(写真:藤井 陽平さん)
世の中の最新トレンドを体現する「尖った生活者」。彼らの消費行動や価値観を抽出・考察する「トライブユーザーリサーチ」を通じて、新たなオープン・イノベーションを生み出す発想の源としていく。そんな独自のマーケティング方法論を展開しているのが株式会社SEEDATA(シーデータ/東京都港区)です。
博報堂DYホールディングス内の新規事業提案コンペを勝ち抜き、2015年10月に立ち上がったSEEDATA。その企業内起業ストーリーを、CEO(Chief Executive Officer)の宮井弘之さんとCOO(Chief Operating Officer)の藤井陽平さんに伺いました。第2回では事業化に向けた具体的な方法論と、博報堂という大きなバックボーンが企業内起業にどのような影響を与えたのか、詳しくお聞きしました。
3カ月続いたブレストの日々。インターンも活用しトレンドをつかむ。
Q:先進的な消費者群である「トライブ」は、現在約400のストックがあると伺いました。「トライブ」とは、たとえばどのようなものがあるのでしょうか?
宮井 弘之さん(以下 宮井):
例えば、無課金の出会い系アプリが普及して、今やビジネスパートナー探しなど他の用途にも使いだしている人がいます、そういった新しい人とのつながり方を探している「ノンラブティンダラー」。富裕層や社会的地位の高い層の同性愛者である「エクゼクティブ・ゲイ」。捨てる思想が話題になっていますが、必要最低限のもののみで暮らすミニマリストよりも購入して捨てることを繰り返す「シャリ男(断捨離男)」。ほかにも「シニアウォリアー」、「葉ヤマー」、「プロインターン」、「リムジンパーティ女子」、「フィンテッカー」、「ふるさと納税愛好家」、「爆買いトラベラー」、「カタナ女子」など、トライブ名だけで連想できそうなものもあります。
Q:これらのトライブはどのようなプロセスを経て生み出されたのでしょうか?
藤井 陽平さん(以下 藤井):
博報堂DYグループにおける新規事業提案が認められてからの3カ月間は、ひたすらトライブを設計するためのブレストに時間を費やしていましたね。私たち2人だけではなく、外部の人材を活用することも必要でした。そこで、インターンを活用することにしたんです。20名のインターン生が集まってくれて、トライブを考案していく上での大きな力となりました。
宮井 :
トライブのように、これから浸透していくであろうトレンドを予測していく上では、「若さ」が大きなアドバンテージだと思うんですよ。だからインターン生の力を借りることができたのは有意義でした。
また、私は別の角度からもベンチャー起業の立ち上げにはインターンの活用が有効だと考えていました。彼らは就職活動という人生の重要な選択を行う上で、その検討材料としてインターンに参加しています。会社のビジョンや事業内容はもちろん、仕事内容は魅力的なのか、職場の雰囲気は良いのかといった内部からは見えづらくなる部分に対して、とても冷静で率直な反応を示してくれる。会社があるべき方向に進んでいるかをレビューする上でも、インターンの活用は価値のあることだと思います。
Q:これらのトライブはどのようなプロセスを経て生み出されたのでしょうか?
宮井 :
ウェブやソーシャルメディア、ブログ、テレビに雑誌と、ありとあらゆるメディアをチェックしてトレンドを追いかけました。特に、よくメディアで特集される「○○予測」といった内容には必ず目を通しましたね。
藤井 :
「小さなトレンドの芽を見逃さずにつかみ、そこからいかにして発想を膨らませていけるか」が勝負ですね。そして、そのトレンドに近しい身近な知人・友人の中から「プチ有識者」を見つけて、つながりを拡大していく。そういった意味では、組織としての博報堂のリソースを活用する機会は少なかったかもしれません。
「最適解に向けて考え抜く」博報堂のビジネス姿勢が企業内起業を支えた。
Q:企業内起業にあたって、大手ならではの苦労はありましたか?
宮井 :
もちろんゼロではありませんでしたよ。マーケティングを管掌する関係役員全員の賛成を得ることが必要でした。既存事業との兼ね合いは当然誰しもが気にするところですし、ましてや「生活者データをマーケティングに生かす」というトライブのアイデアは博報堂の事業の根幹にも関わります。
ただ現実的には、「社内政治よりもプロジェクトの最適解に向けて考え抜くことを優先する」社風に助けられたように思います。アイデアを説明し、賛同を得ていく中で、これまでにないトライブの事業がカニバリゼーションを起こす心配がないことはしっかりと理解してもらえました。
藤井 :
この文化は博報堂の「しんどい」部分でもあるのかもしれませんが、とにかく考えに考えて、考え抜くことを常に要求されますよね。「たくさん考えて、それを伝えるためにどこまで簡潔にサマリをまとめらるか」というスキルが必要。社内プレゼンでも100ページ以上に及ぶ事業計画書を作成し、エグゼクティブ・サマリに落としました。こうした思考プロセスの積み重ねがあるからこそ、企業内起業がスムーズに進むのかもしれません。博報堂では「考えたのか」ということが重要なんです。成功したプロジェクトでも考えていなかったら社内で評価されないし、逆に失敗したプロジェクトでも本人がすごく考えた結果ならば称賛されるというか。
大組織の中でイノベーションを生み出し続けるための仕組み
Q:博報堂DYグループには、人事制度面で社内起業を支援するような仕組みもあるのですか?
宮井 :
はい。万が一失敗したとしても「博報堂に戻れる」ということが明確に示されていて、そうした前提で起業にチャレンジすることもできる。大組織でイノベーションを巻き起こしていくためには、良い仕組みだと思っています。
ファイナンスについても分離されていて、仮に1年間売上がゼロだったとしても耐えられるだけの十分な資本金が与えられます。これはSEEDATAの立ち上げにあたって重要な意味を持っていました。当初からスケールさせることの重圧にとらわれてしまうと、企業としての価値を蓄積していくことが難しくなります。
こうした仕組みを活用して、私たちは大切な立ち上げの時期に「ビジネスフレンド」を増やしていくことができました。
若手の外部人材を活用する仕組みが、新規事業推進のカギ
「トライブ」を生み出したアイデアは、宮井さん、藤井さんを中心に組織された「外部人材との強い連携」によって見出されていました。若手人材の志向性を活用した事業開発のプロセスも非常に興味深い内容でした。
同社では、外部の専門家人材との連携でオープン・イノベーションを生み出すサービス「Open Research JAM」も展開しています。若手の外部人材を活用していく上でも、参考になる取り組みではないでしょうか。
外部人材との連携は、同社のビジネスプロセスにおいても重要なポイントです。次回は、宮井さん、藤井さんがどのように外部の知見を活用し展開しているのか、その具体例に迫ります。
(続く)
取材・記事作成:多田 慎介
専門家:宮井弘之
CEO(Chief Executive Officer)としてSEEDATAの全体構想・統括、ならびに生活者調査技術開発、ビジネスモデル開発を担当。1979年埼玉県さいたま市生まれ。慶応大学商学部卒業後、2002年博報堂入社。情報システム部門を経て、博報堂ブランドイノベーションデザイン局へ参画。新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。流通・ヘアケア・スキンケア・サニタリー・プロバイダー・ビール・たばこ・日本酒・スナック菓子・保険・証券・IOTデバイス・ホテル・行政・旅行・教育・コンテンツ・半導体製造装置・車載部品・電力等の幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。得意分野は、消費者調査(定性・定量)・成長戦略立案・ファシリテーション・コミュニティデザイン・イノベーション共創支援。研究の専門分野は消費者行動。博士(経営学)(筑波大学)。
著書
・だから最強チームは「キャンプ」を使う。──「創造性」と「働きがい」を生み出すビジネス合宿術──(2010)共著、インプレス
・書くスキルUP すぐできる! 企画書の書き方・つくり方 相手を動かす企画書をつくる6つのステップ(2013)単著、日本能率協会マネジメントセンター
・2回以上、起業して成功している人たちのセオリー(2013)単著、アスキー・メディアワークス
専門家:藤井陽平
COO(Chief Operating Officer)としてSEEDATAのサービス開発、生活者調査技術開発を担当。2013年博報堂入社。嗜好品、観光業、化粧品などの分野で、生活者リサーチを基軸にした商品開発やブランディング業務に従事。自主事業として、大企業とベンチャーの事業開発推進プロジェクト、社団法人「コトの共創ラボ」の立ち上げに従事。