(写真:宮井 弘之さん)

 

世の中の最新トレンドを体現する「尖った生活者」。彼らの消費行動や価値観を抽出・考察する「トライブユーザーリサーチ」を通じて、新たなオープン・イノベーションを生み出す発想の源としていく。そんな独自のマーケティング方法論を展開しているのが株式会社SEEDATA(シーデータ/東京都港区)です。

博報堂DYホールディングス内の新規事業提案コンペを勝ち抜き、2015年10月に立ち上がったSEEDATA。その企業内起業ストーリーを、CEO(Chief Executive Officer)の宮井弘之さんとCOO(Chief Operating Officer)の藤井陽平さんに伺いました。第1回では、事業立ち上げまでの経緯について語っていただきます。

2年間の構想を形にし、「アドベンチャー」に挑戦

Q:まず初めに、貴社独自の「トライブユーザーリサーチ」について教えてください。

宮井弘之さん(以下 宮井):

「トライブ」とは、私たちが独自の調査網で発見した「先進的な消費者群」のことを指します。世の中全般のトレンドの中でも、特に際立った価値観で消費行動をする人たちですね。私たちは「尖った生活者」という言い方をしています。

藤井陽平さん(以下 藤井):

たとえば、健康のために複数種類のサプリメントを定期的に使用している消費者の中には、体に必要な栄養素が豊富な「完全食品」を摂取したいと考え、毎日5種類ほどのサプリメントを摂る一群があります。こうした特定分野での旺盛な消費意欲をつかむことで、新たなマーケティングの切り口やオープン・イノベーションのきっかけが作れると考えているんです。現在は約400のトライブをストックしています。

Q:この事業はどのような経緯で立ち上がったのでしょうか?

宮井 :

きっかけは、博報堂DYグループ内の新規事業提案制度である「AD+VENTURE」(アドベンチャー)に応募したことです。事業のアイデアは2年ほど温めていました。その年のアドベンチャーの応募締め切り日に、会社のイントラネットで流れてきた社内CMで期限を知り、「絶対に応募しよう」と思い立って締め切り45分前から企画書を作り始めたんです(笑)。

藤井 :

その企画書の中に私の名前が無断で記載され、知らないうちにエントリーされていました(笑)。以前からビジネスアイデアについては聞いていたので、「いよいよ動き出したんだな」という感じでしたね。

「ファクトの積み上げ」ではなく、「インサイトを探る」インタビュー

Q:「アドベンチャー」は、どのようなステップを経て審査を進めていくのでしょうか?

宮井 :

まずはA4のエントリーシート1枚と5分間の面接で候補を絞り込みます。全体応募数が数十件で、ここから10件ほどが残るイメージですね。その次に20分間の二次プレゼンがあります。ここでは、事前に約100ページに及ぶ事業計画書を提出しなければいけません。そこに勝ち残った2件で、最終審査としてアドベンチャーのボードメンバーであるパトロンへプレゼンする「パトロンプレ」を行います。

一次選考から二次プレゼンの間には、博報堂DYグループの各事業会社において開発に携わる社員、博報堂OBの起業家といった方々がガイドとして付いてくれました。準備期間は約2カ月間。ガイドとは10日おきのペースで面談を重ね、事業の骨格を固めていきました。

Q:当初から「トライブ」という方向性だったのですか?

藤井 :

いえ、最初の切り口は若干違いましたね。もともとは、広告業界でもマーケティング手法として広く使われている「フォーカスグループインタビュー」の逆パターンを作ろうという発想でした。通常、グループインタビューは案件の受注後に進めます。その案件だけの「オーダーメイド」ですね。それに対して、事前に想定したターゲットを切り出してグループインタビューを行い、「プレタポルテ(高級既製服)」のように汎用性のあるデータバンクを作ってしまおうという考え方です。

宮井 :

「トライブ」の考え方と共通する部分もあるのですが、当初はいろいろな話を聞く中で「ファクト」を積み上げることがグループインタビューの価値だと考えていたんですよね。しかしリサーチを進める中で、意外性のある消費行動を取る人たちの存在に注目するようになりました。彼らの内面にはどんな考え方があるのか、ファクトの裏側にある「インサイト」を掘り下げることで、よりユニークなマーケティングができるのではないかと考えたんです。

たとえば外食についてのリサーチを進めていく中で、朝から「野菜がどっさりと乗った脂こてこてのラーメン」を好んで食べる人がいたんです。もともとは、いわゆるより一般的な消費者層についての情報をとりためる方向にいく発想だったのですが、そのようなデータは皆知っているし、事前の弊社による潜在顧客層へのヒアリングなどでもそれほど興味を持たれませんでした。しかしこういった「朝からこってりラーメンを食べる」層については、皆が興味をもって知りたくなる。消費者のニーズも多様化し、マーケティングにおいても市場を細分化し明確なターゲットを設定していくことこそが重要度を増している中、こんな風に尖った消費行動を取る人に絞ってリサーチしたほうが面白いんじゃないかと。この発見がトライブの設計につながっていきました。

「顔が見える人のリアルな声」を集めて事業計画が完成

Q:審査を含めて、事業化に向けてどのように準備を進めていったのですか?

宮井 :

二次プレゼンの前段階から、想定顧客である大手企業の新規事業開発担当者や研究機関のリサーチャー、官公庁などのさまざまな層を対象にしてモニタリングを進めました。とにかく数多くのインタビューをこなしましたね。

企業内起業では、事業企画を通すために提携先を決めておいたり、社内連携の手段を確保したりといった外堀を埋めるプロセスも重要です。「どれだけ確実にサービスインできるか」も新規事業には欠かせない観点。実際に、過去の新規事業コンペでもよく最後まで残る企画はそういった視点で選ばれているケースが多かったと思います。ただ、「もう提携先や連携先も決まっているので大丈夫です」ということが重要な要素ではなく、重要なのはそのサービス自体がどの程度市場のニーズがあるのか、顧客は見えているのか、という点であるはずです。そのため、私たちの場合は、顔の見える相手のリアルな声を集めて「トライブ」の活用方法を具現化することに力を注いでいました。メンターの人脈には非常に助けられましたね。

Q:プレゼンは順調に通っていったのでしょうか?

藤井 :

「本当に大手企業がターゲットとなり得るのか」「そもそもグループインタビューはオーダーメイドでなければ成立しない」など、さまざまな議論が起きました。最終のプレゼンに至るまでには、ガイドともミーティングを重ねていましたね。

最終的に、最先端を走るトライブの価値観や消費行動をつかんで「生活者起点でのオープン・イノベーションを創出する」というコンセプトを固めました。これが審査でのエンド・ベネフィットとなり、見事にコンペを勝ち抜いて事業化に踏み出すことができたんです。

そこからはただひたすら、「トライブ」を編み出すためのブレストをする日々が続きましたね。

オープン・イノベーションを生み出す仕組みそのものを導入する方法も

第1回では、SEEDATAのサービスと事業化が決まるまでの経緯を伺いました。博報堂DYグループには、新規事業のタネを育み、企業内起業からオープン・イノベーションを生み出す仕組みがありました。

同社では並行して、外部の多彩な専門家人材との連携によって新規事業を創出する「Open Research JAM」を展開しています。新規事業を生み出す体制がない場合、またすぐに構築できない場合には、こうした仕組みそのものを導入するのも一案かもしれません。

次回は、先進的な消費者群「トライブ」をどのようにリサーチし、見出しているのか、同社ならではの手法を伺います。

(続く)

 

取材・記事作成:多田慎介

専門家:宮井弘之

CEO(Chief Executive Officer)としてSEEDATAの全体構想・統括、ならびに生活者調査技術開発、ビジネスモデル開発を担当。1979年埼玉県さいたま市生まれ。慶応大学商学部卒業後、2002年博報堂入社。情報システム部門を経て、博報堂ブランドイノベーションデザイン局へ参画。新商品・新サービス・新事業の開発支援に従事。流通・ヘアケア・スキンケア・サニタリー・プロバイダー・ビール・たばこ・日本酒・スナック菓子・保険・証券・IOTデバイス・ホテル・行政・旅行・教育・コンテンツ・半導体製造装置・車載部品・電力等の幅広い業界のリーディングカンパニーと300を超えるプロジェクトを経験。得意分野は、消費者調査(定性・定量)・成長戦略立案・ファシリテーション・コミュニティデザイン・イノベーション共創支援。研究の専門分野は消費者行動。博士(経営学)(筑波大学)。
著書
だから最強チームは「キャンプ」を使う。──「創造性」と「働きがい」を生み出すビジネス合宿術──(2010)共著、インプレス

書くスキルUP すぐできる! 企画書の書き方・つくり方 相手を動かす企画書をつくる6つのステップ(2013)単著、日本能率協会マネジメントセンター
2回以上、起業して成功している人たちのセオリー(2013)単著、アスキー・メディアワークス

専門家:藤井陽平

COO(Chief Operating Officer)としてSEEDATAのサービス開発、生活者調査技術開発を担当。2013年博報堂入社。嗜好品、観光業、化粧品などの分野で、生活者リサーチを基軸にした商品開発やブランディング業務に従事。自主事業として、大企業とベンチャーの事業開発推進プロジェクト、社団法人「コトの共創ラボ」の立ち上げに従事。