1970年代、日本マクドナルドは国内におけるフランチャイズビジネスの草分け的存在として、急速に店舗網を拡大していった。外食産業がその後を追い、現在では流通から生活サービス、介護など幅広い業種がフランチャイズ展開を進めている。
消費者の心をつかみ、成功を収めるフランチャイズビジネスには何が必要なのか? そのヒントを得るため、マクドナルドやタリーズコーヒーでの店舗開発を経て日本フランチャイズ総合研究所の主任研究員を勤めた「フランチャイズの伝道師」、水野唯広氏に話を聞いた。第2回では、年間300〜400店舗という驚異的なスピードで出店を拡大していったマクドナルドの戦略と、フランチャイズモデルの展開について語っていただく。
社員の将来のために、フランチャイズ制度が動き始めた
Q:マクドナルドは、日本のフランチャイズビジネスにおける最初の成功例だと言われています。どのような経緯でフランチャイズ制度が始まったのでしょうか?
水野唯広さん(以下水野):
マクドナルドも当初は資金力がなく、手っ取り早く店舗展開を進めるための方法としてフランチャイズ方式を取り入れたんです。しかし、この制度にはマクドナルドのブランドを大切にするが故の「欠点」がありました。なんと、オーナーになるための最初のトレーニングに1年半もかかるんです。
どこかの会社の経営者が名乗りを挙げたとしても、その人自身がマクドナルドの店舗で1年半働かなければならない。これがハードルになってなり手が現れず、しばらくは直営のみで出店していました。
Q:順調にフランチャイズ加盟が進んでいたわけではなかったのですね。
水野:
はい。そうこうするうちに、違った側面からフランチャイズ制度を運用する必要が出てきました。直営店社員の将来設計を考えなければならなくなったのです。40代、50代になってもずっと現場の店長をさせているわけにはいかない。そこで「社員独立制度」を始めました。社員にとっては自身がオーナーとなって店を持てるというメリットがあり、会社にとっては研修期間なしですぐにフランチャイズ店舗を開業できるというメリットがありました。
社員の将来を考えての取り組みだから、絶対に失敗させることはできなかった。だから新店舗ではなく、しっかりとした営業実績のある既存店を任せていきました。売上を鑑みてロイヤリティの料率を勘案することもありましたね。独立する側も安心して始められたと思います。現在3000店舗あるうちの約2000店舗がフランチャイズですが、元社員がオーナーを務める店がとても多いんですよ。
個人的な業務改善の工夫が、POS開発・導入のきっかけ
Q:水野さんは店舗用のPOS開発にも携わっています。これもフランチャイズ展開を進めるための戦術だったのでしょうか?
水野:
創業間もない頃は、毎週、毎月、さまざまな帳票を作っていました。原材料費や売価をこまかく計算していましたが、当時は電卓が1台20万円もするような時代だったので、そろばんで朝までかけて計算したものでした。
「何とか効率化できないものか」と考えて、出回り始めていた「マイコン」(初期のパソコン)を個人的に購入したんです。メモリーは8キロバイトで3万円もしました(笑)。せっかく買ったので、使わないともったいない。プログラミング言語の「BASIC」を使って自分で帳票類を整理するためのプログラムを作ってみたところ、朝までかかっていた計算がなんと20分でできるようになりました。レジのIT化が始まりつつあった時代だったので、その取り組みをきっかけにして会社から声が掛かり、新しいPOSを提案したんです。
たまたまIT技術の進化の時代にマクドナルドの店舗が増え続けていて、タイミングが良かったんでしょうね。これがもし、2000店舗を超えているような時代にIT技術が追いついていなかったら、導入コストがかかりすぎて、それ以上多店舗展開をしようという発想すら出てこなかったと思います。
「5000店舗分の出店シナリオ」を迅速な決裁で進める
Q:出店時の収益シミュレーションでは、実際の出店後の収益が予測値と比べてプラスマイナスともに10パーセントの範囲を超えてしまうと減点評価をされていたそうですが……。
水野:
はい。実際の出店後にプラスマイナス10パーセント以上の誤差があると、調査部のボーナスがなくなってしまうんです(笑)。シミュレーションに際しては、人口比率などの行政データを取り込んだマクドナルド独自の地理情報システムを使っていました。日本全国を500メートル単位のメッシュで区切って、その範囲内の行政データを把握できるようにしたんです。「この場所に店を出せばいくら売れるか」という情報を、日本全国で5000店舗分、最初からプロットしていたんですよ。
比較表に60項目程度、売上に影響する因子を出して、出店検討地の条件に近い既存店の情報を抽出して現地を見に行くんです。そうした「類似法」によって売上設定を決めていました。また、既存店との距離も問題になってきます。あまりに近くに作ると食い合いになってしまいますから。こうして、「最初から出店場所を決めている」ことも爆発的な出店加速の鍵でした。
Q:社内の仕組みはどのように工夫されていたのでしょうか?
水野:
社内の決裁フローをオンライン化し、無駄を徹底的に省きました。年に300〜400という出店ペースだと、決裁者が稟議書に判子を押す作業さえも間に合わなくなりますからね。決裁や経費の支払いはオンラインで動かせるようにし、システムを銀行とつないで何もしなくても必要な支払い額が振り込まれるような仕組みも作りました。
どんな業種でも言えることですが、時代の動きを敏感に察知し、何を利用するかを考え続けることが大切です。たとえば、以前にフランチャイズ展開をお手伝いしたフィットネス企業は、完全にペーパーレス化していました。データや書類はデータベースに蓄積され、社員それぞれにタブレット端末を渡して、いつでも必要なときにアクセスできるようになっていましたね。新規出店の決裁もオンラインで進め、その日のうちに社長決裁が下ります。社長が海外にいてもつながりますから、「出張していて判子がもらえない」などという心配がまったくないんです。技術を活用していけば手間暇を大きく削減できるし、人件費も削減できます。
Q:マクドナルドの場合は日本国内での展開に向けた独自のノウハウを蓄積していったことが成功要因となりました。こうした成功例は他のチャーンにもあるのでしょうか?
水野:
私が在籍していたタリーズコーヒーの場合も、初期の頃は資金がないのでフランチャイズ最優先で出店していきました。こちらも大元はアメリカの会社ですから、創業者の松田公太さんは日本人の感覚に合わせるべく工夫していましたね。
たとえばストローの色。今ではカフェのストローが緑色になっているのは当たり前の光景ですが、最初にあれを導入したのはタリーズなんですよ。その「緑色にする」という許可をアメリカ本社からもらうのに、半年もかかったらしいですね。「これではやっていられない」ということで、その後アメリカ本社から商標権を買い、日本で自由に物事が決められるように変えていきました。
Q:「ストローを緑色にする」というのは、どのような意図だったのでしょうか?
水野:
店舗をどうプロデュースするかというデザインの問題だったんです。基本的にタリーズの店内はダークブラウンが基調。客席もそうだし、飲み物の色もそう。一方でカフェラテなどのクリーム系のメニューも多い。こうしたダークブラウンと白の組み合わせに合う色というのは、緑なんですね。明るい緑ではなくて、少し濃い緑。こうしたデザインの考え方で、店舗の魅せ方を変えていったんです。これも日本国内で展開する上での独自のノウハウ作りだと言えるでしょう。
《 編集後記 》
社員を大切にする企業の意志が、マクドナルドにおけるフランチャイズ展開の入り口だった。そして、目の前の課題に立ち向かい、イノベーションを起こし続けた水野氏の取り組みが、驚異的な出店ペースを支える礎となっていた。その後のタリーズコーヒーでのフランチャイズ展開も含め、飲食業界を中心とした水野氏のノウハウは数多くの企業のコンサルティングに生かされているという。
次回は最終回。勝ち残るフランチャイザーの条件とは? そして、パートナーとするべきフランチャイジーの特徴とは?
(続く)
取材・記事作成:多田 慎介
専門家:水野 唯広
1976年に日本マクドナルド入社。店長、統括SV、本社営業本部を歴任し、店舗用新規POSや店舗オンラインシステムの開発・導入をリード。その後は店舗開発部長として、正確無比な収益シミュレーションで年間300〜400店舗の出店を手掛ける。
2005年にフードエックス・グローブ(現タリーズコーヒージャパン)入社。店舗開発部長として日本全県を対象とした新規出店計画をハンドリングし、営業・販促。評価制度など事業全般に関わる社内サポートを実施。フランチャイズ契約管理も担当した。
2013年、日本フランチャイズ総合研究所に主任研究員として入社し、フランチャイズ事業全般における企業向けコンサルティングに従事。外食、美容室などさまざまな業種のフランチャイズ展開を支援している。