資金にもリソースにもコネクションにも恵まれ、本来は圧倒的優位に立てるはずの大企業。しかし新規事業というフィールドにおいては、はるかに条件が厳しいはずのベンチャーにあっさりと敗れ去ってしまうことがあります。なぜ、大企業はベンチャーに負けるのか? この問いに対する答えには、新規事業開発全般に通じるノウハウが隠されているのではないでしょうか。

 

本連載では、「新規事業請負人」としてさまざまなサービスを立ち上げ、大手からベンチャーまで数多くの企業で取締役・顧問・アドバイザーを務める守屋実氏へのインタビューを通じて、その答えを考察します。

 

企業内起業を成功させるためには、「会社」「部署」「担当」「事業」の4つの視点が重要であると語る守屋さん。第4回では「担当の視点」にフォーカスし、詳しくお話を伺いました。

業務としてではなく、オーナーシップを持って事業開発に当たれる人材を

Q:新規事業を形作る上で、担当者個人の力は大きいと思います。守屋さんは、「担当の視点」をどのような課題に基づいて指摘しているのでしょうか?

守屋実氏(以下、守屋):

給料日は給料が振り込まれる日だと思っている大企業の担当者と、給料日は給料を払う日であり、売り上げを作らなければ来月の生活がままならないかもしれない独立起業家では、「覚悟ベース」で大きな違いがあります。この差はそのまま、事業にかける意思や切迫度合いの違いとして表れてきます。

 

このこと自体は、ある程度想像のつく話かと思います。しかし、その覚悟の大きさが事業の生死を分ける決定的な違いにもなるので、こだわりを持つ必要が大いにあると思っています。大企業によく見られるような、「業務」と割り切っていてやる気のない新規事業担当者を配置しては、他にどんなリソースがあろうと、その事業は朽ち果てていくのが関の山だと思います。

Q:「業務として新規事業に取り組む」とはどういう状態を指すのですか?

守屋:

大企業の社員は、基本的にはその企業の常識の範囲で任されたことを遂行しようとしますよね。その時点で、独立起業の人間の貪欲さに負けてしまうのだと思います。「給料」や「評価」などの人事制度によって貪欲さを生み出せればいいのですが、実際は、なかなか難しいようです。

 

新規事業が育っていった場合は、その成長に応じて緻密に組織を運営する管理系の人も必要となると思いますが、それはやはり一定期間を経てから。最初のうちは役割の細分化をせずに、事業に携わる人たち全員がオーナーシップを持っていなければいけません。「誰がどう新規事業に臨むか」は、事業そのものを成功させるためにも、また経営者人材を育てていくためにも、重要な分かれ目となります。初期段階で、業務的に事業開発に取り組むような人材を置くべきではありません。

意志を持ったトップ人材を集めよ

Q:最適な人材を社内から発掘するためには、どのような工夫が必要だと思いますか?

守屋:

まずは、社内の「一軍」を投入することですね。トップ人材を既存事業に縛り付けておきたくなる気持ちは分からなくもないのですが、それでは新規事業を軌道に乗せることはできないでしょう。一軍を投入することは、「この新規事業を絶対に成功させるんだ」という経営者の強い意志を社内に浸透させる上でも効果的です。

 

その上で、新規事業に対する意志を持った人材を選びたいですね。先のインタビューでもお話しましたが、評価を本業から切り離し、減点主義ではなく加点主義でモチベーションを与えるようにする必要があります。まずは手を挙げた時点で評価する。そして事業の成功度合いを見ながらさらに加点していく。そうやって社内のトップ人材が迷うことなく新規事業に挑戦できる環境を整えていくべきです。

Q:「社内人材だけではカバーしきれない」「社内に新規事業を推し進められる適任者がいない」といった場合には、どのような可能性を考えるべきでしょうか?

守屋:

外部人材の力を有効活用することだと思います。「自社のリソースで新規事業を回すことがベスト」と考える企業は多いと思いますが、これには弊害もあります。人材リソースを社内で閉じてしまうと、新たな市場にチャレンジするはずの新規事業が、すべて本業のルールに基づいて走り始めてしまいがちなのです。だから、内部ではないリソース、外部パワーの取り込みが大事なのだと思います。

世の中にあるリソースをいかに使い倒せるか

Q:自社のリソースだけで完結しようとしてしまう、いわゆる「純血主義」のような状態に陥ってしまうのには、どんな原因があるのでしょう?

守屋:

大企業といっても、ほとんどの人材は本業経験しかなく、新規事業を立ち上げた経験を持つ人は少ないはずです。これまで我が国は右肩上がりの経済で来ていて、「本業を頑張ってナンボ」だった。だから創業者以外にはあまり新規事業経験者がいない。いたとしても新規事業経験者というよりは、新サービスや新商品の経験者というレベルだと思います。

 

そうした環境で新しい挑戦を始めたとしても、多くの人は「本業の中でうまくやりたい」と考えがちで、どうしてもクローズドなものの見方になってしまうんです。

Q:単に人材配置の問題だけでなく、新規事業そのものを成功に導くためにも外部の力を活用することは重要なのですね。

守屋:

そうですね。外部には、チャレンジする市場の経験者も、新規事業の経験者もたくさんいます。それを自社のために活用することは、とても自然なことだと思うのです。「経験」や「視点」、そして「熱量」をうまく獲り込み、それによってどのような戦略設計を描いていくのかが、これからの企業競争力の源泉になっていくように思います。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:守屋 実

1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で、新規事業の開発に従事。自らは、メディカル事業の立上げに従事。
2002年に新規事業の専門会社、株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。
複数の事業の立上げおよび売却を実施後、2010年、守屋実事務所を設立。ベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。投資を実行、役員に就任して、自ら事業責任を負うスタイルを基本とする。
2016年現在、ラクスル株式会社ケアプロ株式会社メディバンクス株式会社株式会社ジーンクエスト株式会社サウンドファンブティックス株式会社株式会社SEEDATAの取締役などを兼任。