労働時間の短縮は、果たして生産性の向上につながるのでしょうか。福祉や社会保障で世界のトップレベルにある北欧のスウェーデンでは、未来の労働への政府の研究の一環として、2015年2月から2年間、1日6時間(週30時間)労働の可能性を試す実験が行われました。
この研究の対象になったのはスウェーデン第二の都市、人口約52万人のイェーテボリのスヴァテダレン養護老人ホームのスタッフたちです。この実験は、労働時間の短縮を支持するイェーテボリの政治家たちの支援で行われました。イェーテボリ市議会左派の指導者でこの実験の責任者のダニエル・バーマー氏は、「40年間私たちは、週40時間の労働形態を続けてきました。そのあげく、今では病欠や早期退職が増えている状態です。私たちはこの先の40年間に労働形態がどのように生活を改善していくか、という新しい議論をスウェーデンに起こしたいのです」と語っています。
好評だった中間報告
実験半ばの昨年4月に発表された監査報告では、この実験の初年度には欠勤が大幅に減り、生産性と労働者の健康が改善されたという結論が出ています。
スヴァテダレン養護老人ホームで介護者として働くアルトゥーロ・ペレスさんは、これまで老人やアルツハイマー患者の介護で1日8時間働いていました。仕事を終えて帰宅しても、3人の子供たちと過ごす時間はほとんどありませんでした。
しかし彼の職場がこの実験のために選ばれ、福利を向上させるために、従業員は賃金を削られることなく、勤務時間を6時間に減らすことができるようになりました。このプログラムが始まって 1週間で、彼は自分にエネルギーが戻ったのを感じたそうです。労働者の休養が十分にとれると患者のケアにもそれが現れ、入居者からの評判も好評でした。
老人ホームでの実験に習って、多くの企業も独自に労働時間の短縮を始めました。柔軟な勤務時間や実質的な育児休暇をすでに実現していたスウェーデンの市場に、さらなるフレキシビリティが加わったのです。
実験を終わって
しかし調査の過程で報告されていた、老人ホームのスタッフと患者の肯定的な見解にもかかわらず、週30時間労働の導入は、組織に追加スタッフを雇うことを余儀なくさせ、その支出が最終的には納税者により多くの経済的負担をかけることになるという批判が出ていることが、今年1月に報道されました。
時間短縮労働反対派のイェーテボリ副市長マリア・ライデン氏は、「働かない人に報酬を支払うことはできない」と主張して、企業が時間短縮労働モデルを採用するのを阻止するキャンペーンを主導しています。
この冬2年間の実験が終わった時点で、スウェーデンの大企業はライデン氏の意見に同意し、時間短縮労働を熱心に擁護して、このモデルが全国的に展開されるのを期待する意見は少数にとどまっているようです。
他の国の似た試み
これまでに時間短縮労働を試したのは、スウェーデンだけではありません。フランスの週35時間労働案も議論を巻き起こしましたし、2015年にメキシコの億万長者カルロス・スリム氏が週30時間以下の労働方針を打ち出したことも知られています。
欧州に比べて労働時間の長い米国でも、2006年にテクノロジー教育のTreehouse社のCEOライアン・カーソン氏が週32時間労働週間を実施して、従業員の幸福度や生産性を上げました。
2015年の夏、その〝過酷な″ 労働環境がニューヨークタイムズ紙に報道されたアマゾンも、昨年9月、数十人の従業員を対象に、週30時間労働のパイロットプログラムを開始する用意があると発表しています。こちらは福利厚生などの特典は残して、給与は25%引きになるというものです。
心理学者によれば、与えられたタスクに集中できる人間の能力は、一度にせいぜい数時間が限度。それを超えると私たちの意識はほかへ放浪し始めます。つまり集中がピークに達した後も仕事を強いられる8時間労働では、ピーク後の業務の成果は期待できません。それでも労働を強要されれば、かえって職場での悪い習慣が身に着いてしまうこともあると言われています。この見地からは、1日6時間労働はまことに理にかなっていると言えそうです。
またアマゾンのパイロットプログラムのように、勤務時間が短縮される分、給与もカットされれば、育児中の女性労働者などにも、同僚の視線を気にせずにキャリアをあきらめることなく働き続けられるメリットがあるのではないでしょうか。
1日6時間勤務で労働者のモラルと生産性が上がり、より多くの才能を職場に惹きつけることができれば、願ったりかなったりということになります。
まとめ
税金は高いものの、北欧諸国の社会保障制度の充実度は世界一であることはよく知られています。スウェーデンはこれまでにもよりよいワークライフバランスの実現ラボとして、フレキシブルワークの導入などのイニシアティブを取ってきました。したがってほかの国々より労働者の働く環境は格段によいわけですが、それでも充実度に甘んずることなく、現状ををよりよくする模索の一つとして、今回のような実験をしています。
労働者の補てん費用がかさんで、1日6時間労働を普及させるのは非現実的だという結果には終わりましたが、このような試みを実行に移せるところが、スウェーデンの先進的なところではないでしょうか。
労働時間の長さは欧州諸国よりも米国、米国よりも韓国や日本でより長くなっています。このような現実の中でも何の行動も起こらない私たちの社会は、ワークライフバランスの後進国と呼ばれても仕方がないのかもしれません。
記事制作/シャヴィット・コハヴ (Shavit Kokhav)
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