今回は、元総合格闘家で、現在は格闘技とフィットネスを融合した新しいタイプのトレーニングプログラム「ファイトネス」を立ち上げ、広く展開されている大山峻護さんへのインタビューです。

前編では、柔道、総合格闘家といった大山さんの特異なキャリアについて伺いました。後編は、格闘の世界を引退後のセカンドキャリアをどう設計したかについてです。アスリートは、「一生懸命やっていた選手ほど、セカンドキャリアが大変になる」という大山さん。どういった経緯で現在の「ファイトネス」立ち上げに至ったのかを伺いました。

美輪明宏氏の舞台に出演。クロスオーバーな経験から得たもの。

Q:2007年には舞台にご出演されたのですね。

大山峻護氏(以下、大山):

そうなんですよ(笑)。当時、僕の友達が美輪明宏さんのことが大好きで、「美輪さんと会ったら死んでもいい!」と言うくらいファンだったんです。

なんとか夢を叶えてあげたいと思っていたら、ちょうど美輪さんの舞台に、友達が女優として出演していたんです。さっそく彼女に連絡して「美輪さんの大ファンがいるから、舞台のあと、学屋挨拶させてもらえないでしょうか」と、お願いしました。それで、快く機会を作っていただいて、舞台が終わったあと美輪さんにご挨拶に行ったんです。

そしたら、数ヶ月後ですね、マネージャーさんから僕にオファーが来たんですよ(笑)。「舞台に出てください」って。次の舞台に、僕がぴったりだったらしくて。

で、僕、びっくりしちゃって、とんでもないことだと思って、絶対にお受けできません、とお断りしたんです。

Q:現役選手でもありましたしね。

大山:

そうなんです。現役でしたから、時間もないですし。

でも、先方も引かなくて。「じゃあ、あなたの口で美輪さんに断ってください」と、言われたんですよ。成す術もなく、「はい。わかりました」と、パルコ劇場に行きました。

美輪さんにお断りする文章を全部頭の中に入れて、何回もシミュレーションして、美輪さんが来るのを待ちました。

そしたら、美輪さんが出てきて、目の前に立ったら、なんか、ぶわってピンクのオーラに包まれたような気持ちになって、セリフがぜんぶ飛んでしまって、結局「よろしくお願いします!」って言っちゃったんです。

それで舞台をやることになりました。

Q:美輪さんのオーラは絶大ですね(笑)。異色の経験はいかがでしたか?

大山:

今、思えば素晴らしい経験でした。

何より、美輪さんのプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けました。常に進化しようとされているんです。ライティングから衣装から、全て美輪さんご自身が手がけますし、毎回「もっとこうしなさい」「ああしなさい」の連続。舞台中でも構わず仰るんです。

一番驚いたのが、千秋楽が終わって、最後の緞帳が下りた瞬間、ベテラン俳優さんに、「あなたもっとこうしなさい」と、言ったんです。

千秋楽、最終日ですよ?「どこまで進化しようとしてるんだろう、この人は」って、僕、もう、びっくりしちゃって。目線を下げることなく、上を見続ける姿勢は、大変勉強になりました。

Q:深いエピソードですね。

大山:

はい。舞台と向き合う姿勢が素晴らしいですよね。

分野は異なりますが、「上を目指す」という視点や姿勢みたいなところは、僕が大事にしてるものと重なるところが多く、美輪さんから、たくさん学ばせていただきました。

誰のための、ビジネスなのか。きっかけは、ストレスチェックの義務化

Q:素晴らしい機会でしたね。その後もたくさんの試合に出られていらっしゃいますが、桜庭選手というヒーローを目指して始められた格闘技、どのようなきっかけで引退を決断されたのでしょうか。

大山:

一番は、脳へのダメージですね。たくさんKO負けしてきたし、ヘヴィー級の選手とも闘ってきたので、脳にものすごくダメージがたまっていたんです。

30代後半になって、倒れ方が明らかにおかしくなってきた。これはちょっと、壊れかけてきたなというのを身をもって感じ始めまして、それで決断しました。もう壊れていたと思うんですね。倒れ方がおかしかったので。

それでも、引退した直後は、本当に頭が真っ白になりました。何を続けていったら良いのか分からなくなったんです。

無我夢中で、いろいろな方に会いました。話を聞いていく中で、「厚生労働省が企業にストレスチェックを義務付けることが決まった」と、聞いて。

鬱病に悩む方が増えてきて、メンタルヘルスケアが非常に重要になってきている、と聞き、もしかしたら、僕がやってきた格闘技を使って貢献できるんじゃないか、と思ったのが始まりでした。

それが、格闘技とフィットネスを融合した「ファイトネス」というプログラムです。

僕が培ってきた知識と経験で多くの人に貢献できたら、こんな幸せなことはないと思って始めました。格闘技のコンディション作りを、誰でもできるようなプログラムにして、オフィスでやることができたら、すごく楽しいなと思ったのです。

最初は、知り合いの会社でやらせてもらって、それからだんだん広がっていきました。そのうち、大きな企業様とも繋がり、訪問させてもらって、一生懸命プレゼンさせていただくと、やっぱり伝わるもので、「じゃあやってみようか」ということになりまして。もうその連続です。

Q:格闘技をオフィスでやるって、なかなかないですよね。

大山:

はい。そうなんです。ないんですけれども、例によって、僕、また「やりたい!」と、思っちゃったんですよね。一度そう思ったら、それしか考えられなって、夢中でやっていくうちに、幸いどんどん形になっていきました。

Q:トレーナーは、他にも何名かいらっしゃるのでしょうか。

はい、います。実は、アスリートのセカンドキャリアということにも関心があったんです。アスリートは、一生懸命やっていた選手になればなるほど、セカンドキャリアが大変になるんですよ。なぜかというと、その競技に没頭しているからなんですよね。

でも、引退はある日突然やってきます。突然、社会に放り出されて、途方に暮れてしまう人もいる。そこで、なんとか輝ける場を作りたいなと思っていたことも、ファイトネスを始めた1つのきっかけでした。引退後のアスリートが、企業に貢献するというパターンは今までなかったので、僕がしっかりそれに取り組んで、新しいかたちを作り上げていきたいなと思いました。

Q:そういう観点もあったのですね。アスリートの現役時代、企業はスポンサーとして選手を支援する。引退後、アスリートは企業に、そういった現役時代のノウハウを活用したものを別のかたちで返していく。すごく循環性の高い関係性が生まれますね。

大山:

そうなんです。良い流れを作っていきたいです。最近では、関西の方にも呼ばれるようになりまして。もう、呼ばれればどこにでも行こうと思っています。

Q:現役時代の試合に出かけていく時のマインドと同じですね(笑)。

大山:

そうですね(笑)。とにかく喜んでもらえるのが嬉しくて。企業様によって、ニーズが全然違うんです。「研修として依頼したい」という場合もありますし、「社員同士のコミュニケーションの活性化を図りたい」「チームビルディングとしてやってほしい」と、いった依頼もあります。単発の場合もありますし、月に1回来てくださいという企業様もあります。とにかく、今は、全部のニーズに応えようと思っています。

「心のクセ」の積み重ねが、人生を決める。アスリートとして培った財産を、働くひとの健康づくりに応用する。

Q:ファイトネスを体験してもらう際、どのようなことを大切にされていらっしゃいますか。

大山:

そうですね。心の在り方を伝えることでしょうか。今まで格闘家として培ってきた知識と経験をメッセージとして伝えることを大切にしています。たとえばエクササイズ中に伝えるメンタルコントロール。これがあるからこそ、僕たちアスリートがやる意味があると思うんですよ。ただ楽しいだけのエクササイズで終わってしまうと、他のトレーナーさんでもできますからね。

Q:たしかにビジネスも格闘技も、心の在り方はとても大切なことですね。

大山:

はい。今、本当に鬱の方が多くなってきていて、企業様に行けば行くほど、アスリートの持っているメンタリティはものすごく必要とされてるんだな、と感じます。

Q:具体的にはどのようなことを伝えるのでしょうか。

大山:

たとえば一番簡単なところで言うと、エクササイズすると、当たり前ですが、心拍数が上がりますよね。心拍数が上がると、苦しくなります。苦しい状態になった時ほど、人って、今までの「心のクセ」が出ます。それが「めんどくさい」と感じることなのか、「やめたい」と思うのか、それとも「よしここから頑張ってみよう」と気合が入るのか。面白いことに、皆さん個々に違います。それが一人づつの「心のクセ」なんです。普段は、無意識の中のルーティーンになっているので、一人だとなかなか気づかないと思うのですが、でも、その心のクセの積み重ねが、ある意味、人生を決めています。

Q:トレーナーとして、ファイトネス中に、どうやってそれに気づくのでしょうか。

大山:

「アクション」というかたちで反応が出るので、僕たちはすぐに分かります。たとえば。後ろに下がってしまったり、目線を下げてしまったり。どこかに表れるんですよ。「さあ、これから始めましょう!」という最初の時点で、結構、反応がわかるんですよ。いきなりピチピチのTシャツを着た大きい人がオフィスに現れて、「ファイトネスします!」と、言っている。ざわざわとなり、目が輝く人もいれば、面倒くさそうにしている人もいるし、乗り気じゃなさそうな人もいる。それこそが、すでにアクションなんですよね。だから、最初に、「今の状況に対するご自身の反応を知ってください、感じてください。それが、あなたの心のクセです。」と、伝えます。普段、仕事で「壁」や「トラブル」など、何かが起きたときに、同じような反応が出ている可能性があります。で、それを知ったら、「エクササイズ中は、意識して心のハンドルを少しプラスに傾けてみましょう」という話をします。意識しないと、ハンドルって切り替えることはできないので。で、そのハンドルとは何かと言うと、体の使い方だったり、言葉だったりします。目線を上げるとか、視線を正すとか、口角上げるだけでも変わってきます。

Q:なるほど。

大山:

あと、わかりやすいのが「セルフトーク」。皆さんの口癖が出るんですよ。「疲れた」とか「キツイ!」とか、いろんな言葉が出ます。それも、その人のクセ。エクササイズ中は「よしがんばろう!」「やってみよう!」に、意識して変えてみてください、とも伝えています。そこから、プラスのアクションに繋げていくイメージです。

Q:心のクセが出たときに、目線が下がるとか、後ろに引いている気づくことができるのは、接近戦かつ一対一で戦うアスリートだった大山さんだからこそ敏感に察知できるところもあるのでしょうね。対戦相手を観察しながら戦っていたわけですもんね。

大山:

そうですね。あと、体を変えると、心がついてくるんですよ。この連続の中で、皆さんの心の状態が変わってく様子を見ているのはとてもおもしろいです。僕たちが培ってきたことを知ってもらって、皆さんの人生にちょっとでも貢献することができたら、こんなに幸せなことはないと思っています。

何のためにやっているのかを、忘れない。職種が変わっても変わらなかったもの

Q:「人の土台をチューニングしてる」というイメージが、今、ふと湧きました。ファイトネスは、人生に関わる土台をチューニングすることを価値として提供しているのかな、と。

大山:

はい。本当にその通りですね。

Q:ちなみに、今後の理想のイメージとして、どうなっていくことが大山さんのいまのハッピーなイメージですか?

大山:

僕は、たくさんの人たちに喜んでもらいたい、という思いだけなんですよね。本当に。その結果、ファイトネスが広まってくれたらいいなぁと、思っています。そこが、なんていうのかな。目的が間違わないようにしなきゃいけない。広めていくことにフォーカスしすぎて、プログラムの内容が薄くなってしまったり、与えられるものが少なくなってしまったら本末転倒。やっぱり、僕は喜んでもらってこそだと思う。職人気質なんですよ。ひとつひとつ丁寧に、毎日の繰り返し。とにかく、それに尽きると思っています。その連続が、結果として、価値を生み出していくものなのではないかと考えています。

そのためにも、「何のためにやるのか」という思いを忘れたくないですね。僕は、やっぱり「ヒーロー」を目指したい。ヒーローって、強いだけじゃなくて、世の中に貢献するし、多くの人に喜んでもらえる存在です。今、僕は現役選手じゃないし、もちろん闘ってもいない。でも、ヒーローでありたいという思いはある。それは、職業が変わっても変わらなかったものです。だから、新たな目標が生まれてきた。自分がどうしたいのか、何をしたいのか、何に貢献したいのか、何を人に与えたいのか。それさえ固まっていれば、どんな仕事だって、道はきっとあると思います。

Q:ありがとうございました。

取材・記事作成/伊藤 梓

写真/ 鷹野 愛

大山峻護(おおやま しゅんご)
栃木県那須郡出身。元総合格闘家。
第28回全日本実業柔道個人選手権大会・男子81kg級優勝、2000年 全日本アマチュア修斗選手権 ライトヘビー級 優勝を経て、総合格闘技に転向。2001年PRIDE参戦。主な対戦相手は、ヴァンダレイ・シウバ、ヘンゾ・グレイシー、ハイアン・グレイシー、ミルコ・クロコップ。2004年にはK-1・HIERO’Sに参戦。ピーター・アーツに勝利。2012年ROAD FC初代ミドル級チャンピオンとなる。
引退後は、格闘技とフィットネスを融合した新しいタイプのトレーニングプログラム「ファイトネス」を立ち上げ、トレーナーとして企業や学校、個人に広く展開。
座右の銘は、”ALL INTO POWER”(「すべてを力に」)。
■ファイトネス公式ホームページ: http://shungooyama.spo-sta.com/
ノマドジャーナル編集部
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