っては郷に従う」。新たな地での事業開拓に必要なローカライズとは、その土地の文化を理解し、商売を委ねる度量の広さなのだと水野氏は語る。幾多の成功例、失敗例を知る水野氏だからこそ、フランチャイズ事業や新規事業の展開を考える企業へのコンサルティングで提供するノウハウに深みがあると感じた。

次回は、マクドナルドの驚異的な店舗開発スピードを支えた方法論について、詳しく話を伺いたい。

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:水野 唯広

1976年に日本マクドナルド入社。店長、統括SV、本社営業本部を歴任し、店舗用新規POSや店舗オンラインシステムの開発・導入をリード。その後は店舗開発部長として、正確無比な収益シミュレーションで年間300〜400店舗の出店を手掛ける。
2005年にフードエックス・グローブ(現タリーズコーヒージャパン)入社。店舗開発部長として日本全県を対象とした新規出店計画をハンドリングし、営業・販促。評価制度など事業全般に関わる社内サポートを実施。フランチャイズ契約管理も担当した。
2013年、日本フランチャイズ総合研究所に主任研究員として入社し、フランチャイズ事業全般における企業向けコンサルティングに従事。外食、美容室などさまざまな業種のフランチャイズ展開を支援している。