世の中の最新トレンドを体現する「尖った生活者」。彼らの消費行動や価値観を抽出・考察する「トライブユーザーリサーチ」を通じて、新たなオープン・イノベーションを生み出す発想の源としていく。そんな独自のマーケティング方法論を展開しているのが株式会社SEEDATA(シーデータ/東京都港区)です。
博報堂DYグループにおける新規事業提案コンペを勝ち抜き、2015年10月に立ち上がったSEEDATA。その企業内起業ストーリーを、CEO(Chief Executive Officer)の宮井弘之さんとCOO(Chief Operating Officer)の藤井陽平さんに伺いました。第4回では、今注目を集めているいくつかのトライブについて、その背景と具体的な活用方法を解説していただきます
「エグゼクティブ・ゲイ」―LGBTフレンドリーな職場環境が採用力向上につながる
藤井 陽平さん(以下 藤井):
「エグゼクティブ・ゲイ」は、月々の可処分所得が20万円以上というゲイの方を考察したトライブ。高いビジネススキルを持ち各方面で活躍しているからこそエグゼクティブなのです。調査してみての発見としては、このトライブに当てはまる方々は生活をともにするパートナーとの関係において、結婚という制度上の概念よりも「お互いのベネフィット」を大切にする傾向がありました。
宮井 弘之さん(以下 宮井):
いわば「ベネフィット・フレンド」としてのパートナー関係ですね。課題は、こうした考え方が多くの企業文化の中で理解されておらず、自身のプライベートを語ることが憚られてしまうことです。そんな会社が、働きやすい職場とは言えないでしょう。
すでに大企業ではLGBTを対象としたマーケティングや広報の動きが活発化し始めていますが、企業がLGBTフレンドリーな環境を作り、積極的に発信していくことで、高いスキルを持つエグゼクティブ・ゲイを迎え入れやすくなるのではないでしょうか。これによって、企業の採用力を大きく向上できる可能性があると考えています。
LGBTには以前から着目していました。LGBTはセクシャルマイノリティーと言われますが、少数派ということは他の人が持っていない特別な価値観を持っているということだと思います。だからこそ調査して着目すべき点を探索する必要がある、そう考えました。その中でも今回はシンボリックな方々を調べるために、企業の経営者が同性愛者であることを公表しているという行動に着目し、エグゼクティブ・ゲイというトライブを考えました。
実際のインタビューではゲイの有識者の方や、20代から50代までの幅広い年代の方に話を聞きました。皆さん非常に協力的でしたね。
「ドクター・シューマー」―サプリメントの価値は「機能」から「情緒」に変わる?
藤井 :
サプリメントを毎日摂取したり、毎食欠かさずにカロリー計算をしたりといった、健康でいられるための食生活に強い関心を持っているトライブが「ドクター・シューマー」です。
興味深いのは、本来は薬効成分がない薬であるにも関わらず症状が改善されるという「プラセボ効果(偽薬効果)」のように、サプリメントを摂取する行為そのものが大切だと考える人たちがいることですね。実際的な効能以上に、サプリメントを摂取することで得られる安心感が大切だと。
宮井 :
こうした価値観を持ってサプリメントを購入する人たちがいるというのは、とても面白いですよね。サプリメントは「機能価値で選ぶ」ことが当たり前だと思われていますが、精神的な安心感を得るための「情緒価値で選ぶ」という側面もあるのかもしれません。こうしたトライブの存在は、商品開発にも影響を与えていくのではないでしょうか。
「シニア・ウォーリアー」―やり残した仕事への思いが、シニアを突き動かす
藤井 :
超高齢社会を迎える日本を象徴するようなトライブですね。2025年以降の50代以上の世代は、今よりももっと若々しく、アクティブに活躍しているだろうと見ています。
この層の人たちが抱く欲求は何だろうと考え、ひも解いて名付けたのが「シニア・ウォーリアー」。さらに細分化して「やり残しウォーリアー」というトライブにできるかもしれません。仕事を引退しても、まだまだやり残したことがあるという思いを持っている。自分が得意とする分野で活躍し続ける人もいるでしょうし、強い継承欲求を持って若手の育成に力を注ぐ人も多いでしょう。こうして、元気で若々しいシニアがさまざまな業界の第一線で「ウォーリアー」として戦い続けるのではないかと予測しています。
宮井 :
今から10年後の世界ですよね。パソコンはもちろん、スマホやタブレットもシニアの間では当たり前のツールとなっているでしょう。今は想像できないような新しいデバイスが浸透している可能性もありますね。一方で、テレビも大好き。新旧のメディアやデバイスを使いこなし、広くアンテナを広げて情報を得ながら活躍するシニアが増えそうです。
シニアの分析にはまだまだ興味深いことが多く、私たちは「高収入で倹約家」というトライブの可能性も探っています。仕事を続けて十分な収入を得ているが、社会保障制度への不安は大きく財布の紐が固い。そんな消費者へ向けたマーケティングが今後の課題となっていくのではないでしょうか。
藤井 :
今回ご紹介したトライブはごくごく一部です。今後もさまざまな場面でトライブの最新研究結果を発信し、新規事業開発やマーケティング、新たなオープン・イノベーションにつながるよう展開していきたいと思います。
トライブに精通した外部人材の活用が、事業開発の重要プロセスに
世の中のトレンドとその先を予測し、新たな消費行動や価値観に触れる「トライブ」。今回ご紹介した具体例も、多種多様な事業展開の可能性を感じさせる内容でした。現在300のトライブを定義していますが、新たなトライブの開発も日々進められているそうです。
同社では、外部人材との連携によってオープン・イノベーションを生み出す「Open Research JAM」を展開しています。各トライブに精通した外部人材を活用することも、これからの事業開発の重要なプロセスになっていくのではないでしょうか。
取材・記事作成:多田 慎介
専門家:宮井弘之
CEO(Chief Executive Officer)としてSEEDATAの全体構想・統括、ならびに生活者調査技術開発、ビジネスモデル開発を担当。1979年埼玉県さいたま市生まれ。慶応大学商学部卒業後、2002年博報堂入社。情報システム部門を経て、博報堂ブランドイノベーションデザイン局へ参画。新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。流通・ヘアケア・スキンケア・サニタリー・プロバイダー・ビール・たばこ・日本酒・スナック菓子・保険・証券・IOTデバイス・ホテル・行政・旅行・教育・コンテンツ・半導体製造装置・車載部品・電力等の幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。得意分野は、消費者調査(定性・定量)・成長戦略立案・ファシリテーション・コミュニティデザイン・イノベーション共創支援。研究の専門分野は消費者行動。博士(経営学)(筑波大学)。
著書
・だから最強チームは「キャンプ」を使う。──「創造性」と「働きがい」を生み出すビジネス合宿術──(2010)共著、インプレス
・書くスキルUP すぐできる! 企画書の書き方・つくり方 相手を動かす企画書をつくる6つのステップ(2013)単著、日本能率協会マネジメントセンター
・2回以上、起業して成功している人たちのセオリー(2013)単著、アスキー・メディアワークス
専門家:藤井陽平
COO(Chief Operating Officer)としてSEEDATAのサービス開発、生活者調査技術開発を担当。2013年博報堂入社。嗜好品、観光業、化粧品などの分野で、生活者リサーチを基軸にした商品開発やブランディング業務に従事。自主事業として、大企業とベンチャーの事業開発推進プロジェクト、社団法人「コトの共創ラボ」の立ち上げに従事。