平成28年12月、厚生労働省は社会に根深く潜む長時間労働問題を根絶するため「過労死等ゼロ緊急対策」を発表しました。緊急対策は、①違法な長時間労働を許さないための取組の強化、②メンタルヘルス・パワハラ防止対策のための取組の強化、③社会全体で過労死等ゼロを目指す取組の強化の3つを柱としています。
今回は柱のひとつである「違法な長時間労働を許さないための取組の強化」を取り上げ、その内容を検証していきます。
1.違法な長時間労働の撲滅なるか?厚労省が示す指針
(1)新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底
サービス残業の存在を知りながら、見て見ぬ振りを続けてきた使用者に警鐘を鳴らすため、厚生労働省は新たなガイドラインを策定しました。新ガイドラインが目指すのは、使用者による労働時間の適正な把握です。
(2)是正指導段階での企業名公表制度の強化
これまでは、10人以上の労働者が月100時間を超える時間外労働を行っているなどの違法な長時間労働が1年間に3事業場で認められた場合に企業名が公表されることになっていました。緊急対策では月100時間超だった時間外労働の基準を月80時間超としました。さらに2事業場で過労死・過労自殺で労災支給が決定し、企業本社への指導にもかかわらず状況が是正されない場合、あるいは月100時間超の時間外労働と過労死・過労自殺が2事業場で認められた場合に企業名を公表することとしています。
以上のほか、長時間労働等に係る企業本社に対する指導と36協定未締結の事業場に対する監督指導の徹底が盛り込まれています。
2.現実はこうなる!?サービス残業撲滅がもたらす新たな恐怖
まず、新ガイドラインについて検討してみましょう。
労働時間はタイムカードなどで管理されていることが多いと思いますが、定時にタイムカードを押してから残業に入るといった運用がなされている事業場も少なからず存在しています。いわゆる「サービス残業」がこれです。
サービス残業が行われている事業場では、労働者の実労働時間とタイムカード上の労働時間は当然ながら一致しません。新ガイドラインは、使用者はそのことの把握に努め、実労働時間とタイムカード上の労働時間とが乖離していた場合には、実態を調査し労働時間を補正するよう求めています。
適正な労働時間を把握した使用者が取り得る手段は2つです。ひとつは、これまでサービス残業だった部分を正規の時間外労働とすること。もうひとつは、定時の帰宅を促すことです。
そもそも労働者がサービス残業を強いられるのは、使用者が時間外労働手当を支払いたくないからです。そんな使用者が労働時間を適正に把握したからといって、おとなしく時間外労働手当を支払うとは思えません。つまり、あくまで時間外労働手当を支払いたくない使用者は、相変わらずサービス残業をさせるか、定時で仕事を終えるよう指導することになります。
定時で仕事を終えるようになると、サービス残業によってこなせていた仕事がこなせなくなり、日単位の生産能力は低下します。このことは売上げの低下を意味し、サービス残業に支えられてきた会社にとっては死活問題につながります。
使用者は生き残りをかけ、生産性を向上させるか経費削減に取り組むことになります。生産性の向上は一朝一夕に見込めません。そこで経費の多くを占める人件費を削減するため、賃金構造を見直すか人員を減らす方向に向かいます。
雇用を守ろうと思えば給料は下がります。そうでなければ退職者を募るとともに新規採用を抑え、それでもダメなら整理解雇へと進むのです。
このように新ガイドラインは長時間労働の抑止力となる反面、深刻な副作用を持ち合わせている劇薬だといえます。
3.「公表」が抑止力となるのは一部の企業だけ?
次は企業名公表制度の強化です。
違法な長時間労働が認められた企業がその名称を公表される仕組みは、平成27年5月より実施されてきました。ところが公表は1件にとどまっています。緊急対策では長時間労働に対する抑止力として機能させるべく公表のハードルを下げました。しかし、これは社会的影響が大きいと思われる大企業を対象としたものであって、中小企業には適用されません。
違法な行為をした企業として公表されれば、売上げに影響することもあるでしょう。中小零細なら経営が傾くかもしれません。公表を大企業に限定しているのは、こういった影響を考慮しているからだと思われます。
しかし実際は、日本企業の99.7%が中小企業です(中小企業白書)。公表のハードルを下げたといっても、長時間労働の抑止力として有効かどうかは甚だ疑問です。
4.まとめ
このほど関西電力で従業員1万人超、計17億円の時間外労働手当の未払いが発覚しました。多額の手当を支払える大手企業だから対処できますが、これが中小企業だったらどうでしょうか。上記のサービス残業をなくすことが整理解雇へと発展するストーリーは少し極端だったかもしれません。しかし、決して妄想にとどまるものではないと思います。
一部の大手企業は別として、多くの中小企業では使用者が労働時間を適正に把握したからといってサービス残業を手放すことは簡単ではないのです。その現実を見ることなく、表面的な指針を示したところで何の意味もありません。長時間労働の温床となっているサービス残業を撲滅し安心して働ける職場を作るためには、もっと深く複眼的に労働市場の構造を分析することが必要だと思います。
この緊急対策、みなさんはどう感じましたか?
記事制作/白井龍
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