ビジネス活用が進むデータサイエンスの一分野として注目されるデータ可視化。これを誰もが簡単に行えるようにしたオープンソースのアプリケーション「E2D3」(Excel to D3.js)は、開発元が非営利団体でありながら11万ダウンロードを突破(2018年12月時点)し、テレビや新聞など大手メディアでも取り上げられています。

その非営利団体「E2D3.org」に所属する約100名は、なんと全員が「副業」。パラレルキャリアの一環で参加し、平日夜にリモートでコミュニケーションを交わし、週末にイベントスペースに集まっては開発を進めているのだとか。

ここに集う人々はお金を稼ぐことを目的としているわけではありません。一般的な会社のように固定された組織があるわけでもありません。パラレルキャリアのメンバーだけが集まるチームは、どのように運営され進化してきたのでしょうか。代表として同団体を牽引する五十嵐康伸さんにお話をうかがいました。

お話を伺った方:五十嵐 康伸氏

パーソルキャリア株式会社 データソリューション部 エキスパート。博士(理学)。「E2D3.org」代表。
奈良先端科学技術大学院大学にて博士号を取得後、東北大学にて研究員、助手として従事。その後は奈良先端科学技術大学院大学の特任助教や、オリンパスソフトウェアテクノロジー株式会社(現オリンパス株式会社)のエンジニアなどを経て、2016年に株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)入社。データサイエンティストの学習支援プログラム「Data Ship」の立ち上げを行い、現在は転職サービス「doda」のデータ分析に携わる。これらのキャリアと並行してデータ可視化を研究する団体「E2D3.org」を立ち上げ、第14回日本統計学会 統計教育賞など受賞歴多数。

人生も家族の暮らしも賭けない「大人の部活」にしたから長期継続できた

――まずは「E2D3.org」というチームの成り立ちについて教えてください。

プロジェクトがスタートしたのは2014年です。「データ可視化を誰もが楽しみ、活用できるようにしたい」と考え、オリンパスソフトウェアテクノロジーの同僚2人を誘って立ち上げました。当初の目標はアプリとしてのE2D3を作ることで、起業を目指していたんです。ところがベンチャーキャピタルを回っても色よい反応が得られず、十分な資金を集められませんでした。

そんな状況の中、メンバーと北品川の居酒屋で今後について話し合いました。今でもよく覚えています。「このまま手持ちのリソースだけで事業化を目指すか、それともオープンソースにして世の中を引っかき回すのか、どっちが良い?」と議論して……。みんな、後者の意見だったんですよね。そこで、それぞれが本業としての仕事を持ちながら、副業としてE2D3の開発を続けていくことになりました。

2015年には外部の人を巻き込んで、E2D3を開発するハッカソンを毎月のように開催しました。体力もメンタルもすごいペースで疲弊していきましたが、瓦解することはありませんでした。最初からみんな、いい意味でこれに人生をけていなかったからです。収入源となる仕事は別に持っていたので、家族の暮らしも不安定にはなりませんでした。

とはいえ、「このプロジェクトが本当に意味のあるものになるのか」「僕たちは中途半端に終わってしまうのではないか」という不安もありました。だから2015年は「世界一になること」を目標に、そして「こけるまで走ること」を運営方針していました。また、「E2D3がマイクロソフトのアプリストアでトップになったこと」及び「組織が大きくなりすぎて メンバー稼働率が悪くなっていること」を鑑みて、2016年からは「組織が潰れないこと」を目標にしました。

2017年には、講演や執筆、イベント参加など、外部からさまざまなご相談をいただくようになりました。そこで「頼まれたことをWin-Win設計に」を目標に活動内容を調整しました。相手が言っていることをそのままやるのは簡単ですが、「パートナーになってくれる人たちとのWin-Winを今まで以上に真剣に考え、アウトプットイメージを事前に具体化して共有することでプロジェクトを成功させ、今後の協力関係も築いていこう」ということですね。

――全員が副業参加という状況で、活動を続けてこられた理由は何でしょうか? そのために意識して取り組んできたことはありますか?

「組織が潰れない」ために最低限やらなければならないこととは何か?を考え、「定期的に集まる場を作る」「内部の情報を共有する」「外部へ情報発信する」という3つの運営方針を作りました。順を追って説明しましょう。

まずは「定期的に集まる場を作る」こと。2015年までは毎月ハッカソンを開催していたので、自然とメンバーの集まる場が設定されていました。ただハッカソンの企画と運営は高いレベルのクリエイティビティが要求され、かつ毎回再利用できるものではないので、ものすごくエネルギーがかかります。僕たちも次第に疲弊していきました。そこでハッカソンの開催をやめ、月1回みんなで集まり好きに作業をする「もくもく会」を開催することにしたんです。がむしゃらに走るのではなく、活動を長く続けるために大人のペースでゆっくりやっていこうと。僕たちがもし企業だったら、「もっと事業拡大を」と無茶なペースを続けて、とっくに潰れているかもしれませんね。「大人の部活」にしたから継続できているのだと思います。

次に「内部の情報を共有する」こと。普段はみんなリモートで開発を進めているので、他の人が何をやっているのか分からず、孤独感が生まれてしまうこともあります。そこで僕が「この人がこんなことをしてくれたよ」と各人の成果を積極的に共有するようにしました。本人は見てくれていると認識できてうれしくなるし、他の人は「あの人が頑張っているから、自分も頑張ろう」と思ってくれる。E2D3はオープンソースソフトウェアとして多くの人を巻き込みながら作っているので、僕らにとって動かすべき一番の顧客は外部ではなく、内部にいるメンバーということになります。そして内部のメンバーにしっかりと情報共有することで、プロジェクトに貢献しようとする動機を創れるんです。

最後に「外部への情報発信」。外部の人にE2D3を認知してもらい、さらに可能性を広げる意味で大切です。E2D3では「何かの賞をもらった」「メディアと一緒に作品を作った」「イベントを開催した」と言った情報を、チーム全体のポートフォリオとしてまとめています。記事を書いて発信する際には、Web Site、Facebook、Twitter等をフルに使って効率的に拡散されるように仕掛けています。

この3つをやれば潰れないという仮説を立てて実行したら、実際に長く続く活動となりました。

重要なのは「人を入れること」よりも「うまく抜けてもらうこと」

――3人でスタートした活動が、現在では約100名のメンバーを抱える規模へ成長しています。仲間を増やしていく過程で留意されていたことは何でしょうか?

まず、僕たちのような活動と企業における活動には、明確な違いがあると思うんです。会社は通常、「経営層がやりたいこと」をベースにして人を集めますよね。それに対して僕たちは、「メンバーがやりたいこと」をベースに動いています。バンドを組んで文化祭に出るようなものです。だからこそ、自由意志で入ってくる副業の人には、「何をやりたいのか」を慎重に聞いています。

僕は、自分が持っている一番の才能を「誰にでも面白い個性があると思えること」だと思っています。だからメンバー全員に対して、個性の深堀ヒアリングを徹底的にやります。その上で、各人の個性を活かすためにはどうしたらよいかを考えます。あるチームメンバーはFacebookで「五十嵐さんが、どんな人でも貢献できる仕事をみつけてふるという特殊スキルを持っているおかげで、プロジェクトにはIT技術者以外の才能もたくさん参加している」と書いてくれました。

僕は日頃も常に、人に会うと「何が好きで、何をやりたいのか」を聞くようにしています。だから何か頼みたい事が起こったときには、誰に頼めば良いかがすぐに閃くんです。ちなみにE2D3に参加している人のうち、半数近くは非エンジニアです。でもその人達が、開発ドキュメントを英語に翻訳したり、イベントレポートを書いてくれたりという、開発以外の大事な仕事を積極的にやってくれているんです。

さらに、それぞれの個性を際立たせるために全員が別の役職名を持つことを推奨しています。中には「オフィシャル彼女」とか「オフィシャル彼氏」とか、意味がよく分からないものもあります(笑)。ただ、こういう独自の役職を持つことで「自分はオンリーワンなんだ」と思ってもらえるし、新しく入ってきた人は、自分がどの分野で力を発揮できるかを考えてくれるきっかけになるんです。

――メンバーに定着してもらうために工夫していることはありますか?

うーん……。実際のところ重要なのは、「人を入れること」よりも「うまく抜けてもらうこと」だと思っているんです。ただ定着すればいいというものでもありません。僕たちは定期的に、気持ちよく抜けれる機会を設けています。会社の四半期に近いかもしれませんが、3カ月同じことをやっていると飽きる場合や本業が忙しくなる場合もあります。新陳代謝は常に起きていて、初期の頃は3カ月ごとに10人くらい入っては3人くらいが抜け、入っては抜けという感じでした。メンバーの顔ぶれが安定してからは、半年から1年くらいのペースで抜けれる機会を作るようにしています。

――「気持ちよく抜けれる機会」とは、どのようなことでしょう?

Facebookグループなど、リモートでやり取りする際のメンバーの括りを定期的に見直しています。グループを作り直し、やる気のなくなった人、反応がなくなった人は一旦外します。その上で「3カ月お疲れさまでした。新しいグループを作り、忙しそうな人は一旦外しておきましたが、E2D3は自由参加なので、またいつでも戻ってきてくださいね」とアナウンスするわけです。外した人の中には、そのアナウンスに反応して「今は忙しくて貢献できていないけど、しばらくしたら復活できるかもしれないから一応次のグループに入れておいて」とメッセージを送ってくる人もいてくれて、そういう人はもちろん残します。そして本当に忙しい人は、能動的なアクションを何もせずに、すっとグループから抜けられます。

本当なら企業だって、そんな風に社員と関わっていてもおかしくないと思うんですけどね。日本では、社員が会社を辞めることを「裏切り」、会社が社員を辞めさせることを「首切り」のように考える風土があるので、難しいのかもしれませんが。

――五十嵐さんはプロジェクトマネジャーという立場でもありますが、メンバーのみなさんの活動状況をどのように評価しているのでしょうか?

会社は期初などにやることを決めて、それができなければ減点評価という所が多いですが、僕たちは何をやっても基本的には加点評価です。チームとして見たときに、「何か一つでもアクションしてくれたらラッキー」だと思っています。大きな目標に対して4分の1しか進まなくてもラッキー。そもそもお金を払っているわけでもありませんからね。仮に、人に頼んだ仕事が完全にずれた結果になっていても文句は言いません。ずれていても、進捗です。だから僕は、プロジェクトを回していて「幸せ」しかないんですよ。

逆に言うと、僕が言った通りの仕事しかしない人だと困ってしまうかもしれません。僕の考えている成果物が必ずしも100点だとは思っていないし、メンバーが自分のこだわりを入れてくれることで120点になることもあるでしょう。そもそも100点を目指すなら、最初から自分1人でやったほうがいいわけです。

「個人では実現できない価値」を提示すれば、意志を持った人材が集まる

――ちなみに、「E2D3.org」を立ち上げてからの5年間で活動の継続をあきらめそうになったことはありますか?

それはもう、いっぱいありますよ。

まだ起業を目指していた頃には、資金調達がうまく進まなくて、みんなには本当に申し訳ない気持ちでした。僕はあきらめそうになっていましたが、みんなは逆に「このプロダクトの現状でお金を引っ張ってこれるわけがないじゃん」と冷静だったんですが(笑)。「来年もまた一緒に遊んでくれる?」「いいとも」という感じで接してくれて、救われましたね。

僕は33歳まではアカデミックで研究して、38歳までは企業で研究していました。だからビジネス感覚が本当になかったんです。メンバーのみんなは、それを面白がってくれていた向きもありました。普通の会社なら受け入れてもらえないような「狂気」とも言えるアイデアを実行する。どうやって商品化すればいいか分からないけど、とにかくやり始める。オープンソースにして儲けることを放棄してからは、その勢いがどんどん加速していきました。

そう考えると企業でも、特に新規事業部では僕のようなアカデミック人材の「狂気」を取り入れれば、もっと可能性が広がるのかもしれませんね。狂気とは、「一つのことに専念すると決めたら、他を見ない才能」と言い換えることもできます。それだけだと社会では生きていけないけれど、アカデミックで研究者をしている分にはプラスで、「それでいいんだ、自分を信じろ、創り続けるんだ」と常に己を鼓舞しているわけです。そんなアカデミックの狂気が、ビジネスの分野で価値を発揮することもあります。だから僕は自分の役割を、アカデミックとビジネスの間を行き来できる研究者と位置付けています。

――そうした「狂気」への興味や共感も、メンバーのみなさんがここで活動し続けている理由なのですね。

その他にも、メンバーはそれぞれのメリットを感じていると思います。会社では試せない新しい技術や面白い技術があったとき、E2D3の中ならいくらでも試せるし、相談相手もいます。他社の最新事例を知ることもできるし、「書籍を執筆する」といったような普通の会社員ではなかなかできない経験も積める。みんな、ここで活動する内発的動機を持っているんです。

だから逆に、僕が「何かをやれ」と指示しても絶対に動いてくれません。お願いがあるときは「こんな面白いことを考えたけど、一緒にやりたい人いますか?」と投げかけるんです。外部から仕事の依頼が来たときも同様ですね。

会社でも、マネジャーが一方的に指示を出している組織に副業人材は来にくいのではないでしょうか。やりたいことを持った人が、やりたいように仕事できる。それが副業の最も楽しいところですから。

――確かに、企業側の都合だけで条件を提示し、そのピースに当てはまる副業人材を探そうとしても難しいと思います。仮に見つかっても、長く続くとは限らないのでは。

一方で、企業だからこそ「個人では実現できないような価値」を提示することもできると思うんです。どんな価値を与えられるのかを考え、「これをやりたい人?」と呼びかけてみれば、やりたい人が意志を持って集まってくるのではないでしょうか。細かな条件は後から調整すればいいんです。

そうやって意志を持った個人が集まり、「みんな楽しいからやっている」状態を維持できれば、企業におけるプロジェクトのあり方も自然と変わっていくのだと思います。少なくとも僕やE2D3に関わる人たちは、そうやってチームを回し続けています。

記事制作:多田慎介