これから海外に打って出ようとする企業は、まず何に取り組むべきなのか。また、すでに海外拠点を築きつつも伸び悩んでいる企業は、何を改善するべきなのか。そんな課題を解決するため、「海外事業力育成セミナー」が11月2日に開催されました。
講師は、株式会社パンアジアアドバイザーズの椿高明氏。

中編では、海外事業で伸び悩む企業、成功する企業のそれぞれの特徴について明らかにします。

「パートナーが売ってくれない」販売での悩み

海外事業が伸び悩む企業経営者には、共通する口癖があります。これは面白いぐらい共通しています。いくつかご紹介します。
まず1つ目は販売についての愚痴です。

「パートナーが売ってくれない」
「売り方が下手」

こういった場合は、ある生産設備メーカーの販売子会社の例をお話しすることにしています。この企業は連結売上高で830億円。アジアやヨーロッパ、北米に多くの営業所を展開し、海外売上比率を高めています。本気で海外展開したいなら「代理店任せ」ではダメだし、「代理店が売ってくれない」と言っている場合でもありません。売れる人材がいないなら、採用するべき。こうしたパートナーや代理店依存的な発言の裏側には、「エース社員を国内事業から手放せない」という理由が隠されている場合も多いですね。

これは、ある産業資材メーカーが2040年に向けて作った事業規模予測です。

2015年時点では売上高のほとんどを日本の国内事業が占めていますが、2040年の予測では国内事業規模は全体の6分の1程度になっています。驚くほど、現在のニッチ市場が将来的に伸びていくと予想されているわけです。これは何を意味しているかと言うと、「現在の主力事業から将来の主力事業へと人材移動していくべき」ということ。2020年の新入社員は、2040年には部長クラスになっているでしょう。できるだけ早く、成長事業へ優秀な人材を移すべきだと言えます。

「現地財閥にアポが取れない」まずはオーナーを抱き込む

「現地財閥にアポが取れない」
「高すぎて相手にされない」

これもよく聞かれる「伸び悩み企業の発言」です。現地のメーカーや企業に売りにいっても、けんもほろろで相手にされない。「価格が高い」と言われて買ってもらえない。そんな悩みを抱えている企業は多いものです。

顧客の意思決定構造は、どのようになっているのでしょうか。このイメージをご覧ください。

そもそも日本企業が海外へ持っていくものは、時代を先取りした優秀な製品が多いのです。量産化が可能となるのは数年後。そんな次世代技術を売り込みに行っているわけですね。これは、購買部門に売り込んでも相手にされません。購買は、「来年必要なもの」を買う部門です。

私たちが「遅くとも5年後には量産ラインに乗るはずだ」と思っているような次世代技術の商品を売るためには、まず相手企業のオーナーに会うことです。そこで「10年後のことを考えていますか?」と語りかけてみましょう。他の外資系企業が持っている技術が自社になければ、いざ規制緩和が起きたときに大変なことになります。この話を、オーナーなら理解して、すぐにR&D部門や技術部門につないでくれるはず。こうしてオーナーのお墨付きをもらい、担当部門とともに動くことができれば、他部門のマネジメント層も一切文句は言えなくなります。うまくいっている海外のジョイントベンチャーは、ほぼすべて、オーナーを巻き込んでいますね。

「現地製品の品質はひどい」顧客の近くで、現地目線で商品開発

「現地製品の品質はひどい」「自社の基準には到底合わない」
「品質保証をどうするのか」「これはブランドプロミスの問題」

これは「自社の製品は良い」と決めつけていて、海外事業がうまくいかない理由をマーケットに押し付けているパターンです。でも、ちょっと考えてみてください。そもそも良い製品かどうかは、マーケットが決めるんです。その時代に合った値段や品質によって、良い製品として選ばれるわけです。

パナソニック社とアンカー社の例で考えてみましょう。アンカー社は、インドの住宅設備機器最大手の企業です。パナソニックはこの企業を買収して、ともに現地展開しています。当初はパナソニック社内でも、「アンカー社の製品クオリティは大丈夫なのか。低い品質のものをパナソニックが売っていいのか」という議論があったようです。しかし、現地の販路はどうしても必要。マーケットが良い製品だと受け止めているのであれば、パナソニックの力で品質向上にも寄与しながら広げていこう。そんな考えで、現地展開を成功させることができました。

日本のニーズや仕様に合わせて日本で作られた製品は、新興国にはフィットしないことも多いです。良い製品は、顧客の近くで作ることが鉄則だと言えるでしょう。

そうした現地視点に経って、イノベーションを起こした事例を一つご紹介します。インドの生活家電メーカー・Godrej(ゴドレジ)社が開発した、「Chotukool」という冷蔵庫です。

現地では電力供給が安定していない地域も多く、1日数時間しか電気が使えないような人たちがたくさんいます。インドでは「パニール」という自家製のチーズを作りますが、夏場は気温が高いため、発酵が早すぎて味が落ちるという問題がありました。だからといって、日本の冷蔵庫は値段が高すぎるため、品質が良いことは分かっていてもインドの一般層には手が出ませんでした。

そんなインド人にとって冷蔵庫とは、「パニールの味を落とさないための魔法の箱」であればよいのです。他の食材は身近な場所で生産しているので、それらを保存するための大型で高性能な冷蔵庫の必要性はそこまで高くありません。そこでGodrel社は、「数時間の通電で1日保冷でき、容量43リットルの小型で、1台5000円ほど」の低所得層向け冷蔵庫を開発しました。日本企業の製品から一生懸命機能を削ぎ落としても、5000円にはなかなかできません。「冷蔵庫」と聞いて想起する日本人の固定観念を疑えるかどうか。現地目線で考えれば、まったく違う製品になるわけです。

(後編へ続く)

*前回セミナー「海外事業力育成セミナー 次世代経営幹部を育てる」については、以下の記事をご覧ください
前編:https://nomad-journal.jp/archives/1400
中編:https://nomad-journal.jp/archives/1408
後編:https://nomad-journal.jp/archives/1412

【登壇者】椿高明氏
株式会社パンアジアアドバイザーズ代表取締役。
経営戦略の助言を専門とするボストンコンサルティンググループおよび
ドリームインキュベータの実力派メンバーを中心に、2008年パンアジアアドバイザーズを設立。
日本企業の海外進出支援を専門とするコンサルティングを提供している。
中国、東南アジア、インドはもとより、トルコ、西欧・東欧、アフリカを含む主要各市場で、
力量の高い現地パートナーと緊密に連携しながら、過去8年で120超のプロジェクトを支援してきた。
近年では新たに進出するプロジェクトばかりではなく、
進出して10年を超える現地組織のてこ入れやローカル顧客開拓、顧客満足度向上、
現地経営人材の採用育成など、最先端の経営課題に対してこの分野のパイオニアとして、
現地社長・本社役員と一体になって取り組んでいる。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。