外国人旅行者の急増や2020年の東京オリンピック開催に向け、規制緩和の議論が進められている「民泊」。長年にわたりIT業界のインキュベーション支援に携わってきたアットマークベンチャー株式会社CEO・代表取締役社長の大津山訓男さんは、ビジネスシーンに民泊を生かしていくための活動を展開している。民泊がもたらすオープン・イノベーションは、どのような価値を生むのか。前編では、大津山さんの現在の取り組みや、海外における民泊活用の事例について話を伺う。

「IT業界の賢人たち」と出会える場を作っていたアメリカの民泊文化

Q:大津山さんは民泊事業の推進に力を入れていますが、どのような経緯から取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

大津山訓男さん(以下、大津山):

私は以前、IBMでマルチメディア事業部長を務めていました。その中で、ソフトバンクの孫正義さんをはじめ、多くの業界関係者と交流がありました。当時、1980年代から90年代にかけてはアメリカに行く機会が多く、そこで一足早く民泊を経験できました。現地ではワイナリークラブなど、プライベートのクラブで一種の「賢人会議」を開催していて、そこでIT業界の日米賢人会議をやっていたんです。

国内の販売代理店を集めたイベントプログラムも担当していました。優秀な販売チャネルを表彰するようなイベントですね。IBMではそれを統括する団長を任され、ラスベガスでのイベントにもたびたび参加していました。IT業界のOBに多数出会える場で、そこでは現役から引退した業界の人たちがボランティアをやっていて、後輩が行くととても喜んでくれるんですよ。先輩の家にロングステイをすることもありました。

 

Q:アメリカで自然と広まりつつあった民泊文化を体験していたことがルーツなのですね。

大津山:

はい。かつて孫正義さんがイベント自体を800億円かけて買収したことがありました。「サンズ」というコンベンションセンターで開催していた、「COMDEX」と称する世界最大のITコンベンションを買収することによって、孫さんはそこに集まるIT業界の人たちから最先端の情報を集められるようになったんです。ただ弊害もあって、孫さんが買収した施設の一部であるホテルは、イベント時に一気にレートが上がって宿泊費が高騰してしまい、参加者が泊まりにくくなる。それで民泊を検討し始めるといった事情もありました。

 

企業イベントと民泊をつなげる取り組み

Q:そういった意味では、ビジネスシーンでの民泊のスキームは随分と前から出来上がっていたということでしょうか?

大津山:

海外ではそうですね。IBMのユーザー会は私が知り得る限りでも40回以上行われていますし、日本ではJC(日本青年会議所)で同じようなことが行われています。たとえば沖縄で初めてJCのイベントが開かれた際には、2万人もの若い経営者が集まりました。旅行代理店を通じて会場やホテルを手配するのではなく、若い経営者たちが自身で直接予約などを進めるんです。旅行代理店を通さないのでコミッションが発生しませんし、「部屋が取れなかった」などの状況が即座に分かるようにしているんですね。

先ほどお話したIBMの販売代理店向けイベントでも、プログラム終了後に周辺の観光地へ連れて行くなどのフォローをしていました。札幌などは分かりやすい例なのですが、1つのホテルが小さいので、5000人が行くような場合は大体10カ所に分散します。札幌のユーザー側が事務局を務め、市民参加型のユーザー会を開催することもありました。そうすることでさまざまな場所にお金を落とし、市にとってもプラスになる。

こうした企業イベントと民泊をつなげるような活動には、私自身も力を入れていきたいと考えています。日本の可能性は「シニアパワー」。私のようないわゆる「団塊世代」には、企業イベントに長年携わってきた人が大勢いるんですよ。私の同世代は、IBMに1万人、日立には10万人います。企業イベントや、付随するご褒美ツアーの運営に熟知している人が、今はリタイアして自由な時間を持っています。この層を民泊に引っ張ることができれば強いですね。

民泊で、事業展開やスタートアップを効率化

Q:ビジネスシーンで活用される民泊には、どのような意味があるのでしょうか?

大津山:

取引先との関係性を築くスピードが、圧倒的に違うんです。例えば夜に食事をして接待しても、相手のことを知れる時間は限られています。互いの人間性を理解することはなかなか難しいでしょう。

一方、イベントやコンベンションで民泊を活用し、3日間だけでもともに過ごせば、相手の人間性がだいたい分かってくる。アメリカではそういうやり方がムーブメントになっています。私が開くコンベンションに訪れるのはアジアの経営者が大半ですが、私の自宅を民泊で利用してもらい、生活の中で互いを深く理解していく場として活用してもらっています。

若い人の場合は、「ハッカソン」や「IT合宿」などで同じような取り組みをしていますよね。そこにシニアが入っていくのはなかなか難しいですが、リタイアした人が「俺の家を使ってよ」といった感じで若い経営者などを集めて、経営や事業作りのアドバイスができる場になれば面白い。そんな風景を当たり前にするのが、私の活動のゴールイメージです。

Q:先ほどの大津山さんのお話にあったように、海外の若手経営者との交流も活発化しそうですね。

大津山:

はい。アジアの人は、そうした機会を欲していると思います。日本に来て、日本の家庭で生活して、日本の市場を実体験から把握することができる。日本での事業展開やスタートアップを、大幅に効率化できるんです。仕事のやり方や、異文化を受け入れてもらう方法を考えるプロセスには、どうしても時間とコストが掛かりますからね。

日本のベンチャー企業やスタートアップ企業も、グローバル市場を攻める際には参考にできるやり方なのではないでしょうか。アジアに進出している経営者には、民泊をうまく活用している人が多いんですよ。旧態依然とした日本の経営者には、まだまだ「大手航空会社を使ってその系列ホテルに泊まって……」というパッケージ泊ばかり利用している人もいますが。民泊のビジネス上のメリットを経験していない人たちが「規制緩和だ」と言っている気がします。だから民泊に関する議論では、争点が随分とずれてしまっているのでしょうね。

《後編へ続く》

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

専門家:大津山 訓男

IBM事業部長を経てCCC益田氏、PASONA南部氏、ウェザーニューズ石橋氏、ADKなどの出資で、アットマークベンチャー株式会社を起業。起業塾を開催し、大企業新規事業キーマンと起業家を毎月マッチングで120社を支援。12社のIPOを成功させる。
2010年より国交省MICEアドバイザーとしてアジア圏MICEサミットを主宰。東日本大震災以降は社会貢献活動にも注力し、団塊世代や自立を考える若者、シングルマザーのために民泊ホストを支援。
AIRBNBを学ぶ体験型ゲストを迎えスーパーホストとして大田区や福岡、愛媛、京都でコミュニティ組織化。またインバウンド経営戦略塾講師を務め、地域活性化に向けて観光庁や地域観光協会、インバウンド業界キーマンとともに活動中。