エンドユーザーと印刷会社を結び、これまでにないクラウド型ネット印刷の仕組みを実現したラクスル株式会社。利根川裕太さんは、20代半ばにしてその設立準備に関わり、共同創業者として同社の急成長を支えた人物だ。

インタビュー前編では、大手企業に勤務しながら並行してラクスル設立準備に関わるというパラレルキャリアについてお話を伺った。後編では、これまでのキャリアを生かした外部企業への関わりと、利根川さんが代表理事を勤める一般社団法人「みんなのコード」が目指す世界について伺う。

当事者にとってはとても難しい「やめる決断」を後押しできる

Q:利根川さんは、現在では「みんなのコード」代表理事を務める一方で、企業の新規事業のアドバイザーとしても活躍されています。サーキュレーションの1時間相談ができるマイクロコンサルサービス「Open Research」でも活動していただいていますが、どのような感想をお持ちでしょうか?

利根川裕太(以下、利根川):

私自身のこれまでの経験を生かしていく意味でも、また自分の経験を棚卸する意味でも、アドバイザー業務は良い機会となっています。Open Research経由で、いくつかの新規事業の相談に乗りました。

実際の相談事例としては、例えば、もともと受託サービスを手掛けている会社さまの新規事業相談がありました。その会社では新たなウェブサービスの形態を考えて、開発も進んでいました。しかし、相談ではいろいろな数字を見ながら、最終的には「このサービスはやめたほうが良いのでは?」という話をしたんですよね。

Q:それはどうしてでしょうか?

利根川:

会社の強みを新規事業に生かしきれていないように思ったんです。自社の強みを発揮できる方向で商売をした方が良いのではないかと。無理にウェブ方向へ展開するのは、その会社に合っていないと感じました。

事業を立ち上げた後で重要なのは、必要に応じて事業転換をどんどん進めていくことです。急成長していくベンチャー企業に創業期から身を置いて学んだことは、最初のアイデアのみで事業がうまくいくというより、その中での事業転換の意思決定を積み重ねて、さらに良いものへと進化させることが成功の鍵だということでした。自分の中でも重要なスキルだと思っているのはまさにその部分、事業を伸長させていく中でどのような意思決定が必要だったかを直接体験しているところだと思っています。

そうした事業転換のような大きな意思決定は、事業を推し進めてきた社内の人には思い入れやそれまでの労力、執着などもあって意外と難しいことが多いと思います。

そんなときに、ウェブサービスの立ち上げや事業転換を経験している外部の人材があえて大きく方向転換をする意見をいうことで、改めて意思決定の軸が分かりやすくなる。外部だからこそ「歪み」を冷静に気付けるのだということも、マイクロコンサルの価値ではないでしょうか。

江戸時代に米沢藩藩主として財政改革を成し遂げた上杉鷹山は、「見切り千両」という言葉を残しています。何かをやめるのは当事者にとってはとても難しいことですが、それが大きな利益を生むこともあります。必要な場合にそれを適切にアドバイスしてくれる外部の存在は貴重だと思いますね。

確かに、ベンチャーの創業期から参画して事業の成長やたくさんの事業転換を見てきた当事者だからこそ気づくことがあり、説得力があるし、内部の人材からは出にくい意見を出すことができますね。

教育現場とIT業界をつなぎ、新たな価値を創造

Q:一方で利根川さんは「一般社団法人みんなのコード」を立ち上げ、子どもたちに向けたコンピューター教育の充実に向けて活動されています。どのような思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

利根川:

「コンピューター教育が学校教育に取り入れられ、日本全国の子どもたちが楽しくコンピューターの内面に触れ、21世紀を活きる力を身に着けることを私たちは目指します」というビジョンを掲げています。世界的な子ども向けプログラミング教育普及活動である「Hour of Code」(アワーオブコード)の日本国内事務局として、学校でのコンピューター教育に関する普及啓蒙活動を進めているんです。

政策提言活動も行っているのですが、「実際にプログラミングを教える学校の先生」サイドと「仕事としてやっているIT業界」をつなげて、実用性の高いスキルを教えるために必要なことを整理し、しっかり実績を積み上げていくことを重視しています。学校の先生がプログラミングを教えるために何が必要なのか、先進的な学校と提携しての実証実験も進めているんですよ。それを文部科学省や政治家に取り上げてもらうために働きかけているところです。

この「みんなのコード」の事業は、20年間は続けなければいけないと思っていて。学校現場での指導方針の根本となる教育指導要領は10年に一度変わるんですね。私の目指す姿になるのは、このまま行くと12年後くらいなんです。それを考えると、しっかり形が整うのは20年後くらいかなと。

Q:この活動に情熱を燃やしている一番の理由は何でしょうか?

利根川:

きっかけはアメリカのNPO Code.orgが主唱する「Hour of Code」を偶然知ったことなんですが、「世の中を変えるような仕掛け」「実際に変革していく動き」を自分たちの手で作りたいと本気で考えるようになったんです。これからの世界のあり方を考えれば、子どもたちがIT業界で活躍しやすくなるように教育プログラムを見直していくことは絶対に必要です。

民間のプログラミング塾は既に国内でも何社も展開しており、群雄割拠の様相を呈しています。ただ、テクノロジーの世界は本来誰にでも平等に機会があるはずだと考え、私は特に「学校教育にフォーカスしていく」というCode.orgの考え方に共感し、日本でもこの取り組みを実施しようと決めました。

また、当初は単純に「Hour of Code」の活動を日本で広めることを考えていたのですが、それだけでは世の中を変えていくためのインパクトが小さいと思い、「日本の学校教育にコンピューター教育・プログラミング教育を取り入れる」というところに目標を置き法人を設立しました。

動機は、かつての起業への関わり方と共通しているのかもしれません。何事も本気でやらなければ実現できないし、本気でやるからこそ面白いんですよ。「みんなのコード」を一つの軸として、今後も新しい価値を世の中に発信していきたいと思っています。

 

(編集後記)

「自社にはない視点で新たな提案をする」だけではなく、「自社では気付けないリスクを指摘し、事業転換を提案する」というコンサルティングの価値を語ってくれた利根川さん。成長中のベンチャーであっても、将来に向けた事業戦略を描く際には、冷静沈着に現状を見つめてくれる外部専門家の眼が欠かせないのかもしれない。未来のエンジニア育成に取り組む「みんなのコード」の活動にも、利根川さんならではの経験と情熱が生かされている。

25歳でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた利根川さんは今、日本のIT教育を変えるべく奮闘している。利根川さんが歩むキャリアから、「新たな価値の創造」を言葉だけで終わらせるのではなく、理想の実現に向けて行動し続けることこそが重要なのだと改めて教えられた。

 

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

専門家:利根川 裕太

大学を卒業後、森ビル株式会社へ入社し予算部門や営業部門に勤務。並行して、ネット印刷ベンチャーとして創業に向けて動いていたラクスル株式会社の設立準備に参加。技術責任者として同社の成長を支える。2015年に一般社団法人みんなのコードを設立。代表理事として、学校現場での子どもたちへのプログラミング教育を普及させるための啓蒙活動、政策提言活動を行っている。