2015年12月、東京大学が主催する「高齢者クラウド」第5回シンポジウムが開催されました。「高齢者クラウド」とは、超高齢社会におけるシニア層(65歳以上)の社会参加と就労を支援するためのICT基盤を構築する取り組み。シニアの経験・知識・技能を活用することは、人口減少社会での労働力確保という目的だけでなく、広くイノベーションを創出していくためにも欠かせないポイントであると考えられます。

前編では、日本アイ・ビー・エム株式会社の小林正朋氏の講演から、「高齢者クラウド」の具体的な研究開発内容と社会実証についてお伝えします。

「人間の暗黙知」と「コンピュータの分析能力」をコラボさせる技術

IBMでは現在、東京大学と連携した研究開発プロジェクトとして技術開発や実証実験を進めています。研究テーマは大きく3つ。「スキルジョブマッチング」「クラウドソーシング」「テレプレゼンス」です。今回はそれぞれの領域における開発状況と、社会実証についてお話したいと思います。

 

まず「スキルジョブマッチング」については、株式会社サーキュレーションとともにプロトタイプシステムに関する評価実験を行っています。サーキュレーションは「エグゼクティブなシニア人材を紹介する」という事業を展開されていますが、そうした人材は非常に多様な経歴やバックグラウンド、能力を持っています。一方でシニア人材を求めるクライアント企業の要望や目的は曖昧なものが多い。双方をより効果的につなげるため、定型フォームには収まりきらないような多様性のあるデータをマッチングするプロトタイプシステムを作っているところです。

 

人材と企業のマッチングは、コンピュータと人間それぞれに得意、不得意があります。コンピュータは自然言語で書かれた経歴書データを漏れなく分析することに長けていて、一方の人間は人材の得意分野を引き出し、活用できる可能性を感覚的に広げていくことができるんですね。

 

それぞれの強みを掛け合わせるために、マッチング担当者の感覚的な暗黙知による検索軸を横軸に、コンピュータが全体のテキストデータを考慮してマッチングした結果を縦軸に置く二次元のビジュアライゼーション技術を開発しました。サーキュレーションの協力のもと、普段から人材のマッチングをしているコンサルタントにこの技術を活用してもらい、人間の暗黙知とコンピュータの分析能力をともに可視化する実験を進めています。

 

これにより、スキルや知見が埋もれてしまっているシニア人材の掘り起こしにつながり、より高い精度でマッチングできるようになるのではないかと考えています。このシステムは引き続き、実証実験を続けていきます。

「シニアが参加するクラウドソーシング」の潮流

二つ目は、クラウドソーシングを活用してシニアの事業参加を促す取り組みです。具体的には、障がい者のための音声読み上げ図書に必要なテキストデータを作るという事業を進めています。本をスキャンして光学文字認識エンジン(OCR)にかけ、その認識結果を人の手で校正し、完成版の読み上げ用テキストを作るというプロセスです。

 

実はこの校正が非常に手間のかかる作業でして、これを効率化するためにクラウドソーシングを活用して、大勢の方に参加してもらいたいと考えているのです。クラウドソーシングを知らなかったシニアにも興味を持ってもらうため、「ソーシャルを活用しようという気持ち」「コミュニティに参加しようという気持ち」を刺激できるような工夫を考えています。

 

この取り組みは2013年からスタートし、これまでの一般参加者数が500名以上、うち34パーセントが60歳以上です。最高齢はなんと85歳。スタート時のちょっとした流行にとどまることなく、継続的に参加者を増やし続けることに成功しており、プロジェクトには一定の成果を感じております。

 

2014年度までは日本点字図書館での実証実験という位置づけでしたが、2015年度からは同図書館と国立国会図書館の共同事業として展開を進めています。まだまだ参加者を募っておりますので、興味のある方は「みんなでデイジー」で検索してみてください。

物理的・心理的な距離を飛び越える、最新のICT教育

最後はテレプレゼンス、「遠隔講義」に関する実験をご紹介します。これは宮城県仙台市にいる先生と、兵庫県西宮市にいるシニア生徒をテレプレゼンスでつなぎ、タブレットの使い方を教えるというICT教室の試みです。

 

テレプレゼンスロボットという「実体」があることによって、仙台と西宮という物理的・心理的な距離が縮まり、互いの親近感を醸成しやすくなるようです。また、ロボットによって困っている生徒を見つけやすくなったり、生徒から先生に対して質問しやすくなったりという効果も生まれています。

 

以前は、教室のように大勢の人がいる場所を遠隔でつなげる際、複数人の声が混在してしまって個別のサポートやコミュニケーションが難しいという課題がありました。そこで新しく「音声ズーミング」という機能を開発したのです。これはタブレット上に表示される先方の映像から、音を拾いたい範囲を指で絞ることで、特定の相手と話せるという仕組み。実際に活用してもらい、実習の時間内に一人ひとりの生徒をケアできるようになりました。

 

今後はこれらの技術開発をさらに進め、クラウドプラットフォーム上で提供しようと考えています。テクノロジーを進化させることで、今までにないような新しい社会参加や仕事のやり方を生み出していけるはずです。まだ私たちが気付いていない、新しいやり方もあるでしょう。より幅広い業界、立場の方々が今後の議論に加わってくださることを期待しています。

《編集後記》

最新の技術開発によって、シニアが事業参加する機会はどんどん広がっています。後編では、サーキュレーション代表取締役・久保田雅俊による、「シニアワーカーの新たな働き方」についての講演の模様をお伝えします。

 

取材・記事作成:多田 慎介