海外のM&A市場をみた経験、そして旭化成という業界でもトップクラスの企業での経験を踏まえて、経営危機に陥りがちな「コストカットの落とし穴」について、前回、お話を伺いました。
今回は、その後、深尾氏が社長を務められたアルプス技研での経験をベースに、経営危機への対し方を伺います。
転職先で社長に就任。
いきなりの経営危機で採った緊急措置とは?
Q:前回、東洋醸造、旭化成時代の海外プロジェクトでの経験から、経営危機に際してありがちなコストカットの落とし穴の話を伺いました。今回は、その後、社長を努められたアルプス技研でのお話を聞かせてください。
深尾愛二郞氏(以下、深尾):
旭化成を退社した後、ある会社の上場準備をお手伝いしました。それが一段落ついたころに、たまたまアルプス技研が社長を公募していることを知り、応募したんです。99年のことで、アルプス技研の業績は好調でした。ところが、入社したら急に景気が悪化して、経営危機に陥ったのです。
そもそもアルプス技研は技術者の派遣業です。景気が良いときは、多くの会社に技術者を派遣していますが、景気の悪化でその多くが戻ってくるんです。ビジネスモデルとして、彼ら技術者はアルプス技研の社員です。仕事がなくても彼らの給料は支払い続けなければなりません。社長に就任してすぐにそんな状態になって、会長が「会社が潰れるぞ」と口にするような事態でした。そこですぐに幹部社員を集めて対策会議を開き、そこでの決定事項をすぐに実行した。結果として、業績は戻らなかったものの、利益は確保することができました。
Q:具体的には、どのような対策を実行したのでしょうか?
深尾:
人材派遣業で業績が悪いときに手っとり早い対策は、人を切ることです。しかし、人材派遣で人は命です。特にアルプス技研のような”技術者の派遣”では、経験と技術を持つエンジニアは必要不可欠であり、これを切ることは絶対にやってはいけないことなんです。そこで、緊急対策として、事業部の壁を取りはらった。それまで、技術者は事業部に所属していて、他の事業部からはどんな技術者がいるかわからなかったのを、オープンにした。こうすることで、自分の事業部のお客様で「こういう人材が欲しい」と言われていて、それが他の事業部にいるなら、持って行って良いということにしたんです。
次に、管理の強化です。そもそもきつすぎるノルマは人材が育ちにくくなるというマイナス面があるのですが、緊急措置として、幹部社員を含めて全員にノルマを課し、毎週チェックするようにしました。また、派遣の形にも新しい発想を採りいれました.一人一人の単位で派遣するのではなく、リーダー+新入社員の組合せでのチーム派遣などもこの頃に導入しました。
Q:事業部制を撤廃することで無駄を省くこと、管理を徹底することが大きな施策だったのですね。
深尾:
加えて、方向性も変化させました。それまでは、大手企業に大量のエンジニアを派遣することが大きな利益を生んでいました。それは事実ですが、業績が悪化すると大量のエンジニアが帰されるというリスクもある。営業担当も大口案件への対応に忙殺される。ならば、大口顧客以外にも新規開拓をしてリスク分散を図らなければならないと考えたのです。危機の時ほど、新規開拓に力を入れる必要があります。
あえて現実的ではない目標を提示することで
経営者の意思を表明する
Q:ただ、それほどの大きな変化だと抵抗もありませんか?
深尾:
この施策のポイントとして、「期限を切る」ということがあるのです。あくまでも緊急措置だと言いつづけました。危機を脱したらまた変更すると。誰だっていままでやっていなかった新規開拓は辛い。ノルマを厳しくチェックされるのも嫌です。だから「今だけだ」とつたえて、意思統一する。なぜそうするのか、いつまでそうするのかをきちんと表明して、その事で一人一人に危機意識を持たせるんです。
一例ですが、アルプス技研で「待機者ゼロ作戦」を公言して実行しました。社内にいる技術者で待機者をゼロにする。これは派遣業ではありえないことなんです。すると、別の幹部がやって来て「待機者ゼロなんてありえない」と怒るんです。それは私だってわかっている。クライアントから急な要望があったときに即応出来るように、待機者はゼロにはしないものです。
まして、当時、社内に待機者が千人もいる危機的状況です。私だって、ゼロなんて現実的ではないことはわかっています。それでも「待機者ゼロ」と叫ぶのは、経営者の意思表示なんです。ここで「ゼロは無理なので、100人くらいに」と言ってしまうと、誰しも緩んでしまう。そうではない、ゼロにするんだという意識づけが必要だった。
ぶれないこと、そして周囲をいつのまにか誘導していること
それがリーダーシップの条件になる
Q:お話を聞いていると、強いリーダーシップを感じるのですが、深尾さんの考えるリーダーシップとはどのようなものでしょうか?
深尾:
アルプス技研に入るまで、経営者の経験はありませんでした。もともと、自分は参謀タイプだという自覚もあるんです。しかし、アルプス技研ではオーナーから「あなたは必ず社長にする」と言われました。どこを評価いただいたのか、いまでもわかりません。ただ、いろんな人の話を聞いていると、リーダーシップに対する考え方が、他の人とは違うようなんです。
私にとってリーダーシップとは、カリスマ性とか、強引に組織を引っ張っていくことではないんです。自分の考え、やろうとすることをぶらすことなく、進めていくことは大事ですが、そこに強引さもカリスマ性も要らない。多くの人の意見、声を聞き、そのうえで私が考える方向に誘導していく。いつのまにか、誰もが同じ方向に向かって動いているように、導いていく。それも先頭に立つのではなく、いつのまにかみんながそこに向かうようになっている、そういうものがリーダーのやるべきことだと思っているんです。
Q:表に立つというよりも、影で動いている、裏方的なイメージですね。
深尾:
なによりも大事なことは、「リーダーとは責任を取る人だ」ということなんです。責任を取る覚悟を持って、部下に仕事を任せる。私の口癖は「責任は取るから、やれ」なんです。責任を取らないリーダーは、会社を駄目にする。優れたリーダーは、自分でなんでもやる人ではなく、部下に任せ、その責任を取る人なんです。
危機に際して間違いを認め修正すること、
それこそが真の”責任のとり方”だ
Q:経営者の責任というと、経営危機に際してどう責任を取るかは難しい問題です。
深尾:
アルプス技研を辞めた後にお手伝いした会社ですが、そこの社長はいわゆるリーダーでした。経営力もアイデアもある素晴らしい人なのですが、計画力と実行力に欠けていた。また、自分がこれと思ったアイデアにのめりこんでしまう。客観性が欠けているんです。うまくいかないとなったときにそれを修正する能力の問題でもあります。
経営の教科書には、必ず「撤退戦略の重要性」が書かれています。しかし、これが思いのほか軽視されている。なぜなら、撤退するということは失敗を認めることであり、誰かが責任を取るということなんです。それを避けようとする。よく経営者の責任として「引責辞任」が出て来ますが、それは最後の手段なんです。そのまえに「撤退して傷を最小限にする」責任がある。問題を修正せずに辞めるのは無責任です。ちゃんと「修正すべきことを修正する」、これが責任を取るということです。部下に任せると言っても、ちゃんとチェックしてミスが起こりそうだったら指摘する。それが上司の責任です。経営者ならば「駄目ならば駄目と認める」ことも責任なんです。
Q:そういう経営者が陥りがちな落とし穴は他にあるでしょうか。
深尾:
一番大きなことは、明確な経営危機ではないけれど、このままだと間違いなく経営危機に陥るという状態のとき、それを認めることができるか、です。これは案外、優秀な人ほどわからないものです。わかる人は、早々に手を打つので、経営危機には陥らない。私のようなところに相談にくる段階では、かなり切羽詰まった状態の話が多いのですが、もう少し早く気付けただろうと思います。私は元来、参謀タイプなので、会社を引いた視点で見つめて、中にいると見えない問題点を見付けやすい。そういう経営のサポートに力を入れていきたいですね。
―経営危機に取るべき方策とその考え方、そして経営者の取るべき責任とは。深尾さんの経験から学びとれることはまだまだ多くありそうです。特に深尾さんは「リーダーシップ」と「責任」について熱くこだわりを語ってくださいました。経営者の責任とは何か、自問してみてもいいでしょう。
取材・執筆:里田 実彦
関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。