ここまで、日本におけるワーク・ライフ・バランスについて見てきました。女性だけを引き立てよう、という女性活用の段階から、すべての人が働きやすい社会を実現しよう、というワーク・ライフ・バランスの段階へ、少しずつ前に進みつつあると言えますね。

 

それでは、先進的な取り組みを行っている企業は、具体的にどのようなことをしているのか?実例を交えて、見ていきたいと思います。

「時間」と「場所」の制約がない働き方へ。株式会社サイボウズ

まず取り上げるのは、株式会社サイボウズ。グループウェアを開発・販売している会社です。
サイボウズでは、2005年に離職率が過去最高を記録したことをきっかけに、「より多くの人が、より成長して、より長く働ける環境を提供する」というポリシーを定め、様々な制度を取り入れてきました。

 

代表的なものをいくつかご紹介すると、
・最長6年間の育児・介護休暇制度
・働く場所と労働時間を選べる、選択型人事制度。9つのパターンがあり、ライフスタイルに合わせた選択が可能
・在宅勤務制度
・ウルトラワーク(雇用契約書に定められた時間、場所と異なる働き方を”単発で”すること)
といったものがあります。時間と場所に制約されない、自由な働き方が可能になる制度ですね。

 

私はフリーランスになってから、自宅兼オフィスで仕事をすることが増えました。さらに子育てをするようになり、時間の使い方に大きな変化がありました。
午前中は家事をしながらメール処理などをし、午後は集中力を要するデスクワーク。16時頃から晩ごはんを作り、17時頃子どもを保育園に迎えに行きます。帰宅後は、子どもと遊び、一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、20時頃には寝かしつけます。その後、23時頃まで再び仕事をして就寝、というのが最近のスタイルです。疲れている時は、子どもと一緒に寝てしまうこともありますが・・・。

 

通勤時間がないというのは、ワーキングマザーにとってはこの上ないメリットです。片道1時間、往復2時間かかるとしたら、その間に、洗い物、洗濯2回、掃除、晩ごはんの仕込みは軽く終わらせることができます。余った時間は、もちろん仕事に使えるわけです。
また、残業時間を気にすることなく、時間になったら仕事を切り上げて保育園に行き、必要ならば夜に仕事をすることができます。

 

たまに、「いつでもどこでも仕事ができるってことは、いつでもどこでも仕事に追われるってことでしょ。大変じゃないの?」と聞かれることがあります。確かに、そういう考え方もありますよね。
私は、”夫が帰宅したら仕事は終わり”というマイルールを設けています。自分で線引きしないと際限がないですし、夫も忙しいので、揃って家にいる時間くらいはお互い顔を見て会話をする時間にしたい、と思ったからです。
このように、自分のライフスタイルに合わせて、時間と場所を選ばずに仕事ができるというのは、ワーク・ライフ・バランスをとても取りやすいスタイルだと思います。

 

でも、会社員で自由な働き方を実現するには、マネジメントやルール作りの難しさがあるはずです。サイボウズでは、いったいどうやって実現しているのでしょうか?

 

サイボウズには、「公明正大」、「自立と議論」、「率先垂範」、「ルールより目的」という4つの企業文化がありますが、成功のために必須なのは、社内で一番大事な行動規範とされている、「公明正大」という考え方だそうです。これは、”公の場で明るみに出ても、正しいと大きな声で言えること”を言います。
その仕組みの一つとして、社員がグループウェアにログインしたら最初に表示される画面に、「スッキリQ&A」というデータベースがあり、問題の大小問わず、何か違和感を覚えたら書き込むルールになっているそうです。

 

二つめのポイントは、「自立と議論の文化」。多様性を重視すれば、時に違和感を覚える人が出てきます。そんな時は、「理想と現実」、「事実と解釈」を分けて議論することで、問題解決の糸口を探るのだそうです。
また、「質問責任・説明責任」と言って、”気になることは質問しないといけない”、”質問されたら説明しなければならない”という考え方も大切にしているのだそうです。なおサイボウズでは、こうしたワーク・ライフ・バランスに配慮した制度やコミュニケーションを活性化する制度を取り入れることで、2005年に28%だった離職率が4%にまで改善したそうです。

 

組織で動いている以上、各々が気ままに働くことはできませんよね。そこで、お互いを信頼し合うことをベースに、”何のためにその選択をしたのか?”という目的を共有・共感することで、自由な働き方を実現されているようです。社員一人ひとりが、自律的に考えて動くようになるので、結果的に業務効率が上がり、成果にも繋がっていくのではないか、と感じました。

平等な職場環境を整え、ワーキングマザーにも成長を。株式会社資生堂

女性に優しい企業の代名詞ともいえる資生堂が、2014年春から、美容部員を対象に、育児期間中であっても夜間や土日にシフトに入ってもらう、と通達しました。2015年にNHKのニュース番組で報道されたことをきっかけに、”資生堂ショック”として大きな波紋を呼んだので、ご存じの方もいるでしょう。

 

20年以上前から育児休業や育児時短の制度導入や企業内保育所を開設するなど「女性に優しい」体制を整えてきた資生堂が、一気に女性に厳しい制度に振り切ったかのように見え、当時は批判する人もいました。ですがこれは、「女性が働きやすいように配慮しよう」という段階から、「ライフステージのいかんを問わず平等に、各々がワーク・ライフ・バランスを取りながら、キャリアを積めるように配慮する」という段階へ進化した、先駆けといえる例なのです。

 

資生堂が扱う化粧品という商品の特性上、客足は平日の夕方~夜間、土日に集中します。ですが、時短勤務で平日日中しかシフトに入れない社員が増え、忙しい時間帯に人手不足となり、ロスが起きるようになりました。同時に、特定の人が夜間・土日シフトに多く割り当てられることになり、現場から不満が上がっていました。

 

また、美容部員は、多くの接客を経験することでスキルが向上します。お客さんが少ない時間帯でしか勤務できなければ、スキルアップも難しくなるのです。
これらの問題を解消するために投入されたのが、前述した対策でした。

 

働く以上、誰しも「成長したい」という欲求を持っていると思います。
私自身、子育てをしながら仕事をしていて、「スキルアップに費やす時間が足りない」という焦燥感に駆られることがあります。日々の仕事、子育て、家事に精一杯で、勉強したり、セミナーに参加したり、様々な人と意見を交わす場に顔を出したりする時間が、全然取れないのです。特に、私の場合はフリーランスなので、会社が用意してくれた研修があるわけでもなく、自分で腕を磨いていく必要があります。「勉強も仕事のうち!」と意思を持って時間を作るように心がけ、何とか担保しているのが現状です。

 

仕事しながら確実にスキルアップができれば、子どもから手が離れた後に焦る必要もありません。子育て期間を特別なものとみなさず、常に向上する気持ちを持ち続けられるこの取り組みは、とても画期的だと思いました。シフト割り当てにおける不公平感も解消され、みんなが交替で土日や夜間に休みを取れるようになり、ワーキングマザーたちも肩身の狭い思いをしなくて済むようになったのではないか、と思っています。

 

2社の先進事例、いかがだったでしょうか。
こうした取り組みが広がれば、労働生産性も向上し、子育てや家事は家族みんなでするもの、という概念に変わっていくでしょう。ワーク・ライフ・バランスの概念は、働き方にイノベーションを起こすには不可欠だと強く感じました。

専門家:天田有美

慶應義塾大学文学部人間科学科卒業後、株式会社リクルート(現リクルートキャリア)へ入社。一貫してHR事業に携わる。2012年、フリーランスへ転身。
キャリアコンサルタントとしてカウンセリングを行うほか、研修講師・面接官などを務める。ライター、チアダンスインストラクターとしても活動中。